第一九二話「狼狩り」
間合いが開いたのを見てわたくしは首領の剣を掲げます。
「……魔剣たちよ我を守れ」
すると、直径三〇センチ程の光る紋様が宙に四つ浮かび上がり、そこから異なった形の短剣が出現し、それらは二本ずつに別れて二匹の恐狼にそれぞれ向かって行きました。
恐狼は短剣から逃れる為にジグザグに跳躍して回避行動します。
「レティさん、頼みがあるの」
「な、なんでしょう?」
危機的な状況での頼み事とは何なのかと緊張します。
「恐狼をなるべく傷つけない様に倒せない?」
「え……っと、それは?」
「あまり傷付けると良い毛皮にならないからね」
「そ、そう言われましても、どうすればいいか……」
「じゃあ、私が矢で仕留めるから、レティさんは魔剣で牽制して追い込んでくれない?」
そういうのは一応、アンさんやファナさんとの連携で経験がありました。
「分かりました、やってみます」
わたくしが魔剣達に恐狼の進路を塞ぐ様なイメージを伝えると、短剣達と棘付盾は連携し、それを遂行します。
動きが止まった瞬間にクファーミンさんの矢が的確に恐狼の急所を射抜き、絶命させました。
その様子を見ていたのでしょう、もう一匹は森の奥へと逃げて行きました。
(逃げてくれて助かりました……)
「ふう。一匹逃しちゃったわね」
クファーミンさんは恐狼に刺さった矢を抜きながら残念そうに言いました。
「え、あ、はい……」
「まあ、持ち帰ること考えたらこれで一匹で良かったかもね」
クファーミンさんは恐狼に襲われた事など意に介さず獲物として見ていた事に驚きました。
「私の氏族では、男は一〇歳から狩りに連れて行かれて、一五になる頃には一人で獲物を狩れて一人前なのよ」
(一〇歳……子供じゃないですか?)
「まあ私は女だけど、無理やり付いて行って一四の頃に恐狼を何とか仕留めたけどね」
年頃の娘の様な笑顔で少し照れ臭そうに話します。
「これ、その時にやられた傷よ」
右袖を捲ると爪で掻かれた様な傷痕がありました。
「これは……治癒魔法は受けられ無かったのですか?」
手当てか癒しであれば傷痕が残らず治癒できる筈です。
「女だし、氏族長の娘だったから、狩りをするの中々認めてくれなくてね。こっそり隠れてやってたんだ……」
それで治癒魔術師の治療を受けず、薬草などで治療したので痕が残ったらしいです。
「それで親父様も隠れてされるより良いって渋々認めてくれてね。この矢筒の毛皮はその時に仕留めた恐狼の毛皮よ」
言われてみれば確かにそう見えます。他にも小物など色々な物に毛皮を使っているみたいでした。
「レティさんの魔剣凄いね、まるで飼いならした猟犬で追い込むみたいだったわ、さすが冒険者もやってるだけあるわね!」
目を輝かせて少し興奮気味に話すクファーミンさんにわたくしは気圧されて「はい」などと困惑気味に返事をしていました。
その後はクファーミンさんが黙々と恐狼の死骸を処理されていました。兎などの小さなものならアンさんがしている所を見たことがありますが、大きな獣の処理は初めてなので唖然として見つめていました。
「凄いですね……こういう事もご自分でなさるのですね」
「狩りをするってことは獲物を処理するって事だからね。まあ帝都の貴族の狩りはそういうの従者とかに任せるんだろうけど」
貴族は趣味や武芸の稽古も兼ねて狩りしますが、お父様は狩りなどは苦手で全くしていませんでした。
(ラルケイギア家は昔、狩庭を持っていたらしいですが手放したらしいですし……)
夕暮れまでかかって恐狼の処理を終え、馬に括りつけて街へと戻りました。




