第一九〇話「遠乗り」
――朝食を終えた後、ザリウ辺境伯に呼び出されました。
「レティ殿が来てどんちゃん騒ぎになって忘れる所だったが、本来の案件の事だ」
そうです、わたくしは出張鑑定に呼ばれているのです。
「まあ、それなんだが……実は鑑定してもらおうと思ってたモノがまだ無くてな……」
ザリウ様が仰るには、新しく発見された地下迷宮に派遣した冒険者パーティーが帰って来て、持ち帰った品々を鑑定してもらうつもりが、まだ帰って来てないということでした。
「帰還報告は最寄りの街から伝書精霊で来る筈なんだが、探索が長引くなんてよくある話だ。申し訳無いが暫く逗留してくれないか?」
鑑定士のわたくしが辺境伯の頼みを無碍にする事は出来ません。
「承知しました。わたくしも帝都へ伝書精霊で知らせておきます」
その後、城砦の中にある伝書精霊取扱所からメイドのベルエイルへ、逗留が長引くという手紙を出しました。
「レティさん」
声を掛けられて振り向くと、辺境伯の第二夫人クファーミン様でした。
「クファーミン様、どうなさいました?」
「レティさん、今日予定はある?」
「いえ、特には……」
「今から遠乗りに行くけど一緒にどう?」
クファーミン様は目を輝かせています。
「え……と」
「この領を案内したいなって……だめ?」
確かに、この土地を広く見るには遠乗りは良いかとは思いますが……。
「わたくし馬には乗れませんが……」
「大丈夫よ、任せて!」
クファーミン様がどうしてもと仰るので無碍にするのも失礼なので了承し、旅の装いに着替えました。そして、クファーミン様と待ち合わせた城砦裏門に行くと……。
「レティさん、こっち!」
クファーミン様の民族は男女問わず狩りなどで武芸や馬術を幼い頃から学ぶそうで、クファーミン様も例に漏れず颯爽と馬に乗りわたくしの前にやってきました。
「さぁレティさん」
クファーミン様が左手を伸ばしましたので握り返すと、グイと引き上げられてクファーミン様の前に乗せられてしまいました。
「え?! あ、あの……」
「ほら、これなら一緒に遠乗りできるでしょ?」
クファーミン様の突然の行為に驚きます。確かに相乗りでは乗せて貰う方が鞍の前に乗るのですが……。
「高い……こんな景色なのですね」
馬に直接跨るのは初めてなのでその高さに驚きます。
「馬には乗った事無かったの?」
「はい、馬車には乗りますけど……」
「じゃあ行きましょうか、レティさん」
そう言うとクファーミン様は手綱を操り馬を走らせ始めます。
「は、はい、クファーミン様……」
「様はやめて欲しいな。だって、レティさんは義理の姉なんだし」
義理の姉……複雑な関係ですが、私の姉の配偶者である辺境伯の側室という関係にあるということはそういう事になるのでしょうけれど。
「分かりました、クファーミン……さん」
わたくしがそう呼ぶと「フフフ」と笑みをこぼし、手綱を操って馬の速度を上げました。
「は、速いですね……」
「そう? かなり抑えてるんだけど……ま、すぐに慣れると思うわ」
確かに怖いですが、暫くすると徐々に慣れてきて周囲の景色に目をやる余裕も出てきました。
(景色が飛ぶように流れていきます……)
「私の氏族では子供の頃から馬に乗る様に教えられるの」
クファーミンさんの氏族はこの領の北側の草原に住んでいた部族で、色々あってザリウ辺境伯のお爺様である先々代辺境伯が族長の娘と恋仲になり、ひと悶着の末に結ばれた事で和解して現在に至っているそうです。
「私の母がザリウ辺境伯のお母様の妹で、つまり従兄妹同士ね。
(だからザリウ従兄様と呼んでいたのですね……)
帝都の貴族でも従兄妹同士の婚姻はよく聞きます。
――そして小一時間程草原を走り、森の入口で馬を降りました。
「レティさん大丈夫?」
クファーミンさんは心配してわたくしを見つめます。
「はい、景色が良くて感動しました。ちょっとお尻が痛いですけど……」
「あはは、慣れないとそうなるね」
クファーミンさんは一転して明るい表情になりました。そして森に少し入ったところには泉があり、綺麗な水が涌いていました。
「普段はここを拠点にして狩りをしてる。休憩にも使っているわ」
周囲に野営で火を焚いた跡があるので何度も利用しているのが分かります。
「確かに良い場所ですね」
「分かる?」
「わたくしも冒険者の端くれですので……」
「じゃあちょっと休憩しましょう」
クファーミンさんと二人で切り株に座り一休みします。




