第一八八話「無礼講」
――魔剣を披露する事になったので、ウェルダさんに控室から首領の剣を取って来て頂きました。
「レティ、大丈夫なの?」
「辺境伯のご希望を無下には出来ませんので……」
「まあそうなんだけど……」
ウェルダさんは不安な表情で首領の剣を手渡してくれました。
「へえ、その短刀が魔剣か……銘はなんと?」
ザリウ様はわたくしの正面の少し離れた位置に立って笑顔で腕組みしています。
「はい、四〇人の盗賊という古代魔法帝国で作られた魔剣です」
(取り敢えず動かしてみればよいでしょうか?)
指輪に念じて首領の剣を宙に浮かべ、指差しで舞い踊る様に動かします。周囲の人々は驚きの声を上げ「剣が飛んでいる?!」「踊っているようだ!」と口々に言いました。
そして、手で首領の剣を掴むと一礼をします。すると拍手が湧きました。
「以上です、ご無礼致しました……」
(こんなものでしょうか?)
わたくしは淑女礼をして下がろうとすると、ザリウ様に呼び止められました。
「レティ殿、俺が聞いた話では何本もの魔剣を操ったという事だったが……」
そういえば、以前黒妖犬に襲われていたナーラ姉様をお救いした時に魔剣を使ったので、家臣の方がそれを伝えたのでしょうか。
(魔剣の力を隠すつもりはありませんが……)
「レティ殿、ちょっと模擬戦でもやろうか?」
辺境伯様は家臣に命じて何やら古めかしい意匠の直剣を持ってこさせました。模擬戦と仰いますが、辺境伯様相手に刃を向けるのは憚られます。
「俺はちっとやそっとじゃ何とも無いから遠慮なくやってくれ、自分の身は自分で護るからよ」
ザリウ様は直剣を腰のベルトに付けてから抜き、くるくると遊ぶ様に軽々と振り回していました。その刀身は青みがかった銀……いわゆるミリス銀色で、細かく古代文字が刻印されています。そして鍔元に意匠された宝石は恐らく魔術結晶です。
「魔道具……魔剣ですか?」
「ああ、俺の玩具だ。レティ殿、無礼講で行こう……余興ってやつさ」
(……仕方ありません、短剣をいくつか飛ばせば納得頂けるでしょうか?)
「では失礼致します……牢よ開け」
わたくしが命じると宙に手のひら大の光る紋様が四つ現れ、そこから短剣が出現します。それを見た周りの人々は驚きと感嘆の声を上げていました。
(当てない様に牽制してください……)
わたくしが首領の剣を額にかざして念じると、短剣達はザリウ様に向けて飛んで行きました。
それを見てニヤリと笑うザリウ様が直剣を振るいます。すると、まるで鞭の如く刀身が伸びて短剣を打ち払います。よく見ると、刀身が幾つも等間隔に分れ、それぞれが中心にある鋼線の様なもので繋がっていました、それはまるで蛇のようにも見えます。
一合、二合、三合……様々な角度から刺突する短剣達を尽く弾く様は、まるで結界に護られている様に見えました。
「どうだい俺の玩具は?」
「お見事です、ザリウ様。それは蛇腹剣の一種ですね?」
「その通り、流石だな。地下迷宮で拾ったもんで詳しい銘とかわからんが、まあ面白いので使ってるんだよ」
ザリウ様は蛇腹剣をしならせたり、蛇のようにくねらせるようにして遊んでいます。
「――レティ殿。その魔剣の力はそんなものじゃないだろう? 是非、もっと見たいのだが……」
ザリウ様は鞭状の刃を直剣の形に戻し、不敵な笑みを浮かべて手招きをします。
(これは……どうしましょう。短剣をもう少し多く呼び出すか、十傑の誰かを……)
「お館様、無礼講とはいえお戯れも過ぎれば意図せぬ事が起きる事もあります、その辺で御勘弁を……」
ナーラ姉様が間に割って入る様に歩いてきました。
「ん、ああ……わりぃな、つい興奮しちまって。魔法武器が好きでな、見たくなっちまうんだ」
ザリウ様が剣を鞘に仕舞ったのを見て、わたくしは大きく溜息をつきました。
(ナーラ姉様有難うございます……)
「また、改めてお見せ致しますので、今宵はこの辺でご容赦を――」
わたくしは淑女礼をします、すると周囲から拍手が起こりました。
「うむ、すまんな皆。俺は引っ込むから、後は楽しくやってくれ」
そういうとザリウ様は後ろ姿に手を振って退場されます。ナーラ姉様はわたくしに「気にしないで」と耳打ちすると、ザリウ様の後ろに付き従いました。
その後はざっくばらんな宴となって、家臣の方々が飲み食いしておられました――。




