第一八七話「双子の辺境伯夫人」
――挨拶も落ち着いて、少し疲れたので隅の長椅子に腰掛けていると、ザリウ様の側室である第三第四夫人の双子姉妹ハシュリィ様とカリティ様がわたくしを挟む様に両側に座りました。
「レティ様、疲れましたか?」
ハシュリィ様は少し遠慮がちに座って話しかけてこられました。
「あ、はい。少しだけ……」
「ね、レティさんお話しても……いい?」
カリティさんは相変わらず身体を寄せてわたくしに顔を近づけて無邪気な笑みを浮かべながらそう仰いました。
「え、ええ。大丈夫です……」
(お二人とも初対面の時からわたくしに興味がおありの様でしたけれども――)
「あの……お二人は西方大陸の方ですか?」
「はい、この大河の向こう岸に領地を持つ氏族の者です」
ハシュリィさんは一八歳という事です。顔立ちは一〇代半ばの少女の様ですが落ち着いた雰囲気です。
「あたし達、氏族長の娘だったんだけど子供の数多くてさ。あたしが十六番目でハシュリィが一七番目。まだ下に妹弟が何人かいるし」
(二〇人程の兄妹……凄いですね)
自分の姉弟も五人なのでそれなりに多いとは思っていたけれど、桁が違います。
「それだけ多いのは、子供が他の氏族との交渉の道具だからですね。婚姻が氏族同士の繋がりとしては分かりやすいですから」
「ま、その氏族同士が揉めたら真っ先に殺されたりするけどね」
結構深刻な内容を仰いましたが、口調や表情は世間話のそれです。
「それは……まるで人質ではありませんか?」
「そうです。氏族を継ぐのは男子、女子は子を産むことと他氏族との交渉の為の道具なのです」
わたくしは異国の価値観に驚きました。確かに帝国貴族でも家門の基本は男子相続で、女子は婚姻が主な役割です。しかし近年は未婚のまま才能を発揮して働く女性も増えています。
(帝国の主神が慈愛の女神なのが大きいかもしれませんが……)
「あたし達は生まれてからずっと二人だった。でも、嫁として他氏族に嫁がされるとなると別々になるから、それが嫌で二人で逃げたの」
カリティ様のお話では、大河を渡り帝国側に逃れようとしたけれど騙されて奴隷売買の組織に捕まった所、その組織を追っていたザリウ様達に保護された、と。
その後氏族長と交渉し、色々な条件と引き換えにお二人揃って側室として迎え入れたという事でした。わたくしは何だか英雄物語を聞いている様で、感心しきりでした。
「ナーラ義姉さまは私達をとても良くしてくれて……だからその妹のレティが来るって聞いてとっても楽しみにしてたの」
カリティ様はわたくしに肩を寄せて顔を間近にそう言いました。
(ち、近いですね……)
「帝国公認魔道具鑑定士とお聞きして、どんな魔道具をお持ちなのかとても興味があります」
ハシュリィさんもわたくしの右手に両手を添えて目を輝かせて見つめています。
「ま、魔道具ですか……今身に付けているのはその右手の人差し指の指輪で、それは魔剣と連動しているものです」
「魔剣?」
ハシュリィさんはわたくしの「魔剣」という言葉に一層目を輝かせてわたくしの右手を握り、指輪をまじまじと眺めます。
「あらあら、ハシュリィの魔道具好きの病気が出たわね」
カリティ様が冷やかすように仰いました。
「え、魔道具がお好きなんですか?」
わたくしはその言葉にときめいてハシュリィ様の手を握り返してしまいました。
「はい、でも本で読むばかりで……本物はザリウ様の持っている物を見たのが初めてでした」
「そうなんですね……」
同好の士、しかも歳の近い同性という事でわたくしもつい、嬉しくなってしまいます。
「レティさんの魔剣というのは……」
ハシュリィ様は目をキラキラと輝かせています。
「この指輪と短剣が対になっていて、宙を舞う様に操る事が出来ます。踊る魔剣の一種ですね」
「是非見たい……です」
ハシュリィ様は頬を朱に染めていました。わたくしもその様子に嬉しくなりました。
「では明日にでも……」
「お、レティ殿自慢の魔剣が見られると聞いたが?」
いつの間にかカリティ様がザリウ様を連れてこちらに来ました。
「あ、いえ、はい。ここでは危のうございますので日を改めて……」
「なんの、宴の余興だ。皆、見たがっているから俺からも頼むよ」
すると、ザリウ様の指示でテーブル等が端に寄せられて広い空間が出来ました。
「まあ余興さ。俺の魔剣も紹介するから、レティ殿も自己紹介替わりに魔剣を見せちゃあくれねえかい?」
(これは……断り切れそうにありませんね)
隠す事もありませんので観念して|四〇人の盗賊《フォーティ―バンディッツ》を披露することにしました。




