第一八五話「ジャシュメル辺境伯」
小さな少女――姪のレティニアに手を引かれて食堂へと向かいます。懸命に手を引く姪にハラハラしながら付いて行くと、大きな両開き扉の前で止まりました。
「ここ……が、しょくどう……です」
レティニアは緊張しているのかたどたどしい口調で教えてくれました。
「あ、ありがとう……」
その様子をナーラ姉様は微笑みを浮かべて見守っていました。
「じゃあ、私達はまた後で……お先にどうぞ」
そう言うとナーラ姉とレティニアは下がって行きました。するとメイドが扉を開けて中に案内され席につきました。護衛として少し離れて付いて来ていたウェルダさんは隣の席に座ります。
「すみません……ウェルダさんの事、放りっぱなしで……」
「私は護衛だしそれでいいのよ」
程なくして、扉が開いてナーラ姉様とレティニアが入って来ました。ウェルダさんとわたくしは立ち上がります。続いて黒髪の第二夫人クファーミン様と、双子の第三第四夫人――ハシュリィ様とカリティ様も入って来られてわたくし達の対面の席に付きました。
そして間もなく、上級貴族服の男性が入って来て扉が閉じられました。その方はテーブルの一番奥正面の最上座に座ります。それを見てナーラ姉様方も座られたのでわたくし達も着座を促されます。
「……余がジャシュメル辺境伯、アルバドレル・ザリウ・ジャシュメルだ、お初にお目に掛かる義妹殿。姉上の伴侶となったにもかかわらず、何年も挨拶せずに居た無礼を赦されよ」
長い赤髪を独特に編み込んだ、恐らく三〇歳半ばに見える精悍な顔つきの辺境伯は既に威厳と風格を身に着けておられるように思えました。単に世襲で地位を継いだのではないであろう事が容易に伺える、そんな雰囲気の方です。
「い、いえ……滅相も御座いません。こちらこそ、わたくしの追放刑の件でラルケイギア家の存続に尽力下さった事、幾ら感謝しても足りません」
わたくしの返答に辺境伯は笑みを浮かべます。
「愛する妻の実家であるから護るのは当然である故、気遣い無用だ」
わたくしと辺境伯がそういったやりとりをしていると、ハシュリィ様とカリティ様がクスクスと含み笑いをしていました。クファーミン様も笑いを堪える様に俯いて耐えている様に見えます。ナーラ姉様は微笑みつつ困り顔でした。
すると、辺境伯は溜め息をつかれました。
「……お前らな、人が真面目にやってるのに笑ってんじゃねえよ」
突然、奥方様たちの方に顔を向けて顔をしかめて今までとは違った砕けた口調で仰いました。
「あ、失礼した義妹殿……」
わたくしの存在を思い出した様にこちらに向き直ると、苦笑いしながら詫びられます。わたくしとウェルダさんは何が何やら分からずチラりと目配せして様子見していました。
すると、辺境伯様は溜息をついて頭を掻きます。
「はあ、やっぱ柄じゃねえか。帝都育ちの義妹殿がわざわざこの西の果まで来てくれるって言うから、真面目に帝国領主らしく振る舞おうとしたんだが――」
「ごめんなさい、可笑しくて……」
「笑わせに来てるのかと思ったよ」
――ハシュリィ様とカリティ様は笑いながらそうおっしゃいました。
「義妹殿は皇帝陛下の覚えもめでたい公認魔道具鑑定士だ、粗相は出来ねぇだろ?」
辺境伯様は肩を竦めてため息交じりに仰います。
「旦那様、妹にお気遣い有難うございます。普段の旦那様で差し障りありませんので、お気を楽になさって下さい、そうよねレティ?」
ナーラ姉様がそんな風に仰りました。わたくしは急に話題を振られて「はい?」と上ずった声を出してしまいました。
「そうか? じゃあ、いつも通りにやらせて貰うよ……田舎の無作法者ですまんな義妹殿」
「い、いえ……お気遣い無く」
どうやら、わたくしへの気遣いで慣れない帝国貴族の振る舞いを試みておられた様です。
(辺境伯――姉様の旦那様のお気を煩わせるなんて、申し訳ないですね……)
「わたくしは今となっては平民ですし、冒険者もしておりましたのでざっくばらんでも大丈夫です」
わたくしの言葉に辺境伯の表情が明るくなりました。
「そ、そうか? では義妹殿も遠慮なく、気遣い無用だ」
「はい、ありがとうございます。ジャシュメル辺境伯もお気遣い無く……」
辺境伯は安堵の溜め息をつくと、また頭をぼりぼりと掻きました。
「俺の事はザリウでいいぜ」
「承知しました、ザリウ様」
ザリウ様はニヤリと笑い頷きました。
「よし、気取った食事は止めだ。食い物じゃんじゃん持ってこい。義妹殿の歓迎会だ!」
ザリウ様が命じると年配のメイド長が一礼し、手拍子しながら大声でメイドたちを動かし始めました――。




