第一八二話「西方からの招待」
――ガヒネアさんが亡くなられてから半年ほどが過ぎました。
帝国公認魔道具鑑定士としての仕事に没頭した結果、益々仕事は増えて上級貴族からの鑑定依頼も多く地方領への出張も度々ありますが、今日は自室に籠り書類の整理に追われていました。
「レティ様、あの、そろそろお食事を……」
お茶を運んできたメイドのベルエイルが恐る恐るわたくしに訴えます。わたくしはその言葉で書類から顔を上げます。彼女が作ってくれた昼食……パンに加工肉とチーズ、それに野菜を挟んだものがサイドテーブルに置いてありました。
さっき運んでくれていた事には気付いていましたが、作業のキリが良い所でと思いなかなかタイミングが掴めずに思いのほか時間が経ってしまった様です。その事に気づき、お腹も「くぅ」と抗議の声を上げていますので、観念して手を止めました。
「ベル、ごめんなさい……頂きます」
「はい、ではお茶を淹れますね」
ベルエイルは安堵の表情でポットからカップへとお茶を注いでいます。彼女の仕事はわたくしの身の回りの世話ですから、それを滞らせるわたくしは悪い主人なのでしょうか。
留守の間に溜まる書類仕事も膨大になってきました。わたくしの裁定が必要なもの以外は誰かに託しても良いかもしれませんが……。
(ベルに手伝いを頼む訳にはいきませんよね……)
ベルエイルはわたくしのメイドです。身の周りの世話が彼女の仕事であり、それを日常的に問題なく行うには余計な業務をしている余裕は無いでしょう。
しかし、全て自分でやっていては肝心の鑑定士業に時間が割けなくなり本末転倒になってしまいます。
(家事をするメイドをもう一人雇う……いえ、そもそもベルに書類を書いて貰おうというのが根本的におかしいですよね……)
わたくしがそんな事を考えながら食事を摂っていると、部屋の扉がノックされて開きました。入ってきたのはウェルダさんです。
「レティ、また出張鑑定の依頼が来ているわ」
ガヒネアさんの葬儀の後、ウェルダさんはわたくしの護衛兼相談役として冒険者を休業し、わたくしが雇用するという形で帝都に来て頂きました。
「すみません、伝書精霊を取りに行って貰って……」
「禄を貰っているから当然よ。ベルエイルの様に家事が得意なわけでもないから暇を持て余しているし、どんどん雑用させて欲しいわね」
ウェルダさんは微笑みつつわたくしに封書を手渡してくれました。手紙を手渡したウェルダさんはそのままわたくしを見つめています。
「えっと……ウェルダさん?」
「……その封蝋印、ジャシュメル辺境伯だわ。また凄い所から依頼ね」
手紙の封書を裏返すと封蝋には嚙みつき合う獅子の紋章が捺されています。帝国最西端の地を治める領主――それがジャシュメル辺境伯です。
辺境伯が治める領は、海の如き大河を隔て西方大陸と向かい合っています。ここ数十年ほどは平和が続いていますが、その昔は領土を巡って対岸の国との紛争が度々起こっていました。帝国創立以来、国内では戦禍を経験している数少ない土地です。
更に、帝国北部にある広大な荒地"辺境"にも接しているので古代遺跡やその地下迷宮、そこから湧き出る魔獣など……平時に於いても危険な土地柄なので腕利きの冒険者や手練れの傭兵などが集まって来るとのこと。そういった事から帝国内でも自主独立を代々皇帝に認められている、というのがジャシュメル辺境伯領だそうです。
(ナーラネイア姉様の嫁ぎ先ですよね……)
「以前から出張鑑定は打診されていましたので、そのお返事かと思います」
その事をウェルダさんに説明しました。
「……貴女のお姉様凄いわね、ただの子爵家令嬢とは思えないわ」
ウェルダさんは目を丸くしています。
「姉が……その、妹のわたくしが言うのもなんですが、容姿端麗でして……勿論それだけでは無くとても優しくて賢い女性なのですけれど……」
「確か、あと二人の姉上もそれぞれ上級貴族に嫁がれているわね?」
「はい。次姉は侯爵家に、三姉は伯爵家に嫁いでいます」
(そのお陰でラルケイギア家は取り潰されずに済みましたよね……)
すると、ウェルダさんはわたくしの顔をじっと見つめていました。そして「確かに地は良い……云々」という何かをボソボソと呟いています。
「ど、どうしました?」
「いえ、何でもないわ。気にしないで……」
そう言われても気になりますが、気にするなと言われたのでその様に心掛けます。
(何か問題があれば言って下さるでしょう……)
それはさておき、封書を開け手紙を拝読しました。そこには近日中に迎えに上がるという事が書かれていました。
「あちらから迎え……凄い待遇ね」
「きっとナーラ姉様がお気遣い下さったのでしょう」
数日後、ジャシュメル辺境伯の迎えという方が屋敷に来られ、わたくしとウェルダさんは船や馬車を乗り継ぎ、帝国の西の果てにあるジャシュメル辺境伯領へと旅立ちました。




