第一八一話「前日譚4」
──アン姐は大王斑猫にとどめを刺した後、突然激しい痛みを訴え始めた。
「マーシウ、ちょっと待ってて」
私はアン姐の方が問題だと判断して先に対応する。
「……シオリ、多分……アイツの体液だ……腕にかかったから……」
アン姐の腕は服の上からべっとりと黄色い体液で濡れていた。
『……浄化』
触れない様に毒と思われる体液を魔法で洗浄し袖を捲る。アン姐の腕の皮膚が赤く腫れ上がり沢山の水疱で膨れ上がっていた。
少しでも触れるとアン姐は小さな悲鳴を上げて苦悶の表情をする。
「酷い、まるで火傷ね……この症状なら、解毒よりも癒しかしら?」
アン姐の腕に手をかざして癒しを唱えると、水疱が消え皮膚も元通りになった。アン姐は大きなため息をついて胡座をかいて座り込む。
「ありがとシオリ、まさかあんなしっぺ返しされると思わなかったよ〜」
「アン姐お疲れ様」
私もホッとしていると、後ろから名前を呼ばれた。
「シオリ……俺も頼む……」
マーシウは、血の滲む脇腹を手で押さえながら青い顔を苦痛で歪ませていた。
「あっ、ごめんなさいマーシウ!」
──そして、私達は一度休息を取る必要を感じ、近くにあった頑丈そうな小部屋を見つけて休む事にした。
部屋は半球系で直径五、六メートル程だ。中心によく分からない腰の高さ位の石の台座がある。
「……ここで休息するか」
マーシウは盾を床に置いて軽く伸びをした。
「交代で見張りしながら仮眠いけるかなあ?」
「食事しとく?」
ファナとそんな話をしていると、物音がして入ってきた筈の入り口が壁になっていた。
「え?!」
私達は慌てて壁という壁を叩く。しかし、入り口の形跡が無くなっていた。
「まさか、罠?!」
私は背筋が寒くなる。
「いや、こんな脈絡も意味も無い罠なんて……」
アン姐はそう言いつつ冷静に壁を探る様に触れていた。
「アン、何とか仕掛けを探れないか?」
「いや、やってみるけどさ……古代の仕掛けとかなら専門外だし」
マーシウの頼みにアン姐は難しい顔で答える。
とはいえ、私達は誰も古代遺跡については詳しく無いし、罠に関しても遊撃兵のアン姐以上に詳しい者は居なかったので、アン姐に頼るしかない。
「めぼしいものはこの台座だけだね……」
アン姐は台座に触れて注意深く調べていた。すると、部屋中に何かよく分からない言葉の様なものが響き始めた。
「な、なになにこれ?」
ファナがキョロキョロと辺りを見回す。すると突然、台座が青白く発光し始めて連動するように床に光る紋様みたいな物が浮かび上がった。
「おおっと! ごめん……ミスったかも」
アン姐の不意の呟きに背筋が凍る。
「ヤバい、みんなここに集まるんだ!」
マーシウが叫ぶ。そして青白い光は強さを増し、身体には浮遊感を感じる。同時に「キーン」という耳鳴りの様なものに見舞われた。
(慈愛の女神よ……)
私は思わず神に祈った。
――やがて、その浮遊感は収まり、うっすらと目を開けようとした時にマーシウが皆を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、みんな……大丈夫か、シオリ?」
「ええ……マーシウ、大丈夫よ。みんなは?」
「ビックリしたぁ……これ転送罠ってやつかなぁ?」
ファナは不安感よりも少し楽しそうな口ぶりだった。
「吾輩は無事だ」
ディロンは相変わらず冷静だ。
「みんな……ごめん!」
アン姐は床に頭を擦り付けるくらいの土下座をしている。
「すまない……アンはそんなに自分を責めないでくれ、専門職じゃないのに罠解除頼んだのは俺だからさ」
土下座しているアン姐の前にマーシウも膝をつき、身体を起こすように手を差し伸べて立ち上がらせていた。
「マーシウ殿、我ら以外に誰かいるぞ――警戒を」
ディロンの言葉に私達は反射的に武器を構えた。
するとアン姐は目標を見つけたらしく、隠密接敵でディロンが指さした方向へと向かって行った。
少し間をおいて、アン姐は小柄な少女を連れて物陰から出て来た。
アン姐は少女に短剣を突き付けていた。多分危険人物なのを警戒しての事だろうけれど──粗末な服装なのに容姿は何処かのご令嬢の様で、怯えきったその様子は、私達に危害を加えようとしている様にはとても見えなかった。
「アン姐、その人多分大丈夫だから剣をしまってあげて? 本気で怖がってるから」
私の言葉でアン姐はすぐに短刀を鞘に納める。少女はホッとしたのか涙目でその場にへたり込んでしまった。
「いやぁごめんね? 多分悪い存在じゃないとは思ったけど念のために警戒したのよ……大丈夫?」
アン姐が手を差し伸べて立ち上がらせると、少女は貴族令嬢の様に膝を少し曲げる淑女礼をした。
「わ、わたくしはネレスティ・ラルケイギアと申します。帝都に住んでいた貴族でしたが故あって転移装置でここへ飛ばされてきました――」
これが、私達と彼女の運命が交錯した瞬間だった――。
そして、物語は第一話「追放令嬢と転移装置と冒険者」へと続く……。




