第一七八話「前日譚1」
これは、おさんぽ日和の面々がレティと出会う前の話――。
――私達は今、辺境と呼ばれる荒野に居る。中央大陸を治めている帝国全土の三割以上の面積を占めると言われる不毛の地は、約千年前に滅びた古代魔法帝国の遺跡が多数眠っていると言われる。
多くの遺跡は地に埋もれて地下迷宮と化していたが、その中に眠るという古代文明の遺した財宝や魔法の品々を求める人間は後を絶たない。
しかし広大な荒野、厳しい自然環境、獰猛な生物、複雑化した迷宮と罠、そして古代文明が造ったと言われる仕掛けやゴーレムや魔獣の生き残り……一攫千金を狙う冒険者たちはそういったものに遭遇し、生命を落とす者、命からがら逃げ帰る者も多い。
かく言う私達もそんな危険を顧みない冒険者の一人だ。
私はシオリ・レンシャク。冒険者ギルドおさんぽ日和に所属する治癒魔術師。
現在、ギルドに来た依頼である「古文書に記された辺境にあるという地下迷宮の場所の特定と内部調査」を遂行するために目的の地下迷宮があるとされる、辺境の奥地にある岩山を目指していた。
「辺境のこんなに所まで来たのは初めてだよねシオりん?」
フードを目深に被る小柄な少女はこのパーティーの要、強力な攻撃魔法を操る魔術師のファナ・モンティ――但し、年齢的に未熟なので魔力切れを起こしやすいので注意が必要だ。
「なんだよ、ギルド本部が恋しくなったのかい?」
「もう、アン姐すぐそうやって冷やかすのは子供なんだよ?」
ファナを揶揄っている短めの赤髪の女性は、私とファナが「アン姐」と慕っている遊撃兵のアン・コーシィ。女性としては大柄でこのパーティーでは二番目に体格がいい。面倒見がよく、気さくでパーティーのムードメーカーでもある。
「アン、そういう返しをされる様になったのなら、お前の方がその物言いを自省すべきでは?」
地味な色合いの分厚い上衣と裾を絞ってあるゆったりした下履きを纏う、いつもは無口な黒髪の男性はディロン・ディロムス。このパーティーでは最年長で思慮深い精霊術師だ。いつでも理性的なのでパーティーでは参謀役を務めてくれている。加入前はアン姐とコンビで冒険者をしていた。
「この山の上に遺跡があると言う事ですね?」
現地の道案内人と話をしている大盾を持った一番体格の良い戦士はマーシウ・マシュリィ。このパーティーのリーダーでギルドでも私達冒険者のまとめ役だ。元近衛騎士で戦闘指揮も学んでいるらしく、頼りになる存在。礼節も弁えているので交渉事も安心して任せられる。
「ああ。ここの民には、特に用無い、誰も立ち寄る、ない。昔から時々、お前達、帝国人が来ていたと、近くの村の者が言っていた」
この案内人はここに来るまでの村で出会った、数少ない帝国語を話せる人だ。顔が広く、村々での交渉も捗ったし、訛はあるけれど充分に会話が出来るのでとても助かっていた。
「約束、ここまで。すまん、そろそろ、自分の村、帰る、必要ある」
「そうか、ここまで有難う。とても助かりました」
マーシウが革袋を渡すと、案内人は中を確かめる。
「これは、約束より多い、いいのか?」
案内人は訝しむ表情をしている。
「道案内だけじゃなくて、交渉などもしてくれてとても助かったからその分上乗せさせて貰った」
マーシウの説明に納得がいったのか、表情が和らぐ。
「分かった、貰っておく。気をつけろ、さらばだ」
案内人は革袋を懐にしまい込んだ。
「そうだ、すまない。名前を聞いていなかった……俺はマーシウだ」
「ダルァグだ。縁あれば、また会おう――」
ダルァグと名乗った案内人はマーシウと握手をすると、手を振り荒野へと去って行った。
「さて、俺達も行こうか。アン、先導頼むよ」
「あいよ――」
アン姐の先導で地下迷宮があるという岩山を登ってゆく。大きな岩があり、蛇行したルートで登ってゆくと――頂上は台地の様に広く平らになっていた。
その真ん中には古い石造りのような崩れかけた建物がある。それは、古代魔法帝国時代のものと思われる建築様式に見える。
「これか……目的の地下迷宮は」
建物を覗くと、中には下り階段があった。天井までの高さは三メートルはあるが、幅は二メートル無い。中は暗く、何か灯りが必要だ。
取り敢えず皆で廃墟の日陰に腰掛け、休憩と今後の話をする。
「一応、依頼としてはこの場所の特定がだったからクリアだね」
アン姐はやれやれといった様子で水袋に口をつける。
「いや、中を確認せんといかんだろう。階段の先が埋まっているかもしれんしな」
ディロンは相変わらず冷静な物言いだ。
「まあ、内部の調査で追加報酬もあるらしいからな。行けそうな所まで調べて、ヤバそうならそこで引き返そう」
マーシウの意見に皆賛成し、食事を摂り準備をして地下迷宮へと入る事にした。アン姐とディロンは先行して入り口から少し奥を調べ、直ぐに戻ってきた。
「埋まって無かったよ。この階段を降りた先は通路が結構広いね。迷宮の灯り仕掛けも生きてるから中はまばらだけど明かりはあるかな」
こうして私達は準備を終えていよいよ地下迷宮へと降りる。皆の表情は普段とは違い緊張の色が濃く浮かんでいた。このパーティーでは何度も地下迷宮へ挑んだけれど、辺境奥地のは初めてだったし、冒険者の間では帝国内地のものとは桁違いの危険度だと聞いていたから。
(ま、どんな迷宮でも初めての迷宮に立ち入る緊張感は何度経験しても恐ろしいわね……)
「幕間」は、本編の時系列に沿わないスピンオフ的なエピソードです。
※ダルァグ――第67話「砂嵐」/第68話「レティ、荒野を行く」参照




