第一七四話「帰還と急報と」
――数日後。帝都のバフェッジさんから一度報告に戻るようにと伝書精霊でお手紙が届きました。バフェッジさんが高速艇を手配して下さるそうです。これは古代魔法帝国の遺物である魔術結晶を動力とした「自走船」を流用したものです。
(そういえば、おさんぽ日和の人達と出会った頃、地下迷宮からの脱出に使った船が自走船でしたね……)
懐かしい事を思い出しつつ、古代の仕掛けが気になり、道中船長に無理をお願いして船の操舵を見学させて頂きました。魔術結晶を動力源として比較的単純な操舵で航行できるのですが、船体は一〇メートルに満たない小型船舶なので船長と船員数名で運用されていました。上級貴族はこういう物を所有している家もあるという話は聞いていましたが、実際に目にするのは初めてです。
運河船でイェンキャストから帝都までは通常なら運河を遡上することもあり、二〇日以上かかりますが、高速艇ならば僅か一〇日程で戻る事が出来ました。運河を航行する船としては恐らく帝国で最も速いと思われます。実際、一〇日程で帝都に戻れた事はとても驚きました。
ただし、あくまで小型艇ですので波のある海には向かないだろう、というのがわたくしの知識の範囲での感想です。
――帝都へ到着したその日。自宅には着替えに寄っただけで、すぐにバフェッジさんと共に離宮に参上します。皇帝陛下と宰相閣下へイェンキャスト近辺の転移装置の件をご報告申し上げる為です。
「侯爵からも報告は受けている。転移装置を使ってその場で手紙のやり取りが出来た、とな」
離宮の執務室――陛下は執務机にわたくしとバフェッジさんがやり取りした羊皮紙を拡げて置かれました。
「はい。ですが、向こうの転移装置は古代遺跡の地下迷宮内にあります。昇降装置も復帰させていますのでたどり着くのは比較的容易ですが……」
未だに大蝙蝠が何処から現れるので、まだ迷宮内に棲息していると思われる事を報告しました。
「ふむ。取り敢えずその大蝙蝠などを排除しなければならんな……」
陛下は顎に手を添えて考えておられます。
「冒険者に依頼し迷宮内を更に探索させて安全を確保してはいかがでしょう?」
バフェッジさんがうやうやしく頭を下げながら提案されます。
「今や転移装置は帝国の最重要機密だ、下手な冒険者には任せられないな……」
宰相閣下はバフェッジさんの提案に返答します。
「レティ嬢。大叔父上の冒険者ギルド、貴公も所属している……何といったか?」
皇帝陛下はふと思いついたような表情をされました。
「おさんぽ日和でございます」
「うむ。そのギルドに依頼するのが良いと思うが、可能か?」
「はい、構成する冒険者の実力としては申し分無いかと存じます」
わたくしはそう答えてから会釈します。
「では大叔父へ迷宮の安全確保を依頼しようではないか」
陛下は腕組みして満足げに頷かれました。しかし、宰相閣下が咳払いをします。
「陛下が直接、いち冒険者ギルドに依頼する事は憚られます……勅令という事になりますからね。公認鑑定士殿からの依頼ということで、資金は侯爵を通じて出そうと愚考しますが如何でしょうか?」
宰相閣下が陛下に目配せすると、陛下は頷かれました。
「――ではそのように手配いたします」
わたくしは片膝をつき貴族礼で応えます。
イェンキャストの転移装置は今後の研究の為に遺跡を整備し拠点とするという事です。
(色々と忙しくなるかもしれません……)
――その後離宮から帰宅したわたくしは、おさんぽ日和への転移装置遺跡の探索依頼の手紙をしたため、メイドのベルエイルに伝書精霊ギルドへと持っていって貰いました。
荷解きをし、身体を拭いて一息ついているとベルエイルが慌てた様子で戻ってきました。
「レティ様!」
「ベル、どうしたのですか?」
伝書精霊でわたくしの頼んだ手紙を出す手続きをしていると、受付の方にわたくし宛の「至急」という手紙が到着したと渡されたそうです。伝書精霊の「至急」というものは、通常の三倍程度料金はかかりますが最優先で届くというものです。
「おさんぽ日和ギルドのシオリ様からです」
わたくしは封を切って手紙を読みました。そこにはガヒネアさんの容態が急に悪化し、いつ何が起きてもおかしくない……そんな事が書かれていました。
血の気が引いてふらついた所をベルエイルが支えてくれました。
「そんな……つい先日まだまだお元気で……笑っていらして……」
(兎に角、イェンキャストに戻らねば……)
最速での移動方法を考えた結果、わたくしはベルエイルをバフェッジさんの元へ先触れとしてお手紙を持って行って貰い、再び準備を始めました。
(転移装置ならすぐに向こうへ……)
わたくしは転移装置の使用を取り計らって頂きたいとバフェッジさんへお願いの手紙をベルに持たせました。




