第一七三話「師から弟子へ」
――翌日、イェンキャストに戻ったわたくし達。
ギルド本部では以前わたくしが使っていた部屋にガヒネアさんが引っ越して来られていました。お身体の事を気遣ったシオリさんの説得でそういうことになったようです。
ギルドマスターへの報告を済ませたわたくしは、ガヒネアさんにお会いします。ベッドで少し身体を起こして横になっているガヒネアさんにシオリさんが治癒魔法を施している所でした。
ベッドに横になった姿を見て、数日前に会ったばかりなのに目頭が熱くなってきました。
「私は少し離れるから、見ていてあげて」
そういうとシオリさんは部屋を出て行かれました。
「ガヒネアさん……」
わたくしは声が掠れて上手く喋れません。
「レティお帰り。よく聞こえないからもう少し近くに来てくれないかい?」
わたくしはベッドの傍にゆき、膝をつくとガヒネアさんの右手を握りました。
「なんだい、アンタそんなに甘えん坊だったかい?」
「やはり、こんなにお悪かったのですね……」
わたくしの言葉にガヒネアさんは吹き出して笑います。
「シオリがわざわざ店まで通うのが面倒だろうからこっちに来ただけさ。ま、店も最近しんどくてあんまり熱心にゃ出来なかったから、暫く閉めてたしね」
そういうとガヒネアさんは魔法で封印された羊皮紙を取り出して封を解きました。
「こいつは店の権利書だレティに預けるよ」
「え……そ、それは……駄目です、受け取れません!」
「いつかはレティに継いで貰おうかと思ってたんだよ、それが今になるだけさ」
「ガヒネアさん……」
「それとも、のんびり隠居もさせてはくれないのかい? 年寄りをいつまでこき使うきかね、この弟子は……」
ガヒネアさんはニヤリと笑います。ガヒネアさんはわたくしにロズヘッジの名を下さり、色々な事を教えて下さいました。
(そうですね……今こそ御恩に報いる時ですよね)
「……はい。わたくしがロズヘッジを継ぎます、御安心下さいガヒネアさん。実は、ゆくゆくは自分でお店を開くつもりでしたが、薔薇の垣根を継がせて頂けるのであればこんなに嬉しい事はありません」
ガヒネアさんは微笑んで「ありがとう」と呟きました。
――そして、引き継ぐにあたって店舗の管理についての話になります。
「こっちの店は畳んで帝都ででも新しくやればいいさね」
「え……で、でもそんな簡単に?」
「何言ってんだい? こっちに越して来たのも数年前、レティの勧めじゃないか。歴史なんざ無いも同じだよ」
ガヒネアさんはそう言って笑いました。確かにその通りなのでわたくしも苦笑いします。
「元々アタシがキシェンの街で始めた店だからね、たかだか三〇年程度だよ……」
ガヒネアさんは窓の外を目を細めて見つめます。
「それに、帝国の公認鑑定士になったレティが継いでくれるなら、これから大した店になる――って事さ」
ガヒネアさんはウィンクをしてニヤリと笑いました。それを見てわたくしも可笑しくなりクスリと笑います。
「レティ……これからはアンタの店だ、好きにおやり」
「……はい。わたくし、頑張ります」
その後は……ガヒネアさんとわたくしの数年間ではありますが、思い出話に花が咲きました。その中で、ガヒネアさんがお若い頃――冒険者だった頃の話も聞かせてくれました。薬師のスヴォウさんと冒険者ギルドを運営していた事もあったそうです。
「あのガヒネアさん、つかぬ事をお聞きしますけれど……スヴォウさんとはもしかしてご結婚を?」
素朴な疑問にガヒネアさんは咽ました。わたくしは慌てて背中を摩ります。
「だ、大丈夫ですか?!」
「何だいこの子は、藪から棒に――」
珍しくガヒネアさんが狼狽していました。
「すみません、突拍子も無いですね、忘れてください……」
ガヒネアさんは大きな溜め息をつき暫く目を瞑ってからわたくし横目でわたくしをチラリと見ました。
「昔、所帯を持とうかという話はしてたんだよ。一〇年も一緒に居たから、そりゃあお互いに情くらいはあったしね……でも」
ガヒネアさんはスヴォウさんを含むパーティー六名で辺境のとある地下迷宮に依頼品である古代遺物を探しに行き、お仲間三名を失うも結局依頼品は見つからず、命からがら逃げ帰った――と仰いました。
「依頼を達成出来ず、ギルドの有望な若手を三名も失っちまって、アタシもスヴォウもなんだか申し訳なくてね――」
冒険者ギルドは解散してガヒネアさんとスヴォウさんも冒険者を辞めてそれぞれの道を進んだとの事でした。
「今思えばスヴォウと所帯を持って、死んだ奴らの分も幸せになるのも悪く無かったと思うけどさ……その時はそんな気持ちにゃなれなくてね」
ガヒネアさんは遠くを見つめる様な瞳で窓の外を眺めていました。
「まあ、でもその人生のお陰でレティにも出会えたし、スヴォウは薬師になって秘薬を作ってレティの友達も助かった……人生は賽の目次第、何がいいか悪いかなんて終わってみなけりゃ分かんないさ。それはレティが身に染みてるんじゃないかい?」
ガヒネアさんはわたくしの目を見てニヤリと笑いました。
(確かにそうです、冤罪で転移追放刑に処されてなければ今のわたくしの人生はありませんでしたから……)
「出来ない事は逆立ちしたって出来やしないんだ、やれるようにやりゃいいんだよ。その時に出来ることをね――」
やはりガヒネアさんはガヒネアさんです、わたくしに色々な事を教え導いてくださいます。
「はい、ありがとうございます……」
わたくしの率直な感謝の言葉にガヒネアさんは「ふん」と照れたように微笑んでいました――。




