第一七二話「転移実験」
――転移装置の実験として、板状の破片に蝋石でわたくしのサインなどを書いて帝都の装置へ向けて転移させました。
「レティ、まだ実験を続ける?」
ウェルダさんがわたくしに指示を仰ぎます。
「そうですね。一旦村へ戻りましょう、ファナさんの身体が心配ですし伝書精霊で帝都にこの事を報告したいですから」
「私はもう大丈夫――って言いたいけど、無理して迷惑かけられないからレティに従うよ」
ファナさんは笑顔ですが、やはり顔色は優れないように見えます。
「ファナ、浮遊は唱えられる?」
ハサラさんがファナさんに訊ねます、降りてきた穴を上がるためでしょう。
「それよりも昇降装置があると壁に書かれていましたので探してみましょう」
わたくし達は遺跡の内部に入った場所まで戻りそこから他の通路を探索すると、近くに昇降装置を発見しました。
昇降装置を使い地上に戻ると――この遺跡で最初に見た、開かない扉の様な壁がある部屋でした。その壁が昇降装置だったようです。
こうしてわたくし達は村へと戻ります。この村には伝書精霊ギルドがあるので、バフェッジさん宛で報告とお願いの手紙を送りました。
そのお願いとは――。
翌日、バフェッジさんからのお返事を伝書精霊で受け取ったわたくしは、再び遺跡の転移装置の部屋に向かいます。ファナさんは大事を取って宿で休んで頂いていますので、ウェルダさんとハサラさんを伴っています。途中、遺跡内部で数匹の大蝙蝠に襲われますが、対処法が判ってきましたので難なく撃退しました。
そして、転移装置の部屋に辿り着くと――部屋の中心、石柱に囲まれた床の紋様の真ん中に何かが落ちていました。
「こんなの無かったわよね?」
それは羊皮紙でした。蝋封がしてあり、封の印璽はバフェッジさんのものでした。
「これは、グルマイレン侯爵家の印璽……レティ、どういうことなの?」
わたくしが村の伝書精霊ギルドでバフェッジさん――グルマイレン侯爵宛に送ったお手紙には、帝都側から何かを送り返して頂けるようにお願いでした。
元々帝都の転移装置の操作に関しては転移追放刑に使用していたので、ある程度の操作方法は知られていました。それに併せて予めわたくしがこれまで調査した転移装置の取り扱いに関する覚書をお渡ししています――と、ウェルダさんに説明しました。
羊皮紙を拡げて読みますと、皇帝陛下が大変にお喜びになられていた事や、この手紙を確認したらわたくしのサインを入れてすぐに送り返して欲しいと書かれていました。
「すみません、ここで暫く転移装置の実験をさせてください」
ウェルダさんとハサラさんに断りを入れて、わたくしは転移装置を起動させて羊皮紙にサインを入れて送り返しました。
「これは……何をしているのですか?」
ハサラさんがわたくしに訊ねます。
「これは転移装置でも物を行き来する実験です」
何度も行き来して大丈夫なのか、どれくらいの時間がかかるのか、それを調査するのだと説明しました。
(ゆくゆくはわたくし自身もこれで帝都とイェンキャストを往復しようと考えていますからね……)
転移装置を使用する度に光の渦が起こり、納まるまでは百を数える程のの時間が掛かりますが、転移そのものは一瞬である事も分かりました。
羊皮紙が転移して戻って来る度に、書かれて無かった文字「こちらは本日快晴」などとありましたのでわたくしも「こちらは薄い雲があるも晴天」など応える形で返信しました。
「さっきからこれ、本当に帝都と行き来しているんですか?」
「私もにわかには信じ難かったけれど、羊皮紙の文章がやり取りをする毎に増えているのを見ていると、信じざる得ないわね」
ウェルダさんとハサラさんはそんな会話をしています。
何度も実験を繰り返した後、わたくしが本日の実験を締める文章を書いて送り暫く待って返ってこないのを確認して引き上げる事にしました。
村へ戻ったのは夕暮れ時で、宿ではすっかり良くなったファナさんが出迎えてくれました。
「お帰り! 暇だったよぉ~ 今日の話聞かせてね!」
――荷ほどきをして着替え、食事を摂りながらファナさんに今日の経緯を説明しました。
「じゃあ、レティといつでも会える様になるの?」
ファナさんは目を輝かせています。
「まだ人では試していませんし、それにわたくしが自由に使う訳にはまいりませんから……」
「なんだぁ、違うのか……」
ファナさんは残念そうに唇を尖らせています。
「ですが、そういう方向に持っていく様に働きかけて行くつもりです」
「うん、待ってるね!」
ファナさんは満面の笑顔です。
(なるべく早く利用できるように働きかけていきましょう――)
普段は臆病なのもありわたくしは慎重すぎるとも言われますが、この件に関してはガヒネアさんの体調の事もあるので、時間がさしてないかもしれないと思っていました――。




