第一七〇話「人型蜥蜴」
――再度何かが転送されてくる時の様に装置は起動しています。
「レティ?」
「あれは、恐らく先程の甲冑蜥蜴の様な魔獣が転送されてきます……」
ウェルダさんはわたくしの言葉に顔を引きつらせ、装置に向かって振り返りますが、転移装置の光が眩しく、盾で顔を隠します。激しい光が納まると、そこには先程の甲冑蜥蜴のより大きな個体が出現していました。
(いえ、違います……あれは?!)
馬ほどの大きさの甲冑蜥蜴ですが首より先が人の上半身の様な形をした蜥蜴とでもいいましょうか?
書物で読んだ古の伝承で、半人馬というものがありましたが、それを蜥蜴にしたもの……と、わたくしの知識ではそうとしか表現する言葉がありません。
しかし、この魔獣の上半身は人とはかけ離れた姿で、人の様に二本の腕がありますが頭は蜥蜴そのものです。尖った金属質の鱗に覆われていて、右腕の鱗がまるで盾か何かの様な形状で左腕は手の甲から偃月刀の如き刃の様な鋭利な棘が生えていました。
それは天然自然の生物的な「種の繁栄を目的としたもの」とは違う、戦うために人為的に造られたような印象をうけます。
(キマイラやグリフォン、ミノタウロスから感じる怖さと嫌悪感がありますね……)
魔獣は古代魔法帝国の技術で造られたものというのが定説ですから、この魔獣もそうなのでしょう――ウェルダさんはわたくしの肩に手を触れます。
『……魔力分与』
すると、わたくしの疲労感や虚脱感が幾分か和らいだ気がしました。魔力分与――自らの魔力を他者に分け与える魔法です。
「そんな青い顔では倒れそうだから魔力を分けるわ。でも気休め程度よ」
「ありがとうございます、これで何とか……」
「アレ、何か分かる?」
「分かりませんが……人型蜥蜴」とでも呼びましょうか?」
馬ほどもある大蜥蜴で、蜥蜴に腕が生えたような上半身を持っていました。つまり、四足に腕が二本です。
「生き物というより、殺すためのもの、まるで武器ね……おぞましい」
ウェルダさんはそう呟きます。生命の理から外れた、人為的な姿に見えるのは私だけでは無いのですね。
光の渦が消え、人型蜥蜴はわたくし達を認識したようで、右腕の盾状の鱗を構えながら向かって来ました。
ウェルダさんは咄嗟にわたくしを庇うような位置取りをして盾を構えましたが、激突されて短い悲鳴を上げながら後へ飛ばされて外壁にぶつかります。
「ウェルダさ……」
わたくしがウェルダさんに気を取られる間に人型蜥蜴は体勢を立て直してわたくしに向かって左腕を振り上げ向かってきます。
(こちらに!?)
わたくしは咄嗟に石柱を盾にしようと動きましたが、そこに断頭石大剣が割って入りました。
人型蜥蜴は断頭石大剣を叩き落とそうと左腕の偃月刀の様な刃状の棘を力任せに振り下ろしますが、断頭石大剣は振り下ろしに対して角度をつけて受け流して火花を散らします。
断頭石大剣はそのまま弧を描いて人型蜥蜴に斬りつけましたが、右腕の盾状鱗で防御しました。
わたくしはウェルダさんが心配で駆け寄ります。
「ウェルダさん!」
「大丈夫よ……」
ウェルダさんは戦棍を杖代わりによろめきながら立ち上がります。そして額に手で触れて癒しの魔法を唱えました。その間も断頭石大剣は人型蜥蜴と激しく打ち合いを続けています。
まるで歴戦の戦士が戦っているような、見事な戦いぶりなのは素人目にも分かりました。
「あの魔剣、やはり凄いわね……でも、レティ大丈夫?」
ウェルダさんが心配する様に、まるで走り続けているかのよう動悸がして、疲労感に襲われます。
(数ある魔剣の中でもこれは凄まじいですね……)
立ち止まっていても疲労感が増していくのがはっきりと分かるくらいに消耗する。
「レティ、もう少しだけ頑張って」
ウェルダさんはそう言うと人型蜥蜴の後へ回り込みタイミングを図って背後から粉砕の戦棍で背後から殴り掛かり、戦棍が下半身に命中します。
命中と同時に「バン」という破裂音、粉砕の戦棍の力でしょう。人型蜥蜴は体勢を崩しますが、尾が別の生き物の様に動いてウェルダさんを大きな鞭の様にしなって打ち据えました。
「ぐぅっ!?」という呻き声を上げながらウェルダさんは弾き飛ばされて石柱に激突します。
「ウェルダさん!」
わたくしが叫んだその時、断頭石大剣の風切音と肉が潰れる様な不快な音が響きました。
断頭石大剣が人型蜥蜴の首を刎ねた様です。
首の無い人型蜥蜴は何度か藻掻く様に歩きながら腕を振り回しましたが、数歩よろめくと糸が切れた操り人形の様にドサリと倒れて痙攣したあとに完全に脱力したように動かなくなりました。
わたくしは自分の魔力の限界を感じて魔剣の召喚を解除すると、断頭石大剣は光る霧となって霧散します。魔力消耗でふらつきながらもなんとかウェルダさんに近寄ります。
「ウェルダさん!」
「無事よ……痛っ――」
ウェルダさんは起き上がりましたが痛みに顔を歪めて脇腹を抑えています。
「肋骨が、折れたかもね。まあ、動けるから……」
ウェルダさんは自身に治癒魔法、癒しと鎮痛を唱え、深呼吸をして立ち上がりました。
わたくしは転移装置の事を思い出して慌てて制御の台座に駆け寄ります。
(古代文字は……転移……終わり……停止?)
据え付けられた金属板に浮き上がる古代文字を見ると、装置は停止している様でした。
「止まりました、もう大丈夫です」
わたくしの言葉にウェルダさんは大きく溜息をつきました。
「レティ、いつもこんな事してるの?」
「いつもと言う訳では……いえ、転移装置絡みはそうかもしれません」
わたくしは苦笑いしながら答えると、ウェルダさんは呆れていました。
甲冑蜥蜴も人型蜥蜴も徐々に黒くドロドロした液状になりやがて黒い霧になって消えました。今まででの魔獣と同じなので、やはり古代魔法帝国が産み出したものなのでしょう。
そして、改めて転移装置を調査を行います。




