第一六九話「甲冑蜥蜴と断頭石大剣」
――甲冑蜥蜴はわたくし達に気づいて警戒するような素振りを見せます。
「これは……襲ってくるやつよね、倒すわよ?」
ウェルダさんはわたくしに目配せしながら訊ねます。
「はい、危険な魔獣かと思います」
(硬そうな鱗ですし、鈍器が有効でしょうか?)
ウェルダさんは既に身体能力向上等の支援魔法を唱えています。わたくしも腰の首領の剣を抜きました。
「牢よ開きて出よ四〇人の盗賊……丸太棍棒ウガルム、棘付盾ラハブ」
わたくしの呼びかけと同時に宙に直径一メートル程の光る紋様が二つ浮かび、そこからわたくしの身体程もある丸太からそのまま削り出した様な荒々しい丸太棍棒と直径一メートル程の円形の棘付盾が現れました。
「それも例の魔剣なの?」
ウェルダさんは驚いた様な表情をされますが、向こうはお構いなしで襲い掛かってきました。
「ウェルダさん来ます!」
(は、速い?!)
甲冑蜥蜴は想像以上に素早く動き、こちらへ突進してきます。棘付盾が素早く反応してわたくしの前に出ます。甲冑蜥蜴は棘付盾に衝突しますが、棘をものともせず盾に襲いかかります。
その横合いから丸太棍棒が風を切って飛来します。しかし、甲冑蜥蜴は素早くそれを躱し、丸太棍棒は床を殴りました。
(素早いですね……)
その間にもう一体の甲冑蜥蜴が回り込んで襲い掛かってきましたが、ウェルダさんが盾で殴る様にして防いでくれました。
「ありがとうございます」
「来るわ、気を付けて!」
こちらを狙う甲冑蜥蜴を丸太棍棒が追いますが、その素早さに翻弄されています。
(もっと素早い魔剣の方が良いでしょうか?)
しかし、そういった魔剣はあの硬い鱗に弾かれそうです。わたくしはその都度魔剣が適切な対応をしてくれていたのを思い出し、首領の剣に向かってお願いします。
『四〇人の盗賊達、我に力を貸し給え』
すると、わたくしの目の前に直径一メートル程の光る紋様が現れます――が、
「う……な、なんですかこれは……」
今までに無い位の強い疲労感が身体を襲います。直感的に魔力切れを危惧し、わたくしは棘付盾と丸太棍棒の召喚を解除しました。
光の霧となって消えた魔剣たちと入れ替わる様に宙に浮かぶ光る紋様から身の丈程もある剣の様なものが現れました。両手剣程の大きさの柄があり、刀身は金属製では無いように見えます。そして先端尖っておらず、角型です。刃幅も三〇センチくらいありそうです。
「石の大剣……でしょうか?」
硬い岩石を刀身の様に加工した無骨な大剣……わたくしの知識で思い当たるそれは古の処刑具、断頭石大剣に見えました。
金属の鋳造や加工技術が未発達だった時代に、断頭刑用の大きな刃物が金属で作れず硬い石を削り出して造ったものも存在した、というのを書物で読んだ事があります。
刀身の側面には慈愛の女神の紋章が彫り込まれています。処刑される者への慈悲と祈りに思えます。
(この石は……なんだか強い力を感じます。魔力的な力を秘めているかもしれません)
わたくしが新たな魔剣に気を取られていると甲冑蜥蜴が向かってきました。
「レティ!」
ウェルダさんが盾を構えてわたくしを庇う様に前に出ました。その横を風を切って通り過ぎる様に断頭石大剣が剣先を甲冑蜥蜴に向けて水平に飛んでゆきます。
甲冑蜥蜴は断頭石大剣を素早く横に移動して躱しますが、剣がその場で縦に弧を描いて半回転し、甲冑蜥蜴を叩き伏せました。
硬いものと硬いものがぶつかるような音と柔らかいものが潰れる音が同時に聞こえ、甲冑蜥蜴は断頭剣に胴を真っ二つに切断されていました。それは鋭い刃物で切り裂かれたのではなく、硬いもので力づくに烈断されたように見えます。
惨い情景にわたくしも眉を顰めましたが、そんなわたくしが見ている前で断頭石大剣は間髪入れずにもう一匹の甲冑蜥蜴に斬り掛かりました。
甲冑蜥蜴は動き回って回避しようとしている様ですが、断頭石大剣は見た目と違い凄い速さで斬りつけ、空振りはするものの甲冑蜥蜴を追い詰めて行きます。
「あの剣、何なの……まるで歴戦の強者の立ち回りだわ。多分あと二、三手で……」
ウェルダさんがそういうと断頭石大剣は、甲冑蜥蜴を横薙ぎする様に部屋の外壁に叩きつけて切断してしまいました。
「な、何故分かったのですか?」
「白兵戦って相手の動きを読むのは当然として、相手がそう動かざるを得ない様に誘導していくのよ」
断頭石大剣によって甲冑蜥蜴二体は倒されました。しかし、わたくしは貧血のようにフラついてへたり込んでしまいます。
「ちょっと、レティ?!」
「すみません、強力な魔剣は魔力を激しく消耗しますので……」
(今までで一番消耗したような気がします。その分強力な魔剣でしたが……)
すると、転移装置の石柱や床の紋様が再び光を強め、青白い光の粒子が舞い、渦を作り始めます。
(しまった、装置を停止しなければ!)
わたくしは背筋に戦慄が走りました――。




