第一六六話「仕掛け扉」
――大蝙蝠を撃退しながら辿り着いたのは古代文字で「制御室」と刻まれた銘板が埋め込まれた扉でした。
わたくしはその扉の脇の壁に埋め込まれた金属板に触れます。古代遺跡ではよく仕掛けになっていることがあるからです。しかし、触れても全く変化はありせんでした。
「やはり、地下迷宮の動力が停止しているからでしょう……扉を開ける仕掛けが動きません」
「でも、その動力というのはこの中なんですよね? 古代の魔術師たちは動力が切れたときはどうして開けていたんでしょう?」
ハサラさんは素朴な疑問を口にしました。
「確かに……では、どこかに違う仕掛けがあるかもしれません」
わたくし達は周囲を探索します。
(こんな時、遊撃兵のアンさんならどういう風に調べるでしょうか?)
いつの事だったでしょうか、わたくしは以前アンさんとお話した時の事を思い出します――。
ギルド本部の経営する酒場の「小さな友の家」で皆さんとお食事していた時、わたくしはアンさんに遺跡探索する時の話を聞いた事がありました。
「アンさんは遺跡で魔力や精霊の探知も無いのに扉や仕掛け等を発見されますが、何かコツの様な物があるのでしょうか?」
「コツ? そうだねえ……そもそもその建物が何だったのか、どう使われていたのか……そういうのを考えるのさ」
アンさんは食べていた炙り肉の骨で宙に何かを描きながら説明してくれました。
「人が使ってた建物なら、使い古した跡がある。床の傷みで通路の動線が推測できるし、扉があれば開いた跡が出来る」
アンさんはエール酒を一口呑んで喉を湿らせます。
「隠された仕掛けも、見つけられたく無いから隠れてるのか、普段は必要無いから収納されてるのか……人が使ってた物なら使い勝手ってものがあるから、そういう事を想像するのさ」
(……と、アンさんは仰っていましたね)
わたくしはアンさんの見様見真似で扉付近の壁をの作業用ナイフの柄でコツコツの叩きながら音を確かめて行きます。
地道に叩いていると、扉付近の壁に三〇センチ四方程度の小さな蓋の様な継ぎ目を見つけました。ナイフを差し込んでみると蝶番が動いて開き、中には取手のような物がありました。その取手には矢印も彫り込まれています。
「レティ凄い……アン姐みたい」
ファナさんは目を輝かせて見ていました。
「何なのかしらこれは?」
ウェルダさんは怪訝そうな表情で取手を見つめます。
「何かの仕掛け……罠かな?」
ファナさんも眉を潜めて取手を見つめています。
「罠ならもっと――なんというか、あからさまじゃないかな?」
ハサラさんも考えながら発言しているようです。
「今までの経験上、罠の類ではないと思いますので取り敢えず矢印の方向に取手を動かして見ましょう」
わたくしは取手を動かそうとしましたが、固くてあまり動きません。
「ああ、替わるわ」
ウェルダさんが苦笑いしながら交代してくれました。ウェルダさんは自身に身体能力向上の補助魔法を唱え、力一杯取手を動かすと「バキバキ」と鈍い音がして取手が動きだします。
ウェルダさんが取手を回すように動かしていると、壁の中で何かが動く音がして扉が徐々に開き始めました。
「あ、凄い! 本当に開いた」
ファナさんとハサラさんは目を丸くしています。扉が開ききる所まで取手を回し、ウェルダさんは溜息をつきました。
「ウェルダさんありがとうございます」
「貴女もよく仕掛けがあるのが分かったわね?」
「アンさんに以前教わったコツを思い出したので……」
(やはり、様々な観点から俯瞰して見る事は大切ですね……)
わたくし達は部屋の中に入ります。中央には辺境の地下迷宮などで見た金属板の埋め込まれた台座がありました。
「辺境の地下迷宮ではこの台座の下に空間があって……」
台座を調べると、レバーの様な仕掛けがありました。それを倒すと、台座がスライドして縦穴と梯子が現れたました。
縦穴は、三メートル程下が通路になっている様ですが……何年か前に辺境の地下迷宮で発見した転移装置の動力部よりも狭く、人ひとり入れる程度の狭い通路です。
「わたくし、行ってまいりますので荷物をお願いします」
背嚢を降ろし、身に付けられる最低限の物だけを携帯します。
「レティ、大丈夫?」
ウェルダさんは心配そうにわたくしを見つめます。
「見た所狭い通路ですし、これまでの様子から罠も無さげです。危険があれば引き返しますので――」
ふと、太陽の位置が分かる魔道具陽位水晶を懐から取り出して見ると、この遺跡に入ってから半日以上は経過し、すでに日没を過ぎています。
「皆さんは休息を取っていて下さい。わたくしも戻り次第交代で休息を取らせて頂きます」
念の為、部屋の扉を閉じてから休息を取ろうという事になりました。そして、わたくしは縦穴の梯子を降ります――。
 




