第一五六話「ファナと薬師の弟子2」
前回に引き続きファナ視点です。
森の中で動く岩石に襲われていた魔術師らしき人は、レティと秘薬探しの旅をした時に知り合った薬師の弟子ハサラだった。
色々話したいけど今は目の前の動く岩石を何とかするのが先だ。
『光の矢!』
今度は五つの光の矢を動く岩石に向けて放つ。それらは全て命中してその衝撃で倒れて繋がってた岩がバラバラになった。魔力が霧散するのを感じる。
「よっし!」
私は握りこぶしを作って身体の手前に引き寄せる仕草をする。アン姐が慎重に近づいて動かない事を確認して知らせてくれたので皆で溜め息をついた。
「動く樹木って聞いてたのに、まさか岩の方が来るなんてね――」
アン姐はぶつぶつ言いながらディロンと岩を調べてる。
「ハサラ、久しぶり――」
私が声を掛けようとしたら、なんか微かな振動と「ボコボコ」という音が聞こえて来た。
「ファナ、なんか来るよ!」
アン姐が鋭い声で注意を促す。私はすぐに魔法探知を唱えて周囲に動く岩石が居ないか調べた。
「……え? ちょっと、大きいのがすぐ近くにいる!」
私がその方向を指さすと10メートル程先にある、両腕が回らないほどの大きさの岩が幾つも重なりながら、土の中から出てきて動き始めた。さっきの動く岩石より単純に五倍くらいはありそうな大きな怪物だ。
「でか!」
私は思わず率直な感想を叫んでいた。
「みんな下がって! アレも動く岩石なの!?」
ウェルダは盾を構えながら私たちの一番前に出た。その間も、私は魔法探知で感じたことを補足して皆に伝える。
「さっきのと魔力の雰囲気が同じだから多分そうだよ、めちゃデカいけど――」
その分動きは遅いみたい。ゆっくりと歩く大きな動く岩石を囲む様にして私たちは様子を伺う。
「こんなものが村を襲ったらマズいな……ここで食い止めよう」
冷静で無表情なディロンが珍しく険しい顔をしている。
(そうだよね……でも、こんなのどうやって止めりゃいいの?)
さっきは光の矢が効いたんだから、魔法でなんとか出来るはずだ。
「火球で行くから、みんな離れて!」
私の言葉に皆は距離を取って大きな木の影に隠れたけど、ハサラは私のすぐ隣にいる。
「ハサラも隠れて!」
「いや、さっきみたいな反撃があったら不味いからもしもの時は防御魔法を使うよ」
なんか尤もな事を言われてちょっと苛ついたけど、その通りなので言い返せない。
「ファナ、いつもの手で足止めをするぞ」
「いつもの手」というのは、精霊魔法"沼の精"で泥濘を作って足止めした所に攻撃魔法でトドメという、ディロンと私のコンビネーションの事だ。
「オッケー、いつでもいいよ!」
私の返事でディロンは儀式用短剣をかざして精霊語を唱えながら宙に文字を描く。
『……沼の精』
ディロンが呪文を発すると、動く岩石がずぶずぶと地面に沈み始めた。
「いっくよ……火球!」
長杖を両手で持って正面に構えると、杖の先端に直径一メートルくらいの火の玉が現れる。私がそれに向かって念じると、火球は火の粉を散らしながら動く岩石に向かって飛び、命中して爆発する。
大きな破裂音と爆風で周囲の木々が揺れる。動く岩石はバランスを崩したように倒れて近くにあった木を何本かなぎ倒した。
「よっし!」
でも、燻ぶった煙の中に倒れ込む動く岩石はまだ動く気配があった。
「ファナ、下がって!」
私がハサラの声で後退ろうとしたその時、動く岩石が大きく動く。
『……障壁!』
ハサラは咄嗟に障壁の魔法を唱えたけれど――私たちに向かって飛んできたのは直径一メートルはある大きな岩だった。
(あんなの障壁だけじゃ――)
私は自分の身体ごとハサラに体当たりするように倒れ込む。大きな岩は私たちすれすれを抜けて後ろの大きな木をなぎ倒した。
(え……やば……)
その瞬間、景色がゆっくりと流れるように見えた――危険が迫っている時に見える光景だ。大きな岩が木に当たった時に、欠けた拳大の破片が幾つか私に向かって飛んできた。そのひとつが私に直撃する軌道で飛んでくるのが分かる。
(避けたらハサラに当たる――)
咄嗟に腕で頭を庇うと「ガツン」という強い衝撃を感じた。腕には痛み、熱さ、痺れ――それらに同時に見舞われる。私はハサラに折り重なるように地面に倒れ込んだ。
自分の腕がヤバイことになっているのがわかる。痛くて動かないし、へんな曲がり方をしてる。身体中が痺れるようで吐き気もしてくる。
「あ……ぐ……痛っ……」
私が藻掻いていると、ハサラが駆け寄って来る。その向こうではウェルダが倒れている動く岩石に粉砕の戦棍で止めを刺してるのが見えた。
動く岩石が倒されてホッとしたけれど、痛みと痺れ――そして吐き気でそれどころじゃない。
「うう……あ……が……」
久し振りにやられた。こんな怪我をしたのはいつ以来だろう――痛みのための吐き気を堪えているから悲鳴も出せない。
「ファナ、触るよ」
「いっっっ?!」
ハサラに怪我をした左腕を触られて激痛が走る。
「折れてるな、これ……」
(骨が? ヤバいな……どうしようこれ?)




