第一五〇話「レティとウェルダ 前編」
――わたくしは帝都近隣の都市の冒険者ギルドへと出張鑑定に出向いていました。一通り仕事を終えたのはもう夕暮れでした。ギルドの経営する酒場からは良い匂いが漂って来ています。
ギルドが宿泊と食事も手配してくれていましたので、そのまま宿に併設された酒場で食事をしていると――。
「……レティ?」
聞き覚えのある声で呼び掛けられましたので、振り向くと……そこにはギルドメンバーであり友人のウェルダさんが居ました。
「ウェルダさん! えっと、どうして……」
「それはこちらも聞きたいわ。相席宜しくて?」
わたくしは一も二もなく了承しました。
鎧姿だったウェルダさんは、その場で武装を外してから席に付きます。冒険者ギルドの経営している酒場は食事の時に鎧や武器等の武装を外して置いておけるようにフロア面積には余裕を持たせて設計されています。
そして、ウェルダさんのお料理と飲み物が揃うと、わたくし達は改めて乾杯しました。もちろん、わたくしはお酒ではなくて果実水です。
「久し振りね、一年以上会えて無かったけど元気そうで良かったわ」
「はい、お陰様で。今日はこの冒険者ギルドへ出張鑑定の依頼で帝都から出向いていました。ギルド主催の冒険者の鑑定会で――」
冒険者ギルドの互助の一環で、鑑定士を招いての鑑定会を催す事があります。わたくしが帝国公認鑑定士ということもあり、今回は大勢の冒険者が集まって朝から夜までかかってしまった――という話をしました。
「そうね、貴女は帝国公認鑑定士だったわね。活躍している様で良かったわ」
「いえいえ、そんな――ウェルダさんは今回お一人なんですか?」
「ええ、途中まではサンジューローとハイトと一緒だったんだけど、先に運河船でイェンキャストに帰ったわ。私は実家に用があって別行動に……」
互いの近況報告をしながら食事を摂り、食後のお茶を飲んでいました。ふと、わたくしの目にウェルダさんの魔道具である武器、粉砕の戦棍が映りました。昔、初めてお会いした時は遠慮してあまり詳しく見ませんでしたけれど――。
「ウェルダさん、お願いがあるのですが……粉砕の戦棍をもう一度詳しく見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、良いわよ」
ウェルダさんは気軽にわたくしの前に粉砕の戦棍を置きました。出会った日の夜、見せて欲しいとお願いした時は警戒されていましたが――。
(信頼して頂けているようで嬉しいですね……)
粉砕の戦棍について、あれから文献も読みました。ミリス銀で鋳造されていて見た目よりも軽いので女性でも振るうことが出来ます。また、埋め込まれた魔術結晶には見えない力の魔法が込められていて、その衝撃波によって威力を倍増する――でしたけれど。
あれから、色々な魔道具を実際に見てきたわたくしには、粉砕の戦棍に込められた見えない力の魔法だけでは単純に普通の戦棍よりも反動が強いのでは? という疑問が沸きました。
「ウェルダさん、この戦棍の力を発揮した時は腕への負担は強いのでしょうか?」
「え? ええっと……あれよね、発動させた時よね?」
この粉砕の戦棍は打撃する際に「砕けよ」と念じる事で、戦棍の頭部である槌頭に埋め込まれた魔術結晶が、見えない力の魔法を発動します。かつて、共に怪物やゴーレム等と戦った時にその力を使っておられました。
「そうね、寧ろ普通の鉄製の戦棍よりも反動は感じない様に思うわ」
通常なら強い力で何かを叩けばその反対向けの力も働きますので、戦棍で打撃した時に更なる力を加えると、戦棍自体が跳ね返ってしまいます。
「ということは、単に見えない力を発動させているのではなくて、反動を軽減する仕組みもあるということです」
「そ、そうなの? 使ってる分には気にした事なかったわ……」
ウェルダさんは少し戸惑いながら苦笑いをしています。
「この槌頭の中心に埋め込まれた魔術結晶を見てください、通常の魔術結晶であれば結晶の中に平面で術式が刻印されています。しかしよく観察すると、この刻印は二重になされています。しかも、背中合わせの様に反転した刻印です」
「え……ま、まあそう言われれば……」
「ここから導き出されるのは、この方法によって見えない力を発動させた場合、最初に発動した見えない力をもう一つの刻印によって反対の力を加えて跳ね返る力を打ち消していると思われます」
「そうなの?」
「はい。文献によりますと粉砕の戦棍は元々護身用で非力な女性にも扱えて、しかも攻撃魔法を防御する魔法である魔法の盾でも、物理的な物を防御する障壁の魔法、そのどちらでも完全に防げないのです。これは中々優れた魔道具、魔法の武器です! 思えばこの戦棍自体の意匠も魔法帝国時代の様式で、機能美の中にも遊び心というか優雅さが見られます。魔法帝国滅亡後の戦乱期にはそういう意匠よりも機能性重視になりましたから――」
わたくしは気づきによる感動で長々と一息に熱弁してしまいました。ふと、我にかえるとウェルダさんは苦笑いの表情で固まっていました。
――わたくし、久々にやってしまった様です。
「す、すみません! こういう独りよがりな語りは控えるように日頃から自分に言い聞かせていたのですが、ついうっかり……」
わたくしは顔から火が出る思いで頭を下げました。すると、ウェルダさんの「クスクス」という笑い声が聞こえて来たので顔を上げます。
「全然変わらなくてちょっと安心したわ。帝国公認魔道具鑑定士に任命されたと聞いていたから、もっと硬く厳しい感じになっているかも、と思っていたけど――」
ウェルダさんはとても楽しそうに微笑んでいました。




