第一四八話「余談 ~アンとディロンの昔話・前編」
今話より日常編(その2)です。各話ごとに視点が変わるオムニバス形式になります。
――あたしはアン・コーシィ。冒険者ギルド"おさんぽ日和"の遊撃兵。
ここ半年ほど、イェンキャスト周辺にうじゃうじゃと沸いていた動く樹木や動く岩石、動くキノコ等々……。そういう奴らの駆除を街のギルド連合総出で対処する日が続いていた――。
ずっと周辺の街や村に出ずっぱりで、ようやっと落ち着いてきたので一旦イェンキャストに戻る馬車に乗せて貰って帰る途中だ。疲れていたので仮眠をとっていたけれど、馬車の大きな揺れで目が醒めてしまった。
あたしの座っている向かいでは、ギルド仲間の精霊術師ディロンが揺れなど気にせず寝ていた。おさんぽ日和に入る前からの付き合いだから、もうかなり長い間こうして冒険者として組んでいる。
(何年になるんだろ……ええっと?)
ふと、久し振りに昔の事が思い出される――。
「あたしは、そのうち隊商を出てくから!」
「こら、アン! うちの隊商は大陸中巡ってるのに何の不満があるんだ!」
あたしが父親にいつも捨て台詞みたいに言う言葉「ここを出ていく」という言葉――まあ年頃の娘には有りがちな常套句だなあと自分でも思う。
「決まった街や村を巡ってるだけじゃん!」
「隊商は買ってくれる人達の居る所を周るものだ。誰も居ない所で商売が出来るか!」
「それが嫌だっつってるだろ!」
父親とはしょっちゅうそんな言い合いになっている、そんなあたしは"コーシィ商会"という隊商を率いる隊長の娘として生まれた。ついこの前、一五歳になったとこだ。
母親はあたしがまだ小さい頃に病気で亡くなった。確かに辛くて悲しかったけど、まあ隊商のみんなが家族だったから淋しくは無かった。でも、あたしはこの隊商で人生を終える気はない。決められた場所を周るんじゃなくて色んな場所を巡ってみたい、そんな事をずっと思い続けていた。
けれど、出て行くにも色々準備がいる。だからあたしは来たる日に向けて、隊商の仕事として食料調達の狩りで獲物を取ったり、野営の仕事を率先して手伝ったり――等々。表向きは隊商の仕事を嫌がらずにやる働き者の娘と思われてたかもしれないけど、全ては独りで生きて行くために虎視眈々と準備を進めていた。
今、隊商は休息で見晴らしのいい湖の畔に滞在している。あたしは以前隊商を護衛してくれた冒険者に教わった弓の稽古をするために近くの森の入口で木に的を付けて稽古をしていた。これは狩りにも大いに役立っているし、筋が良いと褒められたのであたしは特技としてちょっと自信を持っていた。
(この距離だとそれなりに当たる様になってきたから、もうちょい離れて当てる稽古も始めようかな?)
あたしは距離が倍位になるくらい後ろに下がり、同じ的に狙いをつけ弓の弦を引き絞る。
「流石に遠いかな? ま、取り敢えず射ってみて二の矢で合わせて……だよね?」
弦を弾いて矢を放った瞬間、的にしている木の傍に動くモノが見えた。
「うああっ?!」
その動くモノは人で、ドサリと倒れてしまった。あたしは青い顔をしながら、必死で駆け寄る。
「ご、ごめん! 大丈夫?!」
近寄ると――あたしが今射た矢は木の的に刺さってるのが見えて、特大の溜息が出た。
「良かったぁ、紛らわしく倒れないでよ……って、大丈夫?」
あたしが倒れてた人を覗き込むと、苦しそうに呻いる男の人だった。この人は、額に凄く汗をかいているので手のひらで触れてみる。
「熱っ! ひょっとして病気?」
取り敢えず持っていた水袋の水を飲ませてから次にどうするべきか頭を回転させる。
「近くに隊商があるから、歩けそう?」
男の人は苦しそうにしていて言葉にならない何かを呻いていた。
「よし、取り敢えず担ぐから何とかして連れてくよ!」
女にしては大柄だったあたしは男の人に肩を貸してなんとか立ち上がる。
(割と細身だね……そんなに身体が大きく無くて良かった)
この人が着ているのは厚手のダボッとした上衣と下履きだったので体格はパッと見分からなかったけど、結構細くてあたしのほうが体格いいかもしれないとかそんな事をおもった。
(なんだろ、旅人? 冒険者?)
癖のある黒髪で色白のちょっと陰気そうな雰囲気なのは病気だから? そういうどうでも良さそうな事をぐるぐる考えながら隊商の近くまで戻ると、みんなが気づいて助けてくれた。




