第一四七話「ギシュプロイ大公」
――縮尺模型の魔道具の一件の翌日。バフェッジさんにお時間を頂いて事の経緯を説明しました。
「それは……災難だったね、まあ無事で何よりだ。やはり、レティ君が居てくれて良かったよ。流石は冒険者だ」
「恐縮です……あの、バフェッジさん。縮尺模型なのですが……どう取り扱いましょうか?」
あの魔道具は取り扱いにはまだ不明な点が山ほどありますし、このままオークションで落札された先で不用意に使用された場合、命を落とす危険もあります。
「そうだね、危険ということであれば出展者から儂が買い付けて管理は取り敢えず公認魔道具鑑定士の君に任せるとしようか」
そういうわけで、縮尺模型の魔道具はわたくしが一旦お預かりして調べるという事で決着しました。
――そして、オークション当日。鑑定士を公にしないということでわたくし達は別室で待機し、その都度人を通じて質問に答えたりしていました。
約三時間ほどでオークションも終わり、やっと肩の荷が降りた気がします。控え室でホッとしていると、ドアがノックされてバフェッジさん――グルマイレン侯爵が来られました。今日は侯爵、そしてオークション取締役として居られるので上級貴族の装いをしておられます。
貴族令嬢であるセシィとテュシーさんは勿論、わたくしも失礼のない様にドレスを着ていましたので立ち上がりスカートをつまみ膝を曲げる淑女礼をして迎えます。
「鑑定士諸君ご苦労であったな。万事恙無く終える事が出来た、改めて感謝する」
侯爵のお言葉にわたくし達は両手を胸の前で組合せ、頭を下げる貴族礼をしました。
「お役に立てて何よりです、グルマイレン侯爵」
わたくしが返礼すると、侯爵は「コホン」と咳払いをされました。
「君達、特にロズヘッジ公認魔道具鑑定士に会いたいという方が居られてな、宜しいかな?」
侯爵が方と仰られるということは、侯爵よりも身分が上の方でしょうか?
(と言いますか、実質は選択肢などありませんよね……)
「はい、是非に」
わたくしが返答しますと侯爵は部屋から一旦出られます。わたくしがセシィとテュシーさんに目配せをすると二人とも緊張の面持ちでした。
程なく再び扉がノックされると、グルマイレン侯爵を先導に身分の高そうな男性が入室されました。二〇代後半くらいの青年貴族。男性にしては少し小柄で、黒髪。端正なお顔で何処か見知った印象があります。
「ギシュプロイ大公殿下で在らせられる」
侯爵のそのお言葉にわたくし達は反射的に両膝をつき、両手を組合せて頭を垂れる貴族最敬礼をしていました。ギシュプロイ大公殿下……わたくしが転移追放刑に処された原因となった、贋作の壺をプリューベネト侯爵に下賜された方です。
「余がギシュプロイ大公、ゼイエリオ・レグ・バスマイアスだ。まあ、ここは非公式の場であるから畏まらず楽にして欲しい」
大公殿下のお言葉にわたくし達は顔を上げました。大公殿下がわたくしの前に立ちましたので緊張で身体が強ばります。
「貴公がロズヘッジ公認魔道具鑑定士だな、その節は余の壺のせいで大変な苦労を掛けた。遅くなったがここで謝罪させて貰う……」
大公殿下は片膝をつき、わたくしに向かって頭を下げられました。突然の出来事にわたくしは慌てて這いつくばる様に低く頭を下げます。
「大公殿下にその様な……勿体のうございます、どうか頭をお上げ下さい!」
殿下は暫く頭を下げると、再び立ち上がります。わたくしも片膝をつく姿勢に戻りました。
「余の立場では、なにか些細な間違いが起きれば簡単に命を脅かす事になる、貴公のお陰で大切な事を学ばせて貰った……礼を言う」
「いえ……恐縮にございます」
「何より、あの件では祖父から久々に叱られたよ……普段は温和な方だが怒るととても怖いのだ」
そう仰り、苦笑いされます。ギシュプロイ大公殿下のお爺様……ドルヴイユ殿下。おさんぽ日和のギルドマスター、ドヴァンさんです。道理でお顔が似ているはずです。従兄弟でもあるので皇帝陛下にもどことなく雰囲気が似ておられますし。
「貴公には詫びがしたいのだが……何か要求は無いかな?」
「滅相もございません! すでに各方面より格段のご配慮を頂いておりますので……」
わたくしは殿下のお言葉に恐縮して頭を下げます。
「失礼致します殿下。現在ロズヘッジ公認鑑定士殿は準貴族扱いという身分ですので、何かと制限も多く貴族社会に於いては不自由もあると見受けます」
グルマイレン侯爵はわたくしにちらりと目配せされました。わたくしは何のことかと要領を得ませんでした。
「今回のオークションの労を労うという意味で男爵位を与えられては如何かと」
わたくしはグルマイレン侯爵の申し出に目を丸くし、咄嗟に頭を下げました。
「恐れながら侯爵様、わたくしはかつて貴族の身分を返上した身、再び貴族の身分を賜るなど……」
侯爵は、わたくしの慌てる様子を動じることなく柔らかな表情で受け止めておられます。
「ネレスティ・ラルケイギア子爵令嬢は死亡している。貴公はその令嬢とは関係の無い、鑑定士のレティ・ロズヘッジだろう。何も問題は無いと思うが……如何でしょう殿下?」
さらりと仰った侯爵の言葉にわたくしが戸惑っていると、大公殿下が咳払いをされましたので改めて姿勢を正して頭を垂れます。
「今回のオークションの鑑定や解説は見事であった、故に貴公には男爵位を授与したい」
「それは――」
わたくしは恐る恐る顔を上げ、殿下のお顔を伺います。
「貴公なら皇帝陛下に申し出れば、男爵位ならば快く応じて下さるだろうが――陛下があまり短期間に貴公だけを重用し過ぎると、周囲にあらぬ誤解を招き兼ねない」
「あらぬ誤解……ですか?」
「陛下のお手付きでは無いか……等々だ」
(お手付きと言いますと、愛妾の隠語ですね……えっと?)
「え? あ……ええ!?」
わたくしは全く想像外のお言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。
「し、失礼致しました。それは……有り得ません、恐れ多いですしわたくしなどにその様な事は……」
わたくしの取り乱した様子を見て大公殿下は苦笑いされました。
「いや、こちらも失礼した。だが、世の中はそういう解釈をする者は案外多い、という事は覚えておくといい」
(確かに、姉様達やお母様も結婚などと言っておられましたね……)
「大変名誉な事ですが、わたくしはやはり辞退させて頂きたく存じます」
わたくしは大公殿下のお顔を見据え、返答します。
「ほう、良ければ理由を聞かせて貰おうか?」
「わたくしが陛下より命ぜられている任のひとつは、古代魔法帝国遺物の調査と回収です。その為には冒険者であることがとても都合が良いのです」
わたくしの言葉を咀嚼するように少し俯いて考えておられます。
「……なるほど、陛下はそれも考慮した上で今の身分を――承知した。あまりしつこく言うと、お爺様に叱られそうであるし、ここは引き下がろう。なにか困りごとがあれば我が大公家も貴公に助力すると約束する」
「有り難う存じます、大公殿下」
――こうして大公殿下との面会も終わり、オークションは幕を閉じました。帝国の公認魔道具鑑定士として初めての大きな仕事でしたので、とても緊張し大変ではありましたが得るものが沢山ありました。
第六部「公認鑑定士編」終




