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魔道具鑑定士レティの冒険  作者: せっつそうすけ
第六部 公認鑑定士編

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第一四一話「鑑定士の名前」

――バフェッジさんにオークションの件を任されてからひと月程が経ちました。わたくし達は日に日に集まって来る物品の鑑定や目録制作に忙しい日々を送っていました。


今日も朝から集まって来た物品の鑑定で忙しくしていて、お昼ご飯に合わせて一区切りつけた頃……。ベルエイルに持ってきてもらった昼食を頂きます。メニューは、野菜や塩漬け肉、チーズ、卵を焼いたものなどをパンにはさんだものと温かいお茶です。


三人でそれらを食べながらながら雑談をしていました。


「セシィ、聞きたい事があるのですが……大したことではないのですけれど」


「なんでしょう、レティ?」


セシィは小首をかしげつつ、わたくしの方を向きます。


「身分が鑑定結果に影響しない様、本名とは別に鑑定士名を名乗るのは当然なのですが……セシィ・プラムヤード、というお名前はどういう経緯で――」


わたくしの言葉の途中でセシィは顔を赤らめて俯いてしまいました。


「……セシィ?」


「あの、笑わないでくださいね? レティがお師匠様から頂いた薔薇の垣根(ロズヘッジ)という姓が凄く素敵だなって……その、憧れてしまいまして……私もそんな感じの姓を名乗りたいなと思ったのです」


セシィは照れながら目を逸らしつつ話しを続けます。


「私とレティが再会した場所――我がヴィフィメール家別荘の狩庭の、果実の生る木を思い出してまして……果実生る狩庭(プラムヤード)、と。ごめんなさい、あの、改めて説明すると恥ずかしい、しかもご本人に……」


セシィは最後の方は消え入りそうな声で、耳まで真っ赤にして両手で顔を覆って蹲ってしまいました。わたくしはあの時の再会が今に繋がっている、そう思っていましたのでとても嬉しい気持ちになり、セシィの肩に手を触れます。


「素敵なお名前です。わたくしは頂いて名乗らせて貰っていますが、セシィは自分で考えて自分で付けられたのですね……凄いです」


セシィはわたくしの言葉に顔を上げて少し涙ぐんで「ありがとうございます」と微笑みました。わたくしも微笑み返してから、ふと視線を感じて振り返ると、テュシーさんが何かを手帳に書き留めながらわたくし達を真剣な眼差しで見ておられました。


「テュシーさん?」


わたくしが声を掛けると「へ? あ、いえ!」と上ずった声を出して慌てて手帳を懐に仕舞われました。


「な、な、何でもありませんよ? あはは……このお茶美味しいですねぇ――」


テュシーさんはお茶をゴクゴクと飲まれていました。



――食事と休憩が終わり、そろそろ作業に戻ろうとしているとセシィが両手に乗る程度の大きさの木箱を持ってきました。


「あのレティ? 休憩前に東方大陸の器の鑑定出来たのですが……残念ながら贋作だと思いますけど、見て頂いても?」


セシィは木箱をテーブルに置くと、中から手のひら大の黒く艶のある器を取り出しました。


「ええっと、これは……東方大陸の古いティーカップですね?」


「はい、帝国では"深き夜空の盃(カップオブスターリー)"と呼ばれ、その価値は宝石をも凌ぐと言われています。ですけれどこれは……」


わたくしは器を慎重に手に取ります。外側は艶やかな漆黒ですが、内側には星空の様な色とりどりの無数の点や模様があります。


「わたくしが読んだ文献ではこの器の製法は、元々は漆黒になるように釉薬(ゆうやく)で色付けします。しかし偶然この様な模様に焼き上がる事があり、希少価値が高いと書かれていました。ですが、これは意図的に絵付けされている様に見えます」


わたくしの意見を聞いてセシィは頷きました。


「恐らくその通りですね……本物であれば内側の模様は光の当たる角度で色が変化する光彩色ですけれど、これは色も変化しません。それに決定的なのが……」


セシィは器を裏返して底面を指差しました。


「陶器に色付けし、窯に入れ焼き入れする際、底面まで釉薬を漬けると窯にくっついてしまうために、ここは釉薬が付かない様にするので陶器の地のままになります。この粘土の焼色は中央大陸の土で焼いたものです」


セシィは陶器の地の部分を指さしました。


「つまり、これは帝国内で作られた物である……と」


「はい、残念ながらそういう事になります」


セシィは表情を曇らせています。


「大丈夫ですか?」


「ええ。わたくし、こういう偽物を見つけてしまうと、悲しい気持ちになります……」


セシィは本当に食器が好きですので、こういうものが存在は残念でならないようです。


「わたくし達の鑑定士としての知識や目は、悪意ある偽物ではなく素晴らしいものや美しいものを探し当てる事に使いたいですよね……」


わたくしもその言葉にはとても共感しました。




――と、まあこんな感じでわたくしとセシィを中心としてオークションの為に集まった品々を鑑定し、テュシーさんが記録をして下さいます。テュシーさんは作家活動をされていることもあり、字がとてもお上手で文書や記録の編集も効率良く進めておられました。


「テュシーさん、本当に字がお上手で……それに要点を簡潔に纏めて記録出来るなんて凄いです」


「ふえ? いや、ワタクシなんてレティさんやセシィさんの様に鑑定出来ないですし、これくらいはやらないとですねえ……」


テュシーさんは目を丸くして頬を赤らめて言いました。


「あの、これは一体なんでしょうか?」


セシィが細く短冊状に切り揃えられた薄い木片が丸められ束を持ってきました。


「そちらの箱に沢山入っていたのですが……」


セシィが指差した古い木箱には同様の物が沢山入っていました。


「これは木簡ですね。紙が普及していない時代はこういう薄い木の板に文字を書いたんですよ。この中央図書館の書庫にも収蔵されています」


「古代魔法帝国時代にはもう紙は当たり前に使われていましたよね? その時代の魔導書や巻物なども紙のものがありますから」


テュシーさんは出展物の申し込み書類の束を調べます。


「魔法帝国崩壊と共に文明はかなり後退しましたからね。その時代は製紙技術が極一部を除いて失われ、木簡や羊皮紙などが使われていたようです」


テュシーさんは目の前の机に積まれている資料の紙束から一枚を探し当てました。


「これでしょうか。えっとぉ……南部の地方領主の管理する古城で保管されていた木簡……だそうです」


テュシーさんが木簡の紐を解いて広げると、木の板には帝国古語で文字が書かれていました。


「小麦120……綿花80……多分納めた税の記録ですね。これは歴史的な資料としての価値が高いかもしれません。バフェッジ様に報告と相談した方が良いと思いますよ?」


テュシーさんの意見に従い「要検討」と書かれた札を置きました。この様に検討が必要な品には札を置き、後日バフェッジさんに判断を仰いでいます。


「わたくしは鑑定くらいしかよく分かっていませんけど、テュシーさんは読み書き算術に言語の翻訳までなさるのは本当に感服致します」


セシィもテュシーさんに向けて尊敬の眼差しで微笑みかけます。テュシーさんはますます耳まで赤くなっていました。わたくしはそれを微笑ましく横目にしながら、鑑定作業を進めます。


「あら、これは……開きませんね?」


セシィが人の頭くらいの大きさの箱の前で困っていました。


「ちょっと拝見しても?」


わたくしはセシィが開けようとしていた箱を調べます――。


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