第一四〇話「オークション品の鑑定依頼」
――ある日、バフェッジさんからの呼び出しがあり、中央図書館へ出向きました。応接室に通されると、既にテュシーさんがお越しでした。
「あ、ごきげんようレティさん。あれから転移装置の調査に呼ばれなくなったのでどうなったのか興味津々……いえ、心配で」
テュシー・ロバイアさんことテュセイリア・ロンブロイ侯爵令嬢様です。古書や言語などに精通しておられ、身分を隠してわたくしとは友人としてお付き合い下さっています。
「ちょっと色々ありまして……わたくしの口からはまだ何とも申せません……」
そんな話をしているとノックと共に扉が開き、バフェッジさん……バフェッジオル・グルマイレン侯爵がおいでになりました。
わたくしとテュシーさんはスカートの裾をつまんで膝を曲げる淑女礼をします。
「遅くなった。今日の件で二人に紹介したい人物を呼んでいる、入りたまえ」
バフェッジさんの声掛けで入室して来られたのは、わたくしがよく知る人物でした。
「セシ……セソルシア様?」
「お久しぶりです、レティさん。そちらはテュセイリア・ロンブロイ様でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります、わたくしはヴィフィメール子爵家が息女、セソルシアと申します」
セシィはテュシーさんに対して淑女礼をしました。
「あ、はい。はじめまして……えっと、お二人は知り合いですか?」
テュシーさんは戸惑う様にわたくしとセシィの顔を交互に見ました。
「セソルシア様とは以前より趣味の方面で親しくさせて頂いております」
「趣味……といいますと、セソルシアさんも鑑定を?」
「はい、拙いですが古美術品や食器や陶器などを中心に"セシィ・プラムヤード"の名義で活動させて頂いています」
するとテュシーさんの目が光りました。
「最近陶磁器や古美術品の鑑定でよくお名前をお聞きしています。古美術品鑑定士プラムヤードさん、お会いできて光栄です!」
テュシーさんはセシィの手を握ってブンブン上下に揺さぶるような握手をしました。
「あ、は、はい……光栄です。セシィとお呼びください」
セシィが助けを求める様な視線をこちらに向けます。
「テュシーさん、グルマイレン侯爵にお話を聞きませんと……」
わたくしの言葉にテュシーさんはハッとして顔が青ざめます。
「しっししし、失礼致しました!」
バフェッジさんは、しどろもどろになるテュシーさんに苦笑しつつ咳払いをしました。
「昨今、貴族同士が集まって行う個人的なオークションが流行していてな、そこでは贋作による被害や鑑定結果に対する揉め事が増えているらしい」
わたくしは数年前から警鐘を鳴らしていたのですが、やはり増加の一途だったようです。
「貴族院にも仲裁の申し出が増えていてな、他の審議への差し障りが懸念されている」
何かが流行すると裾野が広がって活性化するのは良い事ですが、トラブルも増えるのは当然でしょう。かつて、わたくしの運命を変えた事件もその一つと言えます。
「では法律で規制されるのですか?」
「いや、皇帝陛下もそれでは逆に非合法な取引を助長させる可能性があると懸念しておられる」
バフェッジさんは顎鬚を撫でながら答えられました。
「わたくしも陛下の仰る通りかと存じます。そうなれば、わたくしの様な目に遭う人間が再び出ないとも限りませんから――」
バフェッジさんは「うむ」と頷かれました。
「そこで、公的なオークションを大規模で行うことで私的なオークションから参加者を誘導し、取り締まり易くする試みをしようという事になった」
「帝国がオークションを主導するのですか?」
バフェッジさんのお言葉にわたくしは驚きました。
「いや、さすがの帝国もそこまで手が回らんからな。ギシュプロイ大公殿下が旗振りをしてくださるそうだ」
「ギシュプロイ大公殿下!? 皇帝陛下の従兄君ですか……」
テュシーさんは驚いています。わたくしはその名前を聞いて自分の身体が強張るのを感じました。
「……レティ、大丈夫?」
隣に立つセシィがそっとわたくしの手を握り、こっそり耳打ちしました。
「え……あ、はい……」
「顔色が良くありませんけど……」
わたくしがかつて転移追放された時に問題になった贋作は、ギシュプロイ大公殿下からプリューベネト侯爵に下賜されたものでした。
(表情に出てしまっているのでしょうか?)
「大丈夫です、ありがとうセシィ」
わたくしはセシィに気を遣わせまいと微笑んでみせます。
「大公殿下ご自身も贋作の被害に遭われた事を公言しておられる。あのような事が起こらない様に、御自ら対策に力を入れたいと皇帝陛下に申し出られたとの事だ」
バフェッジさんはそう言うとわたくしを見て優しい表情で頷きました。
(大公殿下にわたくしをどうこうすると言う意思は無い、という事でしょうか……)
「それで、この度ギシュプロイ大公妃ミュリアネア様の主催により、古物古美術品のオークションが開催される事になった。ミュリアネア様は福祉慈善事業に取り組まれておられ、売上げの一部は孤児院建設とその運営の予算に充てられるそうだ」
「それで、わたくし達は何をすれば宜しいでしょうか?」
お呼び出しという事ですから、何かの役を振られるのでしょうけれど。
「うむ。ロズヘッジ公認鑑定士を中心として、君達には各地の貴族や商人達から持ち込まれる出展物の鑑定と目録の作成を頼みたいのだ」
(えっと……それは、ひょっとしてとても大変なお仕事なのでは?)
「あの、この三名で行うのでしょうか?」
「どれ程の品数が集まるか分からんのでな。それに、信頼できる者に絞りたい。取り敢えず君達三名で頼むよ、物品の搬入搬出などは手配するから、力仕事をしろとは言わんよ」
バフェッジさんは笑っておられましたが、わたくしは任された仕事に興味と不安でいっぱいでした。
――その後、わたくし達は中央図書館の地下室に案内されます。そこは普段は使われていない場所で、地下書庫の更に階下です。
関係者用の昇降装置で降りたその場所は、広さは五〇メートル四方もある大きな空間でした。
(昇降装置と継ぎ目の無い石造りの床や壁に照明石の灯り……まるで古代遺跡の地下迷宮の様です)
「ここは帝都がこの地に出来る前から存在した地下構造物らしい」
バフェッジさんが案内して下さいます。
(皇宮の地下にも転移装置がありますので、帝都はこの様な古代遺跡の上に建設されたのでしょうか?)
「図書館の地下室は気密性が高く、蔵書の保管にはうってつけでな。我がグルマイレン家は代々ここの管理を任されていた。まあそれはいいとして……」
バフェッジさんは咳払いをしました。
「オークションの出展物は昇降装置で搬入し、この地下室に保管する。君達にはここでその品々の鑑定と目録作りをしてもらいたい」
「ここで……ですか?」
地下室は照明石の灯りで昼間の様に明るいですし、室温も適度に保たれていますが、それ以外何も置かれていません。
「全てはこれからだ。必要な備品……そうだな、例えば机や棚なども必要だろう。それらを申請してくれれば手配しよう」
「承知致しました、何処まで出来るか分かりませんが、任された以上微力を尽くします」
――これからとても忙しくなりそうです。
 




