第一三八話「レティの里帰り」
――わたくしは数年振りに生家であるラルケイギア家に居ます。名目上は鑑定士として呼ばれたのですが……。
帝都で暮らすようになって一年以上経ちましたが一度も訪れていませんでしたので、かつてプリューベネト侯爵の審問会の時以来……数年振りです。
わたくしが呼ばれているのはお母様にですが、まず屋敷の主であるお父様にご挨拶をとお部屋へ伺いました。数年振りにお会いするお父様はお痩せになられ、髪にも白いものが混じっていました。きっとわたくしの事で色々ご苦労されたのでしょう。
「お久しぶりです、ラルケイギア子爵様。本日はお招き頂き有難う存じます……」
「あ、ああ。ゆっくりしていきなさい……ロズヘッジ、殿」
お父様は窓の外を見つめる様に後ろを向きます。
「あの……その節は、わたくしのせいで色々とご迷惑とご苦労をお掛けしました」
わたくしは両手を胸の前で組合せ膝をついて頭を下げる、帝国貴族の最敬礼をします。すると、お父様は振り返ってわたくしの前で膝をつき手を握りました。
「おと……子爵様?」
「ネレスティ、済まなかった! この弱い父を恨んでいるだろうに……」
「いえ、そんな……」
「全ては家を守る為とはいえ、お前を切り捨てようとしたこの私を恨むのは構わない、お前には当然の権利だ……」
お父様はわたくしから手を離して床に座り込み、項垂れています。
「近い将来、家督をノアケインに譲る。私は裏方となり支えてゆくつもりだ……ノアケインが独り立ちした暁には身を引いて隠居する――」
弟ノアケインも今年で一七歳です。若くはありますが、家督を継ぐには十分です。
「こんな事を言える立場に無いのは重々承知しているが、このラルケイギア家は恨まないで欲しい……全ては私個人の過ちだ」
お父様は床に座り込んだまま、涙を流しておられました。
「お父様、お顔を上げて下さい、全ては過ぎた事です」
わたくしはお父様に歩み寄り手を取ります。
「わたくしこそ、死亡した事にして貴族を辞めてしまった事、申し訳ございません……」
わたくしの謝罪にお父様は顔を上げます。
「お母様が仰いました。どんな立場になろうとも母娘だと。ですから、わたくしもお父様とは父娘であると……そう思っています。お許し頂けますか?」
わたくしの言葉にお父様は床に顔を伏せ、嗚咽を漏らしておられました。わたくしがどうすればいいか困って居た所、扉がノックされてお母様が入ってこられます。
「あらあら。心配で見に来たら、ネレスティは……大丈夫そうですね」
お母様は困ったような笑顔でお父様の傍に屈みます。
「マーグイン、ちゃんと謝れましたか?」
お母様はお父様の名を呼びながら肩を支えて立ち上がり、椅子に座るように誘導しました。
「うう……ハスティアナ」
お母様はわたくしにチラリと目線を送ります。恐らく謝罪されたかという確認でしょうから、頷きました。お母様は安堵の表情で小さな溜息をつき、お父様から離れます。
「ネレスティ……あ、今はレティでしたね、お父様は一人にして差し上げましょう」
――そして、わたくしはお母様の案内で応接室に向かいます。応接室の扉をメイドが開けると、部屋には二人の姉が座っていました。
「あらあら、レティ!」
真っ先にわたくしと目が合い、抱きついて来たのは四歳上――二番目の姉のニムルディ姉様でした。美しく整えた長く淡い亜麻色の髪、お祖母様譲りと言われる翡翠色の瞳は四姉妹の中で最も整った顔立ちの姉です。一八歳の時に侯爵家の若君に見初められて嫁いで行かれました。
「レティ、ちょっとがっしりしました?」
二ム姉様はわたくしの身体を探る様に触れます。
「は、はい。冒険者なども営んでおりますので……」
「あらあら! 小さくて柔らかかったレティが……ちょっと寂しいですわ」
子供の頃、ニムルディ姉様は何も無いのによく抱き着いてこられました。ぬいぐるみ扱いされていると思っていましたけれど……。
「レティ、元気そうで良かった……心配していましたよ?」
二歳上、三番目の姉のヌーシェリア姉様はわたくしと同じく小柄ですが、ニムルディ姉様とは違った方向で整ったお顔立ちであまり表情を表に出さない事から「人形令嬢」と称されていました。一七歳の時にとある舞踏会で若き伯爵に見初められて嫁いで行かれました。
「レティ、こっちへ」
ヌーシェリア姉様が手招きするので傍によりますと、頭を優しくポンポンと撫でます。
「レティの方が背が伸びてしまいました。わたくしが一番背が低い事に……」
「えっと……あの、」
知らない方には無表情に見えるかもしれませんが、わたくしにはリア姉様は少し寂しそうな表情に見えます。
「リアは小柄なのが可愛いからいいの~」
ニムルディ姉様がわたくしとリア姉様を一緒に抱き締めます。
「えっと、ナーラ姉様とノアケインは……」
長姉のナーラネイア姉様と弟のノアケインが見当たりません。
「ナーラネイアは二人目を身籠ったそうで……ノアケインは昨年から帝国騎士学校の寄宿舎に入っています」
お母様が教えて下さいました。ナーラ姉様が嫁がれたのは辺境伯領です。ましてやご懐妊中とあっては中々帝都までは里帰り出来ないでしょう。
「ノアケイン、騎士学校に入ったのですか?」
泣き虫で引き籠もり気味のわたくしにもくっついて回っていた気弱な弟が騎士学校に……驚きです。
「ノアケインはあなたの一件で思う所があったようです。私が療養から戻ると、騎士学校に入りたいと言っていました……」
自分の行動が人に影響を与えている、それが良い方向ならば安心するような、恥ずかしいような、複雑な気持ちです。
「お母様もレティも、お茶もお菓子も冷めてしまいますわ~」
ニム姉様はもうすでにお茶とお菓子を召し上がっていました。




