第一三六話「ハンカチーフ」
数日後、わたくし達は帝都へと帰還しました。ルーテシアさん達と別れ、わたくしは着替える為に自宅へと帰ります。
「ただいま戻りました……」
玄関の扉を開いて声を掛けると、メイドのベルエイルの驚く様な声が聞こえ、彼女が慌てて出てきました。
「れ、レ、レティ様!? ごごご無事だったのですね!!」
「え、ええ……無事ですけれども?」
ベルエイルは涙を浮かべながらわたくしの身体に確かめる様にあちこち触れます。
「良かった、本当に……うぅ」
ベルエイルは頬を流れる涙を袖で拭いながら嗚咽を漏らしていました。
「ベル? わたくし冒険者でもありますから、旅の行程が長くなる事もありますよ?」
ベルと生活を始めてからもちょっとした探索で数日家を開ける事はありましたが、こんなに泣くほどの心配する様子は無かったのですが……。
「べ、ベル?」
「すみませんレティ様、実は……」
三日ほど前にバフェッジさんのお遣いが内密に来られて、わたくしの安否が不明で何か事故に巻き込まれた可能性がある故にわたくしが戻ったら至急お知らせするようにと言う事でした。
(ひょっとして、転移実験は失敗だったのでしょうか?)
「レティ様、取り敢えず湯浴みを致しましょう、そしてお着替えを。その、結構お身体が……」
取り急ぎバフェッジさんに無事な事を報告せねばなりませんが、結構汚れていますのでこのまま行くわけにも行きません。
(臭うのでしょうか? 自分ではもうよく分かりませんけれども……)
「湯あみや着替えは自分でしますので、ベルは図書館のバフェッジ様にお知らせして下さい」
「は、はい!」
湯浴みや着替えを終え図書館に行く支度をしていると、ベルが戻って来たのですが……バフェッジさんもお付の方と共に来られたので驚きました。
慌ててバフェッジさんを応接室にお通します。
「わざわざ御足労申し訳ございません……」
「いやいや、無事と聞いて安心した。あんな物が転移装置に届いたので、何かあったのではと皇帝陛下も宰相閣下も慌てて居られたのだ……」
「……あんな物? ええっと、向こう側の転移装置の問題が解消されたので皇宮地下の装置に転移出来るか、実験としてわたくしの使い古したハンカチーフを送ってみたのですが……」
わたくしの言葉にバフェッジさんは目を丸くして少し沈黙された後、大笑いされました。その様子に驚いてわたくしも目を丸くします。
「そういう事か……なるほど、フフフ……いや、失礼。これかな?」
バフェッジさんはわたくしが実験で転移させたハンカチーフをテーブルに置きました。
「無事届いたのですね?!」
わたくしはハンカチーフを観察します。転移させる前と特に変わった所は見当たりません。破れ方も染みもそのままです。そして、バフェッジさんは事の経緯を説明して下さいました。
――わたくしが転移させたハンカチーフは皇宮地下の転移装置に無事転移し、警備の白狼騎士が発見して宰相閣下に渡されたそうです。
「破れたハンカチーフというのを見ると、人というのはどうも色々な意味を見出そうとしてしまうのだよ」
ハンカチーフは帝国では貴族の間では手や汗を拭うものとして広まっています。貴族女性は刺繍などを施し、装飾品の意味もありました。名前の入ったハンカチーフはその女性の形見として、持ち主の象徴という意味合いを持つ事もよくあると聞きます。
つまり、わたくしの名前が刺繍された破れたハンカチーフだけが転移されて来た事は、転移の事故か何かでハンカチーフだけが辿り着いた――わたくしの身に何かがあったのではという憶測を呼んでしまったということでした。
「紛らわしい事をして申し訳ありません!」
わたくしはバフェッジさんに平身低頭頭を下げました。
「いやいや、我々が勝手に勘違いしていただけだよ。陛下にもお伝えしておいた、今は旅の疲れを癒やして貰いたい」
「有難う存じます……」
わたくしが御礼を言うと、バフェッジさんはお帰りになりました。
その後わたくしは軽めの食事を摂ってから少し横になったのですが……翌日昼前にベルに起こされるまで泥の様に眠ってしまいました。
わたくしは朝食兼昼食を摂り、転移装置に関する覚書を整理していると、皇宮より使者が来られました。それによると「体調が大事無ければ明日離宮へ参上せよ」との事でしたので、明日朝に参りますとお伝え願いました。




