第一三五話「戦い終えて……」
――甲冑亜竜に一〇以上の鬼火が命中するとそれぞれが続けて炸裂し、閃光と破裂音が部屋中に反響しました。
「……つっ!?」
激しい音と光にわたくしは一瞬目と耳を塞ぎます。数秒後視界が戻ると、甲冑亜竜は悲鳴の様な咆哮を上げながら床をのたうっていました。
そして、甲冑亜竜の向こう側から接近する人影に気付きます。
「ゲイルさん!?」
ゲイルさんは服が破れ、上半身裸に近い姿になっていました。勢いよく走り込みながら戦斧を振り上げて甲冑亜竜の頭部に振り下ろします。
甲冑亜竜は一際大きな悲鳴と咆哮を上げますが、ゲイルさんは構わず何度も戦斧を甲冑亜竜の頭部に振り下ろしました。
ゲイルさんに何度も頭を斧で攻撃され、やがて亜竜は力を失い声も発し無くなりました。完全に絶命したようです。ゲイルさんは甲冑亜竜の死体の上で息を荒げながら血塗れで立っていました。
「畜生め……なかなかやるじゃねえかよこのトカゲは。久々に殺られたぜ」
「血が……だ、大丈夫なのですか?!」
わたくしはゲイルさんに駆け寄ります。
「ああ。こりゃ、こいつの返り血だから大丈夫だ」
ヲチャさんが精霊魔術"水呼び"を唱えてゲイルさんが浴びた返り血を洗い流していました。ゲイルさんの鍛え抜かれた身体には古傷のような跡が沢山ありますけど、さっき負ったような怪我などは見られません。
「で、でもゲイルさん……確かに甲冑亜竜の尾で吹き飛ばされて……」
わたくしの見間違いでなければ――骨や肉が潰れる音がして、更に壁に激しく激突していました。
「あぁ……。まあ、そういう怪我を治す魔道具を持ってるんだよ」
ゲイルさんは苦笑いしながらそう言います。
「え……致命傷を一瞬で完治させる……そのような凄い魔道具が?! 初耳です、是非見せて頂けませんか?!」
わたくしは初めて聞く凄い能力を持つ魔道具への驚きと好奇心で久々に興奮が抑えられなくなりました。
「ゲイル、彼女は魔道具の専門家だ。その言い訳は悪手かもしれないな」
甲冑亜竜の死体を調べていたルーテシアさんが近付いてきて言いました。
「むう……しゃあねえな。まあ、あまり人に言う事じゃないんでな、詳しい話は勘弁してくれ」
――ゲイルさんはご自身の事を掻い摘んでお話しして下さいました。ゲイルさんは昔、呪いの様なものを受けてしまったので特殊な条件が無いと死なない身体、だということでした。
「驚きといいいますか、失礼ながら突拍子の無いお話で実感できませんけど……因みに、どのくらい前から生きて来られたのですか?」
「もう細かい事は覚えちゃいねえよ。この大陸の戦乱を治めたこの国が、帝国を名乗り始めた頃だったか?」
ゲイルさんはわたくしと話をしながら旅人の鞄から服を取り出して着ています。
「帝国創立……六〇〇年以上前ですか!?」
わたくしはそのお話に驚きと好奇心でいっぱいになりました。本当であればもっとお話を聞きたいですが、事情もお有りでしょうから無遠慮にお聞き出来る様な親しい関係でもありません。
「ま、縁がありゃあ話す事も有るかもな」
ゲイルさんは話しながらも服を着て、慣れた手つきで胸当てを装着していました。
「レティ、ちょっといいか?」
ゲイルさんとお話している所にルーテシアさんが台座の所で手招きをして呼んでいました。
「は、はい。どうしました?」
わたくしはルーテシアさんの元に行きます。
「まだ装置を動かすと魔獣が出てくるか?」
そう問われ、わたくしが金属板を見ると転移の何かを示す数値は0のままでした。
「恐らくは大丈夫と思いますが……」
「起動させてみてくれ。何か出てくればまたその時に対応する」
わたくしがヲチャさんに視線を送るとゆっくり頷きました。ゲイルさんは戦斧を構えます。
「おう、いいぜ。これ以上なんか来やがったら、いい加減追加の手間賃の交渉をして欲しいがな!」
そう言って野太い声で大笑いしていました。皆さんの言葉にわたくしは覚悟を決めて転移装置を再び起動させます。
部屋の中心に並ぶ石柱と床の紋様が青白く光り、低い笛の音の様な「ふおおお」という音が微かに鳴り響き始めます。今まで幾度となく転移装置を起動させましたので分かりますが、これは正常な状態です。
そしてしばらく待っていましたが、何も起こりませんでした。わたくしは再び装置を停止させます。
「どうやら魔獣の転移は解消された様です」
わたくしがそう告げると、皆さんの緊張が解かれたのを感じました。
「転移装置も無限に魔獣が出て来る訳では無いようだな」
ルーテシアさんは石柱や床の紋様を確かめる様に触れていました。
「そうですね。やはり人の創った仕掛けですから、何らかの不具合やトラブルが有るようです」
「しかも創った連中はもう居ないという……迷惑千万だな」
ヲチャさんは金属板を覗き込んで腕組みしています。
――その後、ヲチャさんと古代語を読み解きながら装置の仕組みを調べて行き、理屈の上ではこの転移装置と帝都皇宮地下の転移装置を行き来が可能な操作方法が判明しました。
「本当にこれで転移出来んのか? 俺ぁ転移トラップにゃ何度か引っ掛かった事あるから正直怖えぇな」
ゲイルさんは石柱を確かめる様に拳で軽く叩きながら苦笑いしています。
「転移トラップと呼ばれるもの大部分が、元は古代魔法帝国が設置した移動する為の仕掛けだったのでは、とわたくしは考えています」
「なるほど、魔法帝国の魔術師共は便利に使っていたが、そんなものは知らない我々には未知の気味の悪い仕掛けでしか無いという事だな」
ルーテシアさんも金属板を覗き込んでいます。
「ま、俺の知る限り人ってやつの根本は変わっちゃ居ねえからな、いつの時代も」
ゲイルさんは肩を竦めてため息交じりに言います。
「これ、実際に転移させてみないと何とも言えませんよね?」
わたくしは素朴な感想を言ったつもりですが、みなさん顔を見合わせで笑いました。
「フフ、確かにその通りだ。では使ってみるか?」
ルーテシアさんの言葉にわたくしは納得します。
「え……あ、そうですね、その通りです。では操作方法をお伝えしますのでお願いしても宜しいでしょうか?」
わたくしは台座の金属板の前で説明しようと操作して、転移操作の項目の光る文字を表示させます。
「……君は面白いな、冗談だったのだが?」
「へ? えっと……そうなんですか?」
わたくし誰かが試すのは当たり前で、それを他人にお願いは出来ないので自分がやる気満々だったのですが……どうやらそういう事では無かったようです。
「取り敢えず人で試す前に、何か物で試すが吉という事だな」
ヲチャさんは冷静に言いました。ゲイルさんは「くっくっく……」と含み笑いしています。言われてみれば、確かにいきなり自分で試すよりも何か物で試さないと、取り返しのつかない事が起きるかもしれません。
わたくしは試しに自分の名が刺繍されたハンカチーフを皇宮地下の転移装置に送ることにしました。
(古くて破れてしまったものですが、これなら皇宮側でもわたくしの仕業と分かるでしょう。万が一失っても問題無いですし……)




