第一三一話「転移装置を止めたけれど」
――駆け出したルーテシアさんは尋常では無い素早さです。わたくしも追従するために魔道具、風の靴の効果を発動させました。
『……駆けよ、風の如く』
身体が綿の様に軽くなり、自ら走る以上の加速を感じます。
「え……あれは?!」
ルーテシアさんの身体がまるで幻の如く獅子蟻達をすり抜けるように通過しています。わたくしが戸惑って立ち止まった所に獅子蟻が唸り声を上げて飛び掛かってきました。
「っ?!」
「ぶぅん」と低い風切り音を鳴らしながらヲチャさんの大棍棒が飛んで来て、獅子蟻の顔面に命中しました。
「ゆけ!」
獅子蟻は悲鳴を上げて転倒します。わたくしはヲチャさんにお礼を言い、駆け抜けました。通路の先を進み、角を曲がると部屋の入口の様になっていて中は青白い光で照らされています。
「やはり、転移装置です!」
半球形の部屋は、中央の床に紋様が描かれてそれを囲む石柱が並ぶという、今までの転移装置と同じ造りをしています。ただ、直径は今までのものより倍以上は広そうです。
「これは、稼働しているということだな?」
床の紋様と石柱は青白く光を放ち、低い風鳴りのような音を放っています。今までの経験上、ルーテシアさんの言う通り装置は稼働状態と思います。
「台座を操作してみます……」
わたくしとルーテシアさんは部屋に入り、石柱と並んだ台座を調べます。台座に固定してある金属板を見ると、光る古代文字が明滅していました。
「動く、途中……稼働中ですね。警告、何々……の為、緊……急、処置、途中?」
「どういうことだ?」
「分かりません、肝心と思われる部分は恐らく専門用語か何かなのでわたくしにも……」
(ともかく、装置を停止させなければ……)
『転移装置を止めて下さい』
わたくしは辺境語で語りかけます。すると、金属板に別の文字が浮かび上がりました。
「緊、急……処する、途中……」
「どうなっている?」
ルーテシアさんは周囲を警戒しつつ、わたくしに話し掛けます。
「この装置は何かの事故に対処している途中なのかもしれません。それでも止めるかどうかと聞いてきます」
すると、転移装置の音が大きく響き、床の紋様と石柱が強く輝き青白い光の粒子が紋様の中央で渦を巻き始めました。
「また何か来るか?」
ルーテシアさんは自在棍を構えます。
(早く装置を止めなくては!)
わたくしはとにかく装置を止めるように指示をしました。すると、金属板には「停止」という文字が表示されて明滅しています。
「装置、止まります!」
わたくしは声を張り上げてルーテシアさんに伝えましたが、転移装置の中央の光の渦の中から大きな影が現れます。
「間に合わなかった様だな……何が来る?」
光の渦が徐々に治まり、魔獣がその姿を現しました。雄獅子の身体とたてがみを有し、尾はサソリに似ていて毒針があり、そして頭は皺枯れた老人か西方大陸の狒々の様です。
「あれは……まさか、マンティコア?!」
マンティコアは魔獣図鑑や魔獣事典などにキマイラやグリフォン等と同様に記載されている、古代魔法帝国が生み出した魔獣です。
「マンティコアか。私も文献では知っているが、実際に見るのは初めてだな」
ルーテシアさんはマンティコアを見据えながら距離を測っている様に周囲を回るように動きます。
「折角、装置を止められたのですが、最後にとんでもないものが転移してきましたね……」
私の額から冷たい汗が流れます。
「レティ・ロズヘッジ、やれるな?」
「……はい!」
自在棍をぶんと一振りして、ルーテシアさんはマンティコアへと向かいます。わたくしも首領の剣をかざしました。
「牢よ開きて出よ……大身槍ギルタ、棘付盾ラハブ!」
わたくしの前に直径一メートル程の光る紋様が二つ浮かび上がりました。紋様からは大身槍、棘付盾がそれぞれ出現しました。
(盾と槍……さながら騎士のようですね)
確かに限られた空間で戦うにはこれが良いと思います。一方、マンティコアは直ぐには動かずその場で何か口を動かして囁いている様に見えます。
「まさか魔法を!?」
確か、魔獣の図鑑によればマンティコアはキマイラの山羊頭同様に魔法を唱えることが出来ると書かれていました。以前キマイラと対峙した時はシオリさんの防御魔法、魔法の盾で防いで頂けましたが、わたくしではそのような防御呪文など唱えることはできません。
「来るぞ、光の矢だ!」
ルーテシアさんが警告するように声を張りました。すると、マンティコアの目の前に五つの光の球が浮かび上がり、それは光の矢となって放たれました――。




