第一三〇話「湧き出る魔獣」
――廻廊の壁や天井が崩落した箇所から地下水が湧き出して所々に水溜りがあります。水没していないので、恐らく何処かに流れていってるのでしょうか。
わたくし達は廻廊を奥へと進んで行きます。左右の壁には規則的に部屋の入口のようなものがありますが、その殆どは瓦礫の崩落で埋まっていたり、たまにネズミやコウモリが居るくらいの特に何も無い空き部屋といった所です。
そういった様子で怪物等には遭遇しなかったのですが、どれくらい進んだ頃でしょうか? 廻廊が大きく直角に曲がっている場所に差し掛かった時、ヤイ・ヲチャさんが「待て」と言葉を発します。
「何か居るのか?」
ゲイルさんはそう言いながら腰の片手半剣を抜きます。ヲチャさんは両手を組み合わせて前方へ向けます。
「鬼火が角の向こうから魔物が来ると言っている」
耳を傾けて音を聞いていると、確かに何かが近付いてくる音が聞こえます。ヲチャさんは鬼火を廻廊角に差し向けました。すると、角の向こうから鬼火に照らされた獅子蟻が見えました。それも一匹二匹ではありません。何匹もいます。
「これは……いけませんね」
わたくしは腰に差した首領の剣を抜きます。
「おいおい獅子蟻か、久し振りに見たぜ。なかなか珍しいじゃねえか?」
ゲイルさんは口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべ片手半剣を構えながらゆっくりと一番前に出ます。
「嬢ちゃん、獅子蟻を一人で三体倒したと言ったか。んじゃ俺達三人で大丈夫だな?」
ゲイルさんは首を回して関節を鳴らしています。
「はい、大丈夫です」
道中に獅子蟻と戦った事はお話ししましたので、当然わたくしも戦力としているでしょう。
(しかし、緊張しますね……)
『……牢よ開け。出よ、屠殺包丁テジン……』
「待て、レティ」
わたくしが魔剣を召喚しようとした所をルーテシアさんが止めました。
「えっと……どうしました?」
わたくしを止めたルーテシアさんは獅子蟻の群れを見つめています。その間にゲイルさんとヲチャさんが獅子蟻をそれぞれの武器で一体ずつ倒して行きました。
倒した獅子蟻はどす黒い粘液状に溶けてから黒い霧となって消えます。しかし、ルーテシアさんが見つめるのは通路の奥で、そこからは獅子蟻が何匹もぞろぞろとこちらに向かって来ていました。
「おいおい……冗談じゃねえぞ、キリがねえな」
ゲイルさんは苦笑いしながら片手半剣を構え直して前に出ます。
「ルーテシア、これはやはり例のアレがあるということだろうな……」
ヲチャさんの問いかけにルーテシアさんは向かってくる獅子蟻を見据えたまま「恐らくな」と答えます。
「どういう事でしょう?」
「私たちが出会った時の事を覚えているか? アレと同じものがこの奥にある可能性が高い」
ルーテシアさんは振り返らず冷静な口調で言いました。
「……ひょっとして、魔獣を転送してくる転移装置ですか?!」
もしあの時と同じものがあるのであれば、装置を停止させない限り延々と獅子蟻が現れる事になります。獅子蟻以外の魔獣が現れる可能性も否定できません。
「ここは俺とゲイルでどうにかする、レティはルーテシアと共に先に進んで装置を何とかして欲しい」
ヲチャさんはそう言うと両手の指を複雑に組む印を結び精霊魔法を唱え始めました。
『……岩精召喚』
すると、崩落している大小様々な瓦礫がヲチャさんの目の前に四方八方から集まって来て積み上がり、太さは人の胴ほど、長さは四、五メートルくらいの大蛇の様にになりました。
「――行くぞ」
ヲチャさんも地面に置いていた棍棒を拾って前に出ます。すると蛇型の岩――岩精霊はヲチャさんに追随するように身体をくねらせて動き始めました。
(ディロンさんも火精霊を召喚した事がありましたけど、こんなに大きなものではありませんでした……)
「レティ、君は早く走れる魔道具を持っているな? 獅子蟻を無視して向こうへ抜けるぞ」
「は、はい」
ルーテシアさんは自在棍を短い筒状に戻して腰に挿してから前傾姿勢を取り、何かを微音で呟いています。
「ルーテシアさん?」
わたくしが声を掛けると同時にルーテシアさんは走り始めました。わたくしも続くように駆けだします。




