第一二九話「崖下の遺跡」
――翌日、わたくし達は街を出発して山地に向かいます。地元の方によれば古代遺跡があるそうなので、わたくしの探している転移装置の場所のヒントがあるのでは無いかと考えて、そこに向かいました。
朝に出発し、特に迷う事も無く昼前には遺跡に辿り着きました。
街道から少し山手に入った森の向こう、切り立った大きな崖の下に壁面に張り付く様に遺跡があり、その外観は帝国各地にある古代魔法帝国の遺跡だと思われます。
周囲を更に調べると、石造建築物の残骸と共に加工された大きな平たい石がタイルの様に規則的に地面へ置かれています。恐らくここには建物があったのでしょうか、その規模からかなり巨大な建物があったようです。
壁面の遺跡を眺めていると、今まで訪れた古代遺跡の大きな門とか遺跡の入り口に似ているという印象を受けました。
遺跡から剥がれ落ちた物が地面に散乱しています。その破片には古代文字らしきものが記されていますが、バラバラになっているので何が書かれているのか読めません。
わたくしは子供の頃お父様に頂いた絵合わせ遊び……パズルを思い出し、近くにある破片を組み合わせてみようと試みます。
「お、重い……」
わたくしが持てる大きさの破片はいいのですが、明らかに大きなものは諦めるしかありません。
すると、ゲイルさんとヲチャさんが大きな石を持ち上げて下さいました。
「あ、ありがとうございます……」
「嬢ちゃん、こういうのは指示してくれれば手伝うぜ?」
ゲイルさんは苦笑いしています。
「皆さんは護衛として来て頂いているので悪いかなと……」
「これも探索の一環であれば、当然我らの仕事でもある。遠慮なく言って欲しい」
ヲチャさんは優しく微笑みます。人に頼むのは色々と簡単では無いので自分で済ましてしまいがちです。任された仕事が大きくなって来ましたので、自分だけで出来る事は少ないですから、人に頼る事も大事ですよね。
「では、お願いします」
ルーテシアさんも加わってくださり、文字らしきものをが記されている破片を大小、片端から集めて並べてゆき、ある程度集まると文字としての形が判明しました。
「求める、試す、場所、……でしょうか?」
「何かの研究をしている場所……学校か、研究をする施設が何かか?」
わたくしの呟きにヲチャさんが意見を述べてくれました。
「なるほど、ということは何処かに入口の様なものがあるという事でしょうか、埋もれて無ければ良いのですけど……」
更に探索をしていくと、大きな瓦礫の下に中に入れそうな入口を発見しました。ですが、その瓦礫が大き過ぎて、明らかに人の手では持ち上がら無さそうです。
「一度街に戻って人を雇うなどしないといけないでしょうか……」
わたくしが思案していると、ヲチャさんは大きな瓦礫の前に立ち、深呼吸しています。両手を胸の前で重ね合わせています。
『……剛力』
ヲチャさんが精霊魔法を唱えると、身体から陽炎の様なものが沸き上がるのが見えました。そして瓦礫の前に片膝をつくと瓦礫を両腕で抱き抱えるように掴みます。
ヲチャさんは「ぬぅぅぅ……」と唸り声を上げて全身の筋肉が盛り上げながら瓦礫を押します。
「だ、大丈夫……でしょうか?」
「あれは精霊魔術の剛力だ。ヤイ・ヲチャなら少し動かす程度ならいけるだろう」
ルーテシアさんが説明してくれます。そうしているうちに瓦礫が傾き、別の方向へ倒れて割れてしまいました。瓦礫の下からは高さ五メートル、幅はも五メートル程の大きな石造りの入口の様なものが現れますが、両開きの扉で閉じられています。
わたくしが扉周辺を調べると、壁に埋め込まれた三〇センチ四方程の金属板を見つけました。そのすぐ下には浮き彫りの古代文字もあります。
「これは、恐らく扉を開閉する仕掛けですね。以前にもありました」
「また数字の組み合わせのやつかい?」
ルーテシアさんが金属板を覗き込みます。浮き彫りされた文字は「開く」「閉じる」という単純なものです。
「いえ、多分こうすれば……」
わたくしが開くという文字の浮き彫りに触れると、重い両開き扉が内側に向かって「ゴゴゴ」と音を立てて開き始めます。上から砂埃や小石が落ちてきて危険かもしれないので少し後退して様子を伺うと、人ひとりが通れる程度開いた辺りで停止しました。
暫く様子を見ましたが、動きそうに無いのでゲイルさんが警戒しながら中に入って行かれました。
暫くして「大丈夫そうだ」というゲイルさんの声が聞こえたのでわたくし達も中に入ります。中は暗いのでわたくしは魔道具の照明石のランタンに生活魔法の灯かりを唱えて明かりを灯しました。
ヲチャさんも精霊魔術で鬼火を召喚して周囲を照らしてくれます。今まで見たディロンさんやウゥマさんの召喚する鬼火はひとつずつでしたが、ヲチャさんは同時に三つも召喚しフワフワと浮かべていました。
「三つも? 凄いですね……」
「ヤイ・ヲチャに並ぶ精霊術師は帝国でも多くは無いだろう」
わたくしの独り言にルーテシアさんが答えます。確かに、ディロンさんやウゥマさんも使った事のない精霊魔術を幾つも唱えています。
(これが話に聞く上級冒険者という方々でしょうか)
生まれつきの特異体質や秘術を使ったり、果ては呪いや祝福を受けた超常なる力を持つ方々が冒険者を営まれていて、人の手に余る様な依頼に従事していると聞いた事があります。
特に制度や定義がある訳では無いようですが、そういう一握りの冒険者はそう呼ばれているようです。
ルーテシアさんは破術という秘術を使います。ヲチャさんは並ぶ者の少ない高位の精霊術師、ではゲイルさんも特別な何かを持っておられるということでしょうか?
「なんだい、お嬢?」
「え、あ、いえ……なんでもありません」
わたくしは無意識にゲイルさんを見つめていた様です。
改めて周囲を見ると、先程の扉の内側には崩れた瓦礫があり、そのせいで扉は途中で止まった様でした。同様に他の場所も所々壁や天井が崩落しています。
そして入口と同じく高さ五メートル、幅五メートル程の石造りの廻廊が奥へと続いています。その先は暗闇に包まれていてここからでは分かりません。
「とにかく探索してみましょうか……」
わたくし達は廻廊を奥へと進んで行きました。




