第一二七話「バフェッジさんとの打ち合わせ」
――皇帝陛下の呼び出しから数日後、ドヴァンさんから伝書精霊でお手紙が届きました。ギルドにマーシウさん達の派遣要請をしていたお返事かと思います。
それによると……少し前からイェンキャストを含む帝国南東部で、動く樹木や動く岩石といった系統の怪物の被害が頻発して、こちら方面の冒険者は対応に追われているという事でした。
「という事は、おさんぽ日和の仲間達には協力は仰げませんね……困りました」
帝都にも冒険者ギルド組合は当然あります。けれど、わたくしこちらの冒険者の方々とはあまり面識がありません。
(とにかく、バフェッジさんに相談してみましょうか……)
バフェッジさんに面会予約を取り、二日後に中央図書館にあるバフェッジさんの書斎でお会い出来る事になりました。
帝国中央図書館。それは帝都の中心部にあります。石造りの五階建で周囲には火災から護るための公園や噴水が設置され、普段は市民の憩いの場となっています。
中央図書館を境にして平民の住む市民区と貴族区に分かれています。図書館内部も身分に関係なく利用出来る区域と貴族のみ利用可能な区域に分けられていました。
そんな大きな中央図書館の最上階の一角に館長であるバフェッジさん――グルマイレン侯爵の執務室があります。執事の方が出迎えに来られ、執務室まで案内して頂きました。
執務室に通されると、窓際の大きな机に積まれた書類の向こうにバフェッジさんが座って、サインや捺印をしておられます。
「お忙しい所すみません、レティ・ロズヘッジ、参りました」
入室しご挨拶すると、バフェッジさんは手を止めてこちらを向きました。
「やあ、レティ君こそ大変な話を振られたみたいだね。宰相閣下から伺ったよ」
バフェッジさんは眼鏡を机に置いて立ち上がり、応接テーブルに座る様に促されます。座って間もなく、メイドがお茶と焼き菓子を持ってきてくれました。
「遠慮なくどうぞ。儂もついでに休憩させて貰うよ。甘いものが好きでね、茶を飲む時は焼き菓子を食べるのだよ」
ひと口頂きますと、上品な甘さで香ばしくとても美味しいです。
「これは、美味しいですね! お世辞ではありません。本当に美味しくて――その、どちらで?」
「ふふ、これはうちのメイド長の手製でね、秘伝の製法らしい。どうしても教えてくれんのだ」
バフェッジさんは焼き菓子を頬張りながら楽しそうに話しておられます。
「それで、今日の相談は何だね?」
「はい、実は……」
わたくしはイェンキャストの冒険者たちが動けない状態である事と、こちらの冒険者に知り合いが居ないことをお伝えしました。
「恐らく未発見の古代遺跡、地下迷宮です。信頼のおける練度の高い冒険者の方々がいらっしゃれば……」
そのような都合のいい事は難しいと思いつつ、取り敢えずの理想を述べました。
「実は儂も若い頃は身分を隠して冒険者をしていた事もあるのだよ。だから帝都の冒険者ギルド組合の相談役しているんだが……心当たりが何人か居るので当たってみよう」
「宜しくお願い致します」
わたくしは深々とお辞儀をする。
「ちなみに、その未発見の遺跡というのはどの辺りなのかな?」
皇宮地下の転移装置が示した光点で帝都から最も近い場所……それは帝都から徒歩二日程北に行った所にある山脈の中でした。この山脈は帝都北側を東西に走っていて、天然の城壁の役割を担っています。つまりはとても険しい山脈なのです。幾つかある街道以外は道らしい道も無い様です。
(絶景がありそうですね、絶景探しが好きなアンさんが聞いたら喜ぶでしょうか?)
「あの山脈はかなり険しいので恐らく調査もあまりされていないが、転移装置の位置は把握しているのだろう?」
「それなのですが……示された地図と光点が、装置そのものの位置を示すのか、装置のある建物の入り口を示すのかまでは分かりません」
「そうか、まさに行ってみないと分からん、という事だな。レティ君も同行するのかね?」
わたくしは行くことが前提だったので、一瞬何を聞かれているのか分かりませんでした。
「え? はい、そのつもりでしたが……何か問題ありましたか?」
「いや、立場上君にもしもの事があるとな。それに公費が支出される、冒険者に任せるという手もあるが?」
(冒険者に依頼する――ああ、わたくしは自分で出向くことが大前提なのですけど、バフェッジさんの基本認識はそうでは無いということでしょうか?)
確かに皇帝陛下から公認魔道具鑑定士の立場も頂きましたし、古代魔法帝国の危険な遺物を調査回収するという事も任されていますので、わたくし一人の問題では無くなっていますが……。
「古代魔法帝国の仕掛けや謎はまだまだ不明な事ばかりです、人任せにするほどわたくしも理解できてはいません。今まで得たものも自らの経験があってこそなのです」
「なるほど、相分かった……事あるごとに、あの時の冤罪で君という逸材を失わずに済んで良かったと思うよ」
バフェッジさんは口髭を撫でながら頷かれました。
(もしわたくしが居なくても、いつか誰かが同じ事を成していると思います。でも、こういう事を言うとまたガヒネアさんに自信を持てと叱られそうですけど……)
 




