第一二六話「陛下からの呼び出し」
――わたくしは皇宮に上がる準備をしながら、メイドのベルエイルが用意してくれたパンに塩漬け肉とチーズを挟んだものを食べます。
「レティ様、お行儀が……それに喉に詰めてしまいますよ?」
「ふみまへん、ひかんがらいのれふ(すみません、時間が無いのです)」
冒険者生活でこういう無作法に抵抗感が無くなっています。そんなわたくしを窘めつつ果実水を差し出してくれるベルに感謝をしながら詰まりそうな喉を潤します。
――午後も二時の鐘が鳴る頃、わたくしは皇宮の離宮に上がりました。離宮にわたくしが呼ばれるという事は即ち皇帝陛下がわたくしをお呼びであると言う事です。この一年間何度かこういう事がありましたが、元々下級貴族出身であるわたくしは何度経験しても緊張します。
護衛の白狼騎士が謁見室の扉を開け、わたくしが入室すると既に陛下と宰相閣下がお越しでした。
「お待たせして申し訳ごさいません、皇帝陛下並びに宰相閣下……」
陛下はわたくしの貴族礼を「よい」とお止めになります。宰相閣下はそれを微笑んで見ておられました。
「陛下が待ちきれず、早くお越しになられただけの事、そなたは定刻通り故気にせぬ様に。左様にございましょう、陛下?」
にやりと笑みを浮かべる宰相レミュネント公爵。公爵位が示す様にこの方は皇家の血筋で陛下の御親戚にあたります。お二人は幼き頃より共に育たれた経緯から、この様な非公式の場ではお互いに皮肉めいた事を言ってふざけ合っておられるのです。
雑談がややあって、わたくしは昨日の件を改めてお話しします。帝国各地にまだ発見されていない稼働中の転移装置が存在すること、それらは恐らく遺跡や迷宮の奥地にある事、見知らぬ転移装置同士を繋げた場合、向こう側から魔獣の様な危険なものが転移されてくる可能性がある事等をお伝えしました。
今回の獅子蟻だけではなく、以前辺境の地下迷宮でインプやミノタウロス、キマイラを転移させていた転移装置の事や、秘薬の材料を探しに訪れた山でグリフォンを転移させていたと思われる転移装置の事を例に挙げて説明しました。
「それは凄い……どれも古代から伝えられる魔獣たちではないか」
陛下は何処か嬉しそうに目を輝かせています。
「陛下、その様な呑気な事では無いと思いますが……公認鑑定士殿、もしキマイラやグリフォンが不意に転移装置から出現した場合、今回の獅子蟻の様に貴公一人で対応は可能か?」
「……正直に申しますと、獅子蟻と比べキマイラやグリフォンは手練れの冒険者数名が連携し、全力で対処せねばならない狂暴な存在です、わたくし一人では到底無理かと」
特に、辺境の地下迷宮で遭遇した炎の息吹を吐く様なキマイラはわたくし達のパーティーだけでは手に負えませんでしたからね。
「正規兵、いや白狼騎士であればどうだ?」
「わたくしは白狼騎士の方々の戦いを拝見したことがありませんので推測になりますが、経験を積んだ冒険者が倒せるのであれば白狼騎士の様な精鋭であれば十分対応可能かと存じます」
精鋭中の精鋭と聞いていますので、恐らくは大丈夫でしょう。
「では、皇宮の転移装置の調査には我が白狼騎士を配置させよう」
「陛下、それは誠に有り難いですが、根本的に魔獣が出てくる所を封じないといけません。やはり、ゆくゆくは全ての転移装置を直接調査せねばならないかと存じます……」
魔獣が何故転移装置で送られてくるのか、それも調査しないといけません。
「しかし、それらは辺境も含む帝国全土に点在しているのであろう、貴公一人では限界があるのではないか?」
転移装置の位置を示す光点は帝国各地に散らばっていました。更に、帝都から辺境に行くだけでもひと月はかかります。そして、辺境の広さは帝国全土よりも広大と思われます。例え仲間達に協力して貰いパーティーで挑んだとしても、全てを周るのは相当難しいでしょう。
「はい。ですからわたくし以外にも、もっと古代魔法帝国語に通じている方が何名もおられればよいのですが……辺境の民の言語はそれに近いのですけれど」
「ふむ、辺境出身の冒険者に依頼するのも手かと思うが、色々と危険を孕む遺跡の秘密を冒険者達に拡めて、各地で昨年のセレセレサ遺跡の大爆発の様な事が起きてはいかんし……人選が難しいな」
冒険者同士の情報網ですぐに地下迷宮などの情報は広まって、以前にもあった天候を操る装置の魔術結晶が持ち去られて周囲の天候が嵐になる――みたいな事も各地で起きるかもしれません。
「その辺はドルヴイユ殿下にご相談されては如何でしょう? わたくしの所属する冒険者ギルドを運営されていますし、色んな冒険者ギルド組合との折衝もして下さると思います」
(咄嗟に思いついた事を言ってしまいました、差し出がましかったでしょうか?)
「なるほど、そうだな。冒険者たちの中には平均的な白狼騎士よりも高い戦闘力や技能、魔力を持つ者もいると聞く。そのような者たちと敵対するわけにもいかんし、それが良いかもしれん。我らには無い視点の意見、感服した」
宰相閣下にお褒め頂きました。
「差し当って為すべきは、獅子蟻が転送される原因となった転移装置の調査かと存じます。この皇宮にある転移装置から最も近い装置に働きかけた際に起りましたから、そこがどうなっているのか、直接確かめる必要があります」
すると、皇帝陛下が咳ばらいをされました。
「レティ殿、ではこの件は貴公に一任する。必要なものがあれば――そうだな、貴公ならグルマイレン侯爵が話し易かろう。侯爵に窓口となって貰うように頼んでおく」
(グルマイレン侯爵――バフェッジさんなら普段から中央図書館におられますし、陛下や宰相閣下よりは話しやすいのでその方が助かります……)
「仰せのままに――」
――こうしてわたくしの当面の目標が決まりました。まずは帝都近郊にあると思われる転移装置探しです。




