第一二五話「新たな魔剣?」
――ふと気が付くと、わたくしの周囲が真っ暗闇です。暗くて見えないはずが、何故か白い靄に包まれていることは分かりました。靄の向こうには焚き火の様な灯かりが見えます。
わたくしは灯かりに向かって歩きます。少し進むと靄の中から焚き火が現れました。その側には中年男性が二人で座っていました。お一人は褐色の肌で黒髪に髭を蓄えた方で、何度もお会いしている魔剣・四〇人の盗賊の首領です。その隣、恰幅のよい……というかかなり太った男性は、確か屠殺包丁のテジン=ガシンさんです。
「やや、主。今日はお疲れネ!」
テジン=ガシンさんは細い目を更に細くして微笑みます。
「いえ、ありがとうございました」
「主、また一人紹介するぜ……おい」
首領があらぬ方向に声を掛けると、靄の中から大柄な男性が現れました。左手に大きな円形の棘付盾を持っている、岩の様にガッシリした体格の男性で、硬く険しい表情をしています。
「棘付盾のラハブだ。あんまり愛想のねぇ奴だが仕事は人一倍出来る、まあ宜しくな」
「ラハブだ、宜しく頼む」
ラハブさんは、ぼそりと低い声で呟きました。表情に変化はありません。
「は、はい。今日はありがとうございました、ラハブさんのお陰で攻撃に専念できました」
ラハブさんはこくりと頷くと靄の中に消えて行きました。
「なんだ、ホントに愛想ねぇな……ま、主。あいつも十傑だからな、宜しく頼むぜ……」
首領の言葉を聞きながら、わたくしは強い眠気の様な目眩を感じて立っていられなくなりました。
「……ティさ……レティ様……」
微睡みの中にいるわたくしの名前を呼ぶ声は……幼き頃より慣れ親しんだ声です。
「……ベルエイル?」
――彼女はベルエイル。歳はわたくしより七つ上です。肩の辺りで切りそろえた薄紅色の髪、背はわたくしよりも頭ふたつほど高く年齢よりは若く見える彼女は、元々はわたくしが七歳の頃から専属のメイドとして仕えてくれていました。
わたくしが転移追放刑に処された時にラルケイギア家から暇を出されて故郷に帰っていたとの事でしたが……その後、イェンキャストの冒険者ギルドまでセシィの手紙を届けてくれて再会できました。
その後再び故郷で過ごしていた所、わたくしが帝国公認魔道具鑑定士として帝都の貴族区の端に屋敷を頂いた折に使用人として来て貰いました。
「レティ様、陽も高いのでそろそろ起させて頂きます」
そうでした、ここは帝都にある、帝国公認鑑定士としてのわたくしの屋敷です。昨日は転移装置から現れた獅子蟻と戦ったり、白狼騎士団に呼び出されたりで大変でしたから、泥のように眠っていました。
(夢でしたが……また、新しい魔剣の方がご挨拶に来てくれました。盾ですけど、四〇人の盗賊という事なので、武器に限らないという事でしょうか?)
ベルエイルが部屋のカーテンを開けます。わたくしは青空と日差しの眩しさに少し目を細めます。
「今の時間は……」
「先程一〇時の鐘が聞こえましたよ、良くお眠りでしたね」
わたくしはベッドの脇机に置いてある魔道具"陽位水晶"を手に取ります。何処に居ても太陽の位置が分かる便利な魔道具です。以前の辺境への旅でガヒネアさんから貸して頂きましたが、帝国公認魔道具鑑定士になったという報告をした時に改めて「餞別だよ」と、わたくしにお譲り下さいました。
「確かにもうお昼が近いですね……ごめんなさい、寝過ぎました」
「いえいえ。朝食を摂られますか?」
ベルエイルはわたくしと会話をしながら顔を洗う湯と手拭いを用意してくれます。鏡台に置かれた湯の入った洗面器で顔を洗い手拭いで拭き取っていると、ベルエイルは髪をブラシで梳いてくれます。
「ありがとう、ベル」
「いえいえ、これが私の仕事ですから。レティ様、だいぶ御髪が元に戻って来ましたね。改めて使用人として雇って頂いた半年前はもう髪がそれはそれは傷んでいて驚きました」
「あはは……冒険者をやっていると、そういうのは気にしていられませんでしたからね」
元々、わたくしは生まれつきウェーブのかかった癖毛なので、いつもこうしてベルが時間を掛けて梳いてくれていました。
「わたくしの癖毛は大変でしょう? いつもありがとう……」
「でも、仕上がった時の達成感はとてもありますので私はレティ様の御髪は好きです」
(それは褒め言葉なのでしょうか?)
すると、ベルがわたくしの髪に香りの良い何かを付けてから再び梳いています。
「ベル、それは?」
「これはこの前レティ様がお留守の時に、セソルシア様の御使いの方が持って来られた香油です」
「ああ、先日言ってたものですね」
「はい、お手紙も付いていましたけどお読みになられました?」
手紙に書かれていたのはセシィの近況です。身体の方は健康なようで本当に良かったです。そして贈って頂いた香油に関しても書かれていました。
セシィは古い陶器の中でも状態が良く形も美しい小瓶を集め、お知り合いの調香師が新たにブレンドした香油を詰めてお茶会で宣伝した所、瞬く間に社交界で評判になった様です。それが今、ちょっとした古陶器の流行になっていて、価値が上がっているみたいです。
(セシィは古陶器や調度品の専門でしたから、その知識が生きていますね)
「セシィは今までの人生を取り返す様な活躍です。久し振りに会ってお話ししたいですわ……」
そしてわたくしが遅い朝食を摂り終え、書斎に籠もって昨日の転移装置の件で気になった言葉を古代魔法帝国語辞典で調べていると、扉がノックされました。
「レティ様、皇宮より使者の方が来られて、午後から離宮へ上がる様にとの事です」
(昨日の件ですか……思ったより早かったですね)
「分かりました。午後一番に参上します/参ります(参内とは『内裏に参る』という意味なので、内裏から離れた離宮に上がる表現として使うには違和感が伴います。普通で良いと思います)とお伝え下さい」
――さて、準備をしないといけませんね。お昼を食べる時間あるでしょうか……。
※ベルエイル――第48話「突然の訪問者」参照




