第一二四話「白狼騎士の詰所」
――わたくしとテュシーさんは白狼騎士の詰所である皇宮の門前にある建物に案内されました。連れてきてくれた騎士に待合室に通されて待つように指示されました。
「白狼騎士ですか……以前に閲兵式のパレードで遠くから見ただけで、こんなに間近で接するのは初めてですよ。いやあ格好いいですねえ、ちょっと怖いですが……」
テュシーさんは小声ながら興奮を隠せない様子です。わたくしはこの一年で皇宮に呼ばれる事もしばしばありましたので白狼騎士の方々はその都度お見掛けしますが、任務の性質上全身から醸し出されるその威圧感には慣れません。
暫く待っていると待合室の扉がノックとともに開きました。わたくしとテュシーさんは立ち上がります。両開き扉を開ける騎士の方々に続いて騎士服を着た方が三名入って来られました。
「公認鑑定士殿は中々活発に活動しておられる様で何よりだ」
笑いながら入って来られたのは、白狼騎士団第七隊長でマーシウさんと騎士学校同期生というランツ・スヴェア様です。
「ランツ隊長、ご無沙汰しております」
ランツ隊長は笑顔でウィンクしました。初めてお会いした時は皇宮への侵入者と疑われて、とても厳しく接せられましたがこの一年、何度かお会いしてとても気さくで茶目っ気のある方だという事を知りました。
(マーシウさんから、学生時代はとにかく女性との噂が絶えなかったとお聞きしていますが……)
その後から入って来られたのは、赤金色のショートボブヘアの鋭い目つきの女性です。騎士服の胸元の白狼の刺繍の横には「9」という数字が意匠されていました。そして無言でわたくしを一瞥してからそのままランツ隊長の後ろに付いています。
最後に入って来られたのは、短い黒髪に整えた口髭を蓄えた険しい表情の中年男性です。胸元には「1」という数字が意匠されています。
(1、ということは……)
三名の白狼騎士はまずテュシーさんに向かって騎士礼をします。テュシーさんも緊張しながら淑女礼で返礼しました。わたくしもそれに習い淑女礼をします。
「テュセイリア・ロンブロイン様、私は白狼騎士総団長のハインツェル・ゾネイと申します。これは、白狼騎士第七隊長のランツ・スヴェアと第九隊長のイルマ・イルスです」
「お初にお目にかかります……えっと、何からお話ししましょう?」
テュシーさんはおずおずと口を開きます。
「宮廷内警護の騎士からの報告では、貴女方が調査していた転移装置の部屋から大きな異音が聞こえたとありました。転移装置室内には多少の損壊も見られると。事情をお聞かせ願えますか?」
総団長は表情一つ変えず淡々と仰いました。
「あ、あのぉ……えっと……」
テュシーさんはどう説明していいのか迷っておられます。この場では侯爵令嬢であるテュシーさんの身分が一番高いので責任感からでしょう、頑張って説明を試みておられました。
「失礼致します。帝国公認魔道具鑑定士のレティ・ロズヘッジにございます。総団長様にはお初にお目にかかります。この件の責任者はわたくしでございますので、テュセイリア様に成り代わりご説明させて頂いても宜しいでしょうか?」
わたくしの発言にテュシーさんの表情は「ぱぁ」と明るくなります。
「で、では詳しい説明は専門家にお任せ致します」
テュシーさんの言葉に総団長は「は」と会釈されました。そしてわたくしを見つめます。
「では公認鑑定士殿、説明願おう」
わたくしは改めて今回の転移装置と獅子蟻の件を流れに沿って報告しました。ランツ隊長は「ヒュウ」と口笛を鳴らしますが、それをイルマ隊長が咳払いと睨みで嗜めます。
「……という訳でして、転移装置にはまだ不可解な事ばかりなので、今回の様な事も再発する可能性はあります」
総団長は「むう」と唸り、一段と険しい表情になりました。わたくしの説明にご納得頂け無かったのでしょうか?
「テュセイリア様、今の説明で間違いありませんか?」
「あ、はい。その通りにございます……」
テュシーさんはわたくしと総団長の顔を交互に見ながら答えました。
「その様な魔獣が現れる可能性があるというのは、皇帝陛下をお護りする白狼騎士団としては看過することは出来ない。しかしながら転移装置に関しては我らの管轄外。今後については陛下に報告申し上げ、御聖断を仰ぐ事とする故に本日はお引き取り頂くが宜しいか?」
総団長は眉間にしわを寄せ、険しい表情で仰いました。宜しいも何も、わたくしには決定権はありませんので素直に従うしかありません。
「全てお任せします」とお伝えして、下がる様に言われたのでわたくし達は皇宮を後にします。テュシーさんは皇宮の外に来ていた出迎えの馬車に乗りお屋敷へと戻られました。わたくしは帝都での住居として与えられた貴族区の端にある屋敷へと戻ります。
――貴族区と言ってもその一番端、目の前が中央図書館のある公園です。それを挟んで向こう側は市民区になります。立場上、わたくしは貴族籍を返上していますので堂々と貴族区に屋敷を貰う訳にもいかず、しかし魔道具を扱うという性質上安全などの観点から市民区と言うわけにもいかず、貴族区と市民の隔たりとなっている中央図書館の隣の空き家を与えられました。
この貴族区には実家のラルケイギア家もありますが、わたくしはラルケイギア子爵令嬢としては死亡となっておりますので表立って戻る訳にも参りません。そういうわけで"帝国公認魔道具鑑定士レティ・ロズヘッジ"としてこの空き家を「住居兼鑑定士事務所兼倉庫」として帝都に居る時は住処としています。
「レティ様、お帰りなさいませ――随分お疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
玄関の扉を開いたわたくしを迎えてくれたのは、かつてわたくしがネレスティであった頃に専属メイドとして仕えてくれていたベルエイルです。以前冒険者となったわたくしにセシィからの手紙とわたくし手製の蒐集品目録を届けてくれました。
故郷に帰っていましたが、帝都のこの屋敷を維持管理するために改めて使用人として働いて貰っています。人となりを知っていて、お互いに信頼関係が既に構築できているベルエイルに来て貰えたのはとても有難かったです。
「ただいま戻りました。ええ、ちょっと色々ありまして身体も、精神的にも疲れました……」
ベルエイルにはわたくしの身の回りの事や健康や衛生管理もお願いしていますので、なるべく包み隠さず正直に話すように心がけています。それも、幼い頃から身の回りのことをしてくれていたベルエイルだからこそ出来るのだと思います。
「まあまあ、お身体もお召し物もずいぶん汚れておられますね? 部屋着にお着替え下さい。その間に湯あみの準備を致します」
(ああ、なんという気遣いでしょう……ベルエイルが居るとわたくし自堕落になってしまいそうですわ)
――こうして濃密な一日が終わり、わたくしは着替える為に自室に戻りました。




