第一二三話「棘付盾」
屠殺包丁の骨砕きの一撃で、獅子蟻はテュシーさんの居る方へ弾き飛ばされました。
「ふえ? わぁっ!?」
テュシーさんは獅子蟻に気付きますが、恐怖のあまり身が竦み動けない様です。わたくしはとにかく首領の剣をテュシーさんの方へ向けました。
『魔剣よ護れ!』
すると、テュシーさんの目前に直径一メートルを超えるの円形の光る紋様が浮かび上がります。そのタイミングで獅子蟻も咆哮を上げながら飛び掛かりました。
しかし、獅子蟻は何かに弾かれた様に倒れ、そこには歪な棘の付いた直径一メートルほどもある円盤が宙に浮かんでいました。
「あれは……棘付盾? えっと……ひょっとしてあれも四〇人の盗賊?」
獅子蟻は起き上がると再び飛び掛かります。棘付盾は獅子蟻の前に回り込み、飛び掛かるタイミングに合わせて衝突するように急な動きで突出します。獅子蟻は不意を突かれて顔面に棘付盾の一撃を喰らって、悲鳴の様な咆哮を上げて弾き飛ばされました。
獅子蟻は流石に警戒しているのか、距離を取ったまま隙を伺う様にテュシーさんを睨みながら横方向にジリジリと動いています。
「テュシーさん、その盾が護ってくれますから装置を止めて下さい!」
テュシーさんは「はい!」と上ずった声で返事をして、再び台座を向きました。それでも落ち着かない様で戦いの音に身体を「びくり」と反応させています、無理もありません。
(早くこちらも決着をつけなければ……)
テュシーさんを護ってくれる新たな魔剣(?)の出現に、わたくしは今召喚している屠殺包丁と短剣達に意識を集中します。
『魔剣たちよ敵を討て!』
わたくしが首領の剣で獅子蟻を指し示すと、魔剣達は怒涛の如く連続で獅子蟻に四方八方から襲い掛かりました。
短剣達が牽制するように周囲を囲みました。飛び交う短剣を獅子蟻は硬い蟻の後半身で受けます。そこに"骨砕き"が回転しながら高い放物線を描いて飛んでゆき、蟻の甲殻を叩き割ります。悲鳴のような咆哮を上げて床に這いつくばった所に間髪入れず、"肉削ぎ"が真上から突き刺す様に落下し、前半身の獅子を貫きました。
獅子蟻の身体が、どす黒い液を吹き出しながら崩壊してゆくのを横目にわたくしはテュシーさんの方を向きます。
そこでは、飛び掛かる獅子蟻を棘付盾が押したり弾いたりしている横で、テュシーさんは「ひぃ」と怯えながら覚え書きを片手に台座に向かい合っている最中でした。
もう一匹の獅子蟻を早く倒さねばと、首領の剣で指し示しますが……疲労感と倦怠感で身体が重くなってきました。
(これは……早く決着をつけないといけません)
「あ、これですね!」
テュシーさんが台座に何度か触れると、部屋の中央の転移装置である石柱や床の魔法陣の光が「すぅ」っと消えていき、どうやら上手く停止出来たようです。これで新たに魔獣が出てくることは無いでしょう。
「ありがとうございます、どこかに隠れていてください!」
テュシーさんは棘付盾に護られながら部屋の端まで逃げて行きました。わたくしは獅子蟻の前に立ちはだかります。
咆哮を上げて前足の爪でわたくしに襲い掛かってくる獅子蟻を屠殺包丁の二本が十字に重なって受け止めます。そして周囲から五本の短剣が一斉に襲い掛かり、前半身に次々と刺さりました。
悲鳴の様な咆哮を上げながら藻掻く獅子蟻の脇腹を"肉削ぎ"が刺し貫き、"骨砕き"が首を刎ねました。わたくしは残酷な光景に一瞬、視線を逸らします。
獅子蟻の刎ね飛ばされた頭と胴体はどす黒い粘液になって崩れ、やがて黒い霧の如く霧散しました。本当に新たに魔獣が転移されてこないかとしばらく様子を見ていましたが、その様子は無さそうなので首領の剣を鞘に仕舞うと魔剣たちは霧の様に「すぅっ」と消えます。
わたくしは疲労感から大きく息を吐いてその場に座りました。
「レティさんお身体大丈夫ですか?! お怪我とか、なんか魔剣に生命とか吸い取られたりとかは……」
テュシーさんはわたくしの元に来られて身体中を見回しています。
「大丈夫です、テュシーさんこそお怪我はありませんか?」
「え? えっと、痛たた……」
テュシーさんは膝を抑えて屈みました。
「怖さと興奮で気付きませんでした……」
「え?! お怪我を……見せてください!」
わたくしはテュシーさんのスカートの裾を捲ります。
「え!? ちょ……レティさん!? そ、そんな!」
テュシーさんは顔を真っ赤にして両手で覆っています。
(あ……そうでした。もう冒険者生活が長いのでうっかりしてました)
貴族令嬢は肌を見せる事はとても恥ずかしい事であると教育されます。ましてや脚などはお付きの侍女か配偶者位にしか見られる事は稀です。
「し、失礼しました。お怪我されていると思って……」
「そ、そうですよね……ワタクシもすみません。多分転んで擦りむいたんだと思いますけど……」
わたくしはテュシーさんの膝に生活魔法の手当てを唱えました。すると痛みも消えたみたいで、手を差し出すとわたくしの手を支えに立ち上がります。
「ありがとうございます。レティさん回復魔術も使えるのですね、凄いです!」
「あ、いえ……これは生活魔法なので、簡単な傷を治療するだけですから。もしまた痛みが出るようならちゃんとした治癒魔術師に診て貰ってください」
貴族、テュシーさんのお家のような侯爵家ともなれば尚更、専属の治癒魔術師は抱えているでしょう。
「何事ですか!?」
騒ぎを聞いたのか、軽装の騎士が数名駆け付けてきました。胸元には金糸と銀糸で刺繍された白い狼の紋章が意匠されています。皇宮を護る皇帝陛下の護衛、白狼騎士の方々です。
「すみません、もう治まりましたので大丈夫です……」
「いえ、そうは申されましても……」
魔獣たちの死体は霧散してしまいましたが、転移装置の部屋中に魔剣や獅子蟻の爪跡がありました、皇帝陛下の護衛である白狼騎士の方たちは当然見過ごせないでしょう。
「申し訳ありませんが、詰所までお越しくださって指揮官に説明して頂けませんか?」
眉間にしわを寄せて厳しい表情をされていますので、わたくしとテュシーさんは大人しく指示に従いました。
 




