第一二二話「獅子蟻との戦い」
『牢よ開きて出でよ。屠殺包丁のテジン=ガシン』
わたくしが空中を首領の剣で指し示すと、宙に直径一メートル程の円形の光る紋様が浮かび上がり、そこから長さ一メートルを超える巨大な二本の包丁が現れます。先端が尖って鋭そうなのが"肉削ぎ"、角張って重そうなのが"骨砕き"です。
「うわぁ……それが魔剣なのですか?!」
テュシーさんは驚き口を開けて屠殺包丁を見ていました。転移装置に視線を向けると獅子蟻がこちらに向かってきます。わたくしは"骨砕き"をテュシーさんの護りに就け、"肉削ぎ"と共に前に出て迎撃します。
『魔剣よ敵を討て!』
私が獅子蟻を首領の剣で指し示すと"肉削ぎ"は一直線に飛んで行き、斬りつけます。獅子蟻はそれを横跳びで躱し、獅子の前脚で叩き落とそうとします。"肉削ぎ"もそれを躱しながら斬りつけますが、後ろ半身の蟻の部分は身体が硬くて弾かれてしまいます。
("骨砕き"の方が有効でしょうか? でも交代させるには隙を作らないといけません……)
私は首領の剣を獅子蟻に向けて指し示します。
『出でよ魔剣たち』
そうすると、宙に手のひら大の光る円形の紋様が五つ浮かび上がり、そこからそれぞれ形の異なる短剣が出現しました。
「行ってください!」
五本の短剣はそれぞれ異なった軌道を描きながら獅子蟻に向かって行きました。
「ほぇぇ……すごい、凄いですレティさん!」
テュシーさんが興奮して前に出ようとすると、それを遮る様に"骨砕き"がテュシーさんの前に出ます。
「わわ?! えっと……」
テュシーさんはわたくしに助けを求める様に視線を送っています。
「貴女を護る指示を出していますので、危ないですから前に出ないでください」
「あ、ああ……そ、そうですよね!」
そうしてる間にも短剣たちは獅子蟻の逃げ道を塞ぎ、"肉削ぎ"が獅子の身体を貫きました。
「よし!」
わたくしは思わず拳を握ってしまいました。
(ファナさんの仕草が移ってしまいましたでしょうか……わたくしもちょっと物騒な性格になりつつありますね)
獅子蟻はどす黒い体液を噴き出して床に倒れました。
「ふう……"肉削ぎ"でなんとか止めを刺すことができましたね」
安堵した次の瞬間、転移装置に再び光の渦が巻き起こります。
「わわっ?! またですか!」
喜んで興味津々に獅子蟻の死骸に近付こうとしていたテュシーさんは慌ててわたくしの後ろに隠れます。まだ魔剣達の召喚は解除していなかったので、屠殺包丁と五本の短剣たちをわたくし達の前に並べて警戒します。
(直ぐに解除しないで良かったです、再召喚は余計に魔力を消耗しますから……)
わたくしはファナさんやシオリさんたちの様な術師では無いので魔力運用の専門的な技術は基礎しか習得していません。考え無しに魔道具を使えば最悪、昏倒してしまいます。
「転移装置の動力を止めないと……前にもこんな事がありました」
「ぼ、冒険者というのはこれが日常なんですか……」
テュシーさんは怯えつつも好奇心を抑えられない様子です。
(テュシーさんに装置の停止をお願いできれば……)
転移装置の光が治まると、そこには獅子蟻が二頭顕れていました。
「に、二頭?!」
わたくしの動揺がテュシーさんに伝わったのでしょうか、テュシーさんのわたくしの袖を掴む手が震えています。わたくしはポーチから覚え書きを取り出してテュシーさんに手渡しました。
「転移装置の基本的な操作方法をわたくしが覚え書きにしたものです。それを見ながらあの台座で装置を止めて下さい」
わたくしは転移装置を操作する台座を指差します。
「そ、そんな……ワタクシに出来るでしょうか?!」
テュシーさんは戸惑っています。
「わたくしは獅子蟻の対処をせねばなりませんので、申し訳ありませんが……倒せればそちらに伺いますので、宜しくお願い致します」
わたくしは獅子蟻の注意を引くために「こっちに来なさい!」と声を上げて敢えて目立つように動きます。マーシウさんやウェルダさんが敵を引き付ける時の事の見様見真似ですけれど。
何とか二頭の獅子蟻はわたくしに向かって来てくれました。
(二頭相手なら屠殺包丁を片方テュシーさんに付ける余裕は無いですね……新たにどなたか召喚しますか?)
以前、初めて一人で隣村にお手紙を届ける依頼を任された時に刃爪蜘蛛に襲われた時の事が不意に思い出されます。でも、あの時とは違い、わたくしには戦えない人を護らなくてはいけません。
テュシーさんは台座まで辿り着いてわたくしの覚え書き片手に操作を試みてくれています。
(早く倒さねば……)
『魔剣たちよ敵を討て』
首領の剣で二頭の獅子蟻を指し示すと、屠殺包丁二本と五本の短剣達が攻撃を始めました。
二頭なので、さっきよりも動きが抑え難いですが、なんとか戦えているのでこのまま行けそうだと思いました。
屠殺包丁の骨砕きの強烈な一撃で獅子蟻の一頭を壁まで弾き跳ばしました。しかし、それは転移装置の台座に近く、獅子蟻はテュシーさんに気がついてしまいました。テュシーさんは手引き書と台座を懸命に見ているので気付いていない様子です。
「テュシーさん?! 逃げて下さい!」
わたくしは叫びます。




