第一二一話「転移装置の危険性」
――わたくしは以前古代装置に語りかけた様に辺境語で装置の台座に向かって喋ります。
『転移装置の場所は分かりますか? 教えて頂けませんか?』
「え……レティさん?」
テュシーさんは怪訝な表情でわたくしを見つめました。
「あ、その、これは……以前転移装置に辺境語でやり取りが出来る物がありまして、試しています」
「辺境語ですか? 凄いですね、ワタクシは辺境語は分かりませんよ。東方語とか西方語とか帝国古語とかなら……」
「ああ、辺境語は古代魔法帝国語の名残りがあるみたいですが、帝国古語はそれよりもかなり後の言語ですからね」
古代魔法帝国滅亡後は数百年の戦乱期があって、その後統一されたのが今の帝国です。戦乱期から帝国黎明期は魔法帝国にまつわる事が忌み嫌われていたので、長らく失われた言語になっていましたが、辺境語として残っていたのだと言うのがわたくしの仮説です。
(もっと辺境を探索したいのですが……あそこを旅するのは大変ですからね)
「レティさん、大丈夫ですか?」
わたくしまた物思いに耽ってしまいボーっと固まっていました。
「すみません、続けます」
金属板は光る文字が羅列されていました。そして、その文字列の中程の文字の光が明滅しています。
「ここだけ光が違いますね〜」
テュシーさんはわたくしの背中越しに指差しました。
「えっと……アヴァロニアと書かれています」
「アヴァロニア……それはこの帝都のある土地の古い地名ですよね?」
「そうです。そして、以前浮き島から転移する時にもアヴァロニアに転移させると言われてここに来ました」
「すみません、レティさんが冤罪で転移されたのは何年前ですか?」
「はい? えっと……大体七、八年前でしょうか、それが?」
指折り数えますが、色々あったので記憶も曖昧でざっくりとお答えします。
「いえ、あの……数年前の、噂だった冤罪で追放された悲劇の貴族令嬢というのは、ひょっとして……レティさんの事では無いかと思い当たりまして……」
「自分ではよく分かりませんが……」
(そういえば、テュシーさんが書物大祭で売っておられた自著がそんなテーマでしたよね)
「ああああーっ!」
テュシーさんは顔を真っ赤にして何か奇声のような悲鳴を上げたので驚いて固まってしまいました。
「そんな……御本人にあんな妄想を見せていたなんて……いやああ!」
どうやら、わたくしの噂話をもとに書いた小説をわたくしに読ませた事が恥ずかしくて堪らなかったみたいです。
「まあまあ、そっくりそのままというわけでは無く、偶然と思っていましたのでお気になさらず……」
わたくしはテュシーさんをそう言って宥めました。
「話が反れました。光っているアヴァロニアがこの転移装置ですね。でも文字の羅列では分かりづらいですね」
地図みたいな物があれば……以前見た装置に記された地図では中央大陸の形は魔法帝国時代と同じみたいでしたよね。
『地図とかそういうものはありますか?』
わたくしが問いかけると、金属板の文字列が消えて、光の線で描かれた地図らしきものが浮かび上がりました。その形状は中央大陸に見えますが、わたくし達の帝国はその地図の下部で、辺境部分が中央に表示されています。
そして、光が明滅し文字でアヴァロニアと表示されていました。
「えっと、ちょっと待って下さい……この点がこの転移装置だとするなら」
光の点は大陸全土に点々と存在しています。その分布は辺境に集中している様に見えました。
「なるほど、この点は転移装置なんですね?」
テュシーさんは金属板を食い入る様に見つめます。
「恐らくは……」
わたくしは辺境の辺りの点に指で触れて見ます。すると、楽器の様な高い音がして『使う、出来ない』という文字が現れました。周囲にある光点を幾つか触れてみますが、その殆どが『使う、出来ない』と表示されます。
「どういう事です?」
テュシーさんは金属板とわたくしの顔を交互に見て興奮気味に尋ねました。
「恐らく、殆どは転移装置が壊れているのだと思います。まあ、千年以上前の遺物ですし……」
「そうか……ですよね」
テュシーさんは残念そうな表情です。長い前髪で目元が分かり辛いのにくるくる変わる表情で喜怒哀楽がはっきりとされています。
「あ、これはこの帝都に一番近い場所ですよね?」
テュシーさんが指差したのはここに一番近い光点です。わたくしはそれに触れてみました。
『キエルレム。動いている……』
わたくしはその表示に思わず「え?!」と驚きます。
「わわ! ど、どうしました?!」
テュシーさんはわたくしの反応に対して驚いています。
「すみません、えっと……ここ動いています、多分使えます……けど」
何か細かい文字が表示されていることに気づきました。
(転移、急ぐ……なんでしょうか?)
詳しく調べようと光点に触れると、石柱や床の紋様の青い光が強まり始めます。
「え、何故?!」
「キィィィン」という耳鳴りのような高音が周囲に響き、青い光が渦を巻くように輝きを増します。そうです、これは転移装置が作動している時の現象です。
「テュシーさん、下がりましょう!」
わたくしはテュシーさんを庇いながら転移装置のある部屋の壁際まで下がります。光が一際強くなって目が開けていられなくなりましたが、直ぐに治まりました。しかし、転移装置の中心辺りから低い獣の様な唸り声が聞こえます。
「なにか居ます?」
床に伏せていたわたくしとテュシーさんは恐る恐る顔を上げました。
転移装置の紋様の中心には怪物……魔獣の様なものが現れていました。それは獅子の前半身に虫――蟻の後半身という奇妙で恐ろしい姿、まさに魔獣です。
「「獅子蟻?!」」
わたくしとテュシーさんは同時に声を上げ、顔を見合わせます。
「な、な、なんで本に載っている伝説の魔獣が?!」
テュシーさんは恐れ慄いてわたくしにしがみつきます。獅子蟻……それはキマイラやグリフォンなどの古の魔獣が記載されている図鑑に載っていた魔獣です。
(以前、転移装置から魔獣が召喚されていることがありました、何らかの原因で転移装置が魔獣を転移させている現象ですね)
しかし、今はテュシーさんを護らなくてはなりません。考えるのは後です。
「魔剣よ我が元へ!」
わたくしは離れた所に置いてある荷物、そこに置いている"首領の剣"に手を伸ばします。すると剣は自ら宙を回転しながら舞い、ピタリと吸い付くように手の中へと飛んできました。
(まずはテュシーさんを護らなくては……)




