第一一九話「帝国公認魔道具鑑定士」
――わたくしは緊張した面持ちでレミュネント宰相閣下のお言葉を聞いていました。
「ロズヘッジ嬢、そのように緊張せずともよい。貴公に責を問うわけではないからな」
宰相閣下はあくまで冷静に淡々と仰いました。
「え、あ、はい……申し訳ございません」
「貴公は冒険者であり鑑定士という事だが、古代魔法文明についてももはや専門家と言っても良いと考えている」
宰相閣下からのわたくしを過分に評価している様なお言葉でした。
「そんな……わたくしなど」
――恐縮して言い淀んでいると、皇帝陛下が咳払いをなさいました。
「ロズヘッジ嬢、我が帝国において古代魔法帝国の研究は遅れている。かつてその知識が禁忌とされる時代もあったからな。しかし、余はそれを避けるのではなく解き明かして行きたいと考えている」
「……は、はい」
「古代魔法帝国研究をするにあたり、とても重要な手掛かりを持ち帰った貴公にはその研究に是非協力して貰いたいのだ」
陛下の予想外の御言葉に驚いて、わたくしは目を白黒させて口をぱくぱくさせます。
「――わ、わたくしはもはや貴族では無く、一介の鑑定士であり冒険者です。そのような大それた役目など果たせましょうか?!」
驚きの余り慌てふためいて思わず声を上げてしまい、ハッと我に返って平伏しました。
「ご、御無礼を!」
「良い、面をあげよ。亜竜を退け、大爆発する遺跡から古代の転移装置を使って脱出し、あまつさえその古代の謎の一端を解き明かし、我が皇宮に転移し帰還した者たちは一介の冒険者とは思えんのだがな?」
皇帝陛下は目を輝かせてわたくしを見つめながら仰いました。
「き、恐縮にございます……」
(確かに成り行きとはいえ列挙されると尋常ではない事をしていますねわたくし達……)
「既にドルヴイユ殿下とはお話をさせて頂いた。これは伝書精霊で届いた殿下からのお手紙だ」
宰相閣下がわたくしに手紙を手渡されました。「全ての判断はレティに委ね、拒否しても叱責は受けないよう取り計らう」という文言がマスターの筆跡で書かれていました。
(ドヴァンさんの印璽も捺されているのでこの手紙は本物ですね……)
「余としては、是非協力を求めたい。ロズヘッジ嬢は最早帝国でも屈指の古代魔法帝国識者であるからな」
皇帝陛下も宰相閣下もグルマイレン侯爵もわたくしを見つめています。
(ドヴァンさんは可否はわたくしに委ねると仰いましたが、この方々を相手に断る事は中々出来ませんよね……)
「……仲間たちにも相談させて頂けませんでしょうか?」
わたくしは恐る恐るお応えします。
「うむ、承知した。ロズヘッジ嬢、後日ゆっくりと貴公の冒険譚を聞かせて貰いたいな」
「は、はい。身に余る光栄に存じます……」
わたくしが返事をすると陛下は立ち上がり、宰相閣下と共に退室なさいました。
――扉が閉まるとわたくしは思わず深呼吸しました。
「大丈夫かね?」
部屋に残られたグルマイレン侯爵はわたくしに声をかけて下さいました。
「は、はい……生きた心地がしませんでした」
「歴代皇帝は古代魔法帝国について長らく禁忌とされていた時代もあり、積極的に関わろうとする方はあまり居られなかったが……現陛下は皇太子であった幼き頃より深い関心を寄せられている」
(なるほど、ではわたくしの話を聞きたいというのは社交辞令だけでは無いのかもしれませんね)
「先帝がご病気で突然崩御され、若くして即位されたので自由に研究も出来なくなり、嘆いておられたからな……」
そういった会話をしていると程なくして仲間たちが部屋に通されました。
「儂も席を外すから仲間同士話し合いなさい、決まったら外にいる衛士に声をかけるように」
そういうと侯爵も退室され、部屋はわたくし達だけになりました。
「レティ、良かった……無事ね」
シオリさんがわたくしを見て胸に手を宛てて溜息を付きます。
「シオリってば、待ってる間青い顔してたからねえ。亜竜相手の時より凄い顔してたよ?」
アンさんがニヤニヤと笑みを浮かべていました。
「レティ、それでどういう話だったんだ?」
マーシウさんは深刻な表情で聞いてきましたので、先程の事をお伝えしました。皆さん戸惑いを隠せない複雑な表情です。
「まあ、断わる選択肢は無いよな。マスターに話も通ってるし、何より皇帝陛下からのご下知だろ?」
マーシウさんは真剣な表情で話します。
「えー、でも可否は委ねるってドヴァン爺ちゃん言ってるんでしょ?」
ファナさんはあっけらかんとした表情で言いました。
「いや、皇帝陛下だぞ、断れるわけないだろ……」
マーシウさんは眉間にしわを寄せて唸りながら色々考えている様子です。
「皆さん、わたくし自身はこのお話を受けたいと思います。確かに古代魔法文明は危険なものでもありますので、その研究は誰かがしなければならないと思います。でも、何より――」
(わたくしは知りたいのです、古代の人々の道具や施設がどのようにして作られ、使われ、そして滅んだのか。これは単にわたくしの欲求、知的好奇心です……)
「わたくしの鑑定や知識が、ただの趣味にとどまらず何かの役に立てるならこれ以上の喜びは無い、そう思っています――」
仲間達はわたくしの言葉を聞いて、笑顔で頷いてくれました。
そして……わたくしがお話しをお受けするという意思を、侯爵を通じて陛下にお伝えいただきました。
――それから、ひと月程の間に色々具体的な話や決め事などの打ち合わせが何度も行われ、わたくしは帝都中央図書館に一室を使わせて頂いています。
わたくしには「帝国公認魔道具鑑定士」という肩書が与えられました。図書館の全ての書物や収蔵品の閲覧が可能ということで、わたくし個人としましては図書館に住みたいと思いましたが、残念ながら住居は別途用意されていました。
しかし、この肩書はわたくしの為に作られたようなものですので認知度は無きに等しいです。これからの活動で示していかねばなりません。
――というわけで、帝都での諸事が一段落したわたくしは運河を下る船便でイェンキャストへの帰路についていました。ちなみに、マーシウさん達仲間の皆さんもあれからずっと帝都で共に過ごして、今回一緒に帰還します。
「レティ、ファナよく分からないんだけど……結局レティってどうなってんの?」
ファナさんは口を尖らせて眉間にしわを寄せながらわたくしに話しかけます。
「ファナさんの立場から言いますと、あまり前と変わりませんよ? おさんぽ日和には所属していますし、薔薇の垣根でもお仕事しますから。ただ、請け負う依頼は古代遺跡や魔道具関連が増えると思います。依頼主が軽々しくは口に出来ない方々になりますけれど……」
わたくしの言葉にアンさんがニヤリと笑みを浮かべます。
「ま、あたしらその日暮らしの冒険者としちゃあ、大口の依頼主ががっつり付いてくれるのは願ったり叶ったりだね」
「冒険者というものを続けられるのは、人生でも長い時間ではない。稼げるうちに稼いでその後の人生の資金にしないといかんな」
ディロンさんの言葉にマーシウさんもシオリさんも頷いています。
(冒険者ははっきり言えば体力勝負ですから、確かにベテランの現役冒険者というのは数が多くないですよね)
こうして交易船で一〇日あまり運河を下り、イェンキャストまで帰還しました。久々に少しゆっくり出来るかもしれない……と思っていたのは甘い考えで、目まぐるしい日々が始まりました。
第五部「古代遺跡探索編」終




