第一一八話「皇帝との謁見」
バフェッジさんの口から語られたのは……バフェッジさんの正体は帝国の上級貴族、バフェッジオル・グルマイレン侯爵で、帝国貴族院評議員の一人だという事でした。かつて転移追放刑された時にも評議員としてわたくしの審議に関わっていたという事です。
バフェッジさん――グルマイレン侯爵はわたくしに深々と頭を下げ、わたくしの強引な追放刑を止められなかった事を謝罪されました。
「そんな……頭をお上げください! わたくしはもう正式に貴族院から名誉回復を賜っておりますし、全ては終わった事です。それに、今の鑑定士としての人生は満足しています」
「そう言って貰えると、幾ばくか気が楽になる――有難う。君がドルヴイユ殿下と縁があったことはまさに奇跡なのかもしれん」
(ドルヴイユ殿下――ギルドマスター、ドヴァンさん。確かにドヴァンさんと出会わなければわたくしはもうとっくに殺されていたかもしれません)
そして、グルマイレン侯爵はわたくしにバッジを手渡します。
「これを返しておくよ。また、今回の様な事態になった時に使うといい。それは貴族院が身元を保証するという証だ」
「はい、ありがとう存じます」
わたくしは侯爵からバッジを受け取り淑女の礼をしました。
「時に、君たちが転移装置でここにやって来た経緯を聞かせて欲しい。あの装置は帝国開闢以来、何処かも分からない場所へと転移させる転移追放刑にしか使われてこなかった。その転移装置が突然作動して、現れたのが君たちだった。それは貴族院はもとより皇帝陛下もとても驚かれている。是非教えて貰えないだろうか?」
――わたくしはそもそもの経緯から説明します。セレセレサ渓谷の遺跡探索中に見つけた魔力炉の事、そこから転移装置で浮島に行った事、そして浮島から転移でここに来た事……それらを掻い摘んでお話します。
グルマイレン侯爵は驚き、感心しながらわたくしの話を聞いて下さいました。
「ふむ、なるほど。前代未聞の冒険をしてきたという事か。その、託されたものというのは……」
わたくしは懐にしまっていた立方体の魔術結晶を取り出して差し出します。侯爵は結晶を受け取り「ほお……」と、感嘆を漏らしながらしげしげと眺めてからまたわたくしにお返し下さいました。
「レティ・ロズヘッジ君、早急に皇帝陛下に謁見して貰いたいのだが……時間はあるかね?」
「あ、はい。大丈夫ですけれども……え、今なんと仰いましたか?」
グルマイレン侯爵はわたくしが想像もしなかった事をさらっと口にされたので、思わず聞き返してしまいました。
「早急に皇帝陛下に謁見して貰いたい、段取りは儂がつける」
皇帝陛下への謁見、わたくしが一介の冒険者になる前の子爵令嬢であったとしても、生涯有り得るかも分からない事です。
(まあ、ドヴァンさん……皇家一族であらせられるドルヴイユ殿下と親しくさせて頂いている現状も十分有り得ないのですけれど……)
それに、グルマイレン侯爵……しかも貴族院の評議員まで務められている方の申し出をお断りする選択肢など、この帝国に住む上では考えられない事です。
「陛下に拝謁賜る事は誠に身に余る光栄ですが……宜しいのでしょうか?」
「まあ、あくまで非公式な謁見だ。限られた者しか居ないから大丈夫だよ」
(いえ、全然大丈夫ではないと思いますが……)
こうしてわたくしは非公式ながら、皇帝陛下と謁見することになり、皇宮の一角にある庭園の離宮に通されました。
――皇宮の庭園は沢山の花々で彩られています。水路や噴水が整備され、帝都の図書館前の公園よりも見事な庭でした。その奥に建つ離宮が謁見の場所なのですが……正直わたくしの実家、ラルケイギア邸と同じかそれ以上の大きさがあります。
その中の一室、騎士服を纏い帯剣した二人の騎士が立っている両開きの扉の前まで案内されると、騎士の一人が扉をノックします。中からの入室を許可する声がして、二人の騎士は両開き扉を開きました。
部屋の奥には大きく光沢のある木の机に座る若い男性と、その脇に立つ官衣を着た青年男性、そしてグルマイレン侯爵のお三方が居られました。扉を開けてくれた騎士二名は扉の脇に控えています。
わたくしが緊張して棒立ちで居ると、グルマイレン侯爵が近づいて来られて机の前まで連れて行って下さいました。わたくしは片膝をつき頭を垂れて最敬礼しようとしましたが、机に座る若い男性は「敬礼はよい、非公式の場である」と仰いました。
「陛下、こちらがラルケイギア子爵家四女、ネレスティ・ラルケイギアです」
グルマイレン侯爵がわたくしを陛下に紹介なさってくださいました。
「……お初にお目にかかります皇帝陛下。現在は貴族籍を返上し、レティ・ロズヘッジと名乗っております」
「帝国皇帝、ヴァンセイユ・ゲッヘアーナ・アヴァラーンである。此度はご苦労であったな、プリューベネト侯爵家の振る舞いは皇家に於いても懸案事項であった。こんな言い方はそなたには申し訳ないが、そなたの一件を利用し、プリューベネト侯爵家を断ずる事が出来た。礼を言う」
(えっと、つまりはわたくしの冤罪がプリューベネト侯爵を裁きの場に引きずり出す為の好機になった、という事でしょうか?)
「大叔父上と縁があるというのも、不思議なものであるな」
(ドヴァンさんのことですね?)
「はい、ドルヴイユ殿下には格別の計らいを頂戴しております」
すると皇帝陛下の真横に立っている穏やかそうな青年貴族が咳払いをしました。
「陛下、つもる話はまたの機会に……本題を」
「ああすまん、普段雑談をする機会というのが無いのでつい、な。では、説明を」
青年貴族は「承知しました」と応えるとわたくしを見据えます。
「宰相のレミュネント公爵だ」
(レミュネント公爵――陛下の御親戚で、帝国を支える宰相と聞いています。この方々が帝国を統べる方々なのですね。皇帝陛下も宰相閣下も想像よりお若い……二〇代でしょうか?)
「レティ・ロズヘッジ、実はな……セレセレサ渓谷が数日前に崩壊したという知らせが緊急の伝書精霊で届いた」
(それは、わたくし達があの遺跡から転移装置で脱出しなければならない原因となった事態のことでしょうか?)
わたくしは依頼で冒険者としてあの遺跡に赴いた事、そこでの噴泉亜竜との戦いや魔力炉の異常と思われる事態で遺跡が崩壊し始めたので、半ば賭けの様に転移装置で脱出を試みた事を説明しました。
「なるほど、事の経緯は理解した。各所から受けている報告との整合性もある……陛下、宜しいですか?」
皇帝陛下は無言で頷かれ、それを確認すると宰相閣下は言葉を続けます。
「実はその遺跡の最寄りの街であるキャリシゥマより洪水と土砂による被害が伝えられてな、冒険者を使って調査させたが……君らが赴いた件の遺跡は、何かが爆発でもしたかの様な有り様だったそうだ」
(それは、わたくし達が転移した後に魔力炉が爆発したという事でしょうか?)
「地震やそれに付随する大規模な土砂崩れも報告されている。君の証言と合わせると、大きな爆発があったのは間違いは無いだろう」
(やはり、あの時転移装置の使用に踏み切って正解でしたね……さもなければその大爆発でパーティー全員死んでいたかもしれません)
「帝国としては、あまり積極的に古代魔法文明には関わってこなかったのだが、このような事態も起こりうるとなれば話は別だ」
「そ、それは……」
(わたくし達は何か責を問われるのでしょうか?)
 




