第一一七話「帝都への帰還」
「マジで帝都なの?!」
ファナさんは目を丸くしています。
「確かに帝都の皇宮だな……この扉は皇宮でのみ使われている意匠が施されている」
マーシウさんは部屋の出入口の両開き扉を見ながら言いました。
「レティ、来たことがあるって……一体?」
アンさんが怪訝な表情で言いました。
「ここは、わたくしが転移追放刑を受けた場所です……」
仲間たちはわたくしを見つめ、言葉を詰まらせました。しかしその時突然に、気まずい沈黙を打ち破るように扉の外から大勢の足音が聞こえ、扉の前で立ち止まった様でした。
「止まりましたね……」
わたくしが呟くと、扉が勢いよく開くと同時に武装した人達がなだれ込んで来ました。
アンさんがカタナを抜こうしたのをマーシウさんが強い口調で止めます。
「みんな抵抗するな!」
マーシウさんは厳しい口調を発したあと、両手を挙げてゆっくり前に出ました。
「自分達はイェンキャストの冒険者ギルド、おさんぽ日和所属の冒険者だ。探索中に転移装置が作動して気付いたらここに居た、決して皇宮に侵入を試みた訳では無い。指揮官殿と話させて欲しい」
「全員、まず武器や魔法発動体を置け」
武装し、武器を構えた騎士達がわたくし達を取り囲みます。鎧の上には白地の上衣を着けていました。その後方には白いローブを纏った魔術師と思わしき人も居ます。よく見ると、騎士達の上衣にも魔術師のローブにも金糸や銀糸で狼のような紋章が意匠されていました。
(確か、この紋章は……)
マーシウさんは剣と盾、そして冒険者のパーティータグを外して床に置き、頭の後ろで腕を組みます。わたくし達もそれに習いました。
「マーシウさん、あの紋章はたしか……」
「レティも知ってるみたいだな。まあ、皇宮だから当然だろう……」
(あの紋章は皇帝陛下直属の護衛、白狼騎士です……)
白狼騎士は近衛騎士の中でも特に選りすぐりに選抜された騎士や宮廷魔術師を、更に過酷な訓練で鍛え上げた精鋭中の精鋭と聞きます。その白狼騎士は、わたくし達に近づきながら低く威圧的な声で「喋るな」と言い、わたくし達の手を手際よく拘束します。一方で別の騎士がパーティータグを回収してゆきました。
わたくし達は促され、少し間を空けて座らされました。暫く座っていると、わたくし達を見張っている白狼騎士が数歩下がって騎士礼をし、その向こうから一人の騎士が近づいてきます。
基本的には他の騎士と同じ装束ですが、鎧の上に羽織っている上衣の紋章の刺繍が少し異なり、紋章の真横に数字の「7」が意匠されていました、指揮官でしょうか?
「マーシウ・マシュリィ……生きていたのか」
「7」の騎士が兜を脱ぐと、マーシウさんは驚いた表情で騎士を見つめました。短い銀髪、青灰色の瞳の精悍な顔つきの男性です。
「ランツ……スヴェアか? 白狼騎士を拝命していたのか! しかも数字付きとはな。凄い出世だ」
白狼騎士の指揮官級は九名居て、それぞれ数字で呼ばれると聞いたことがあります。マーシウさんと面識が有る様ですが……。
「お前の方は冒険者か。古代遺跡の転移装置でここに飛ばされてきた……と、聞いたが?」
ランツという騎士はわたくしたちのパーティータグをひとつずつ読みながらマーシウさんに話しかけていました。
「その通りだ。仲間の一人が古代語や古代の装置をある程度理解していて――」
(そういえば以前参加した書物大祭で、実行委員のバフェッジさんに貰った天秤の絵が浮き彫りされたバッジがありました、確か貴族界隈に有効だと仰ってましたよね……)
「お話し中失礼致します。わたくしはレティ……いえ、ネレスティ・ラルケイギアと申します。これは"書物大祭実行委員"のバフェッジさんという方に頂きました」
わたくしは手を手枷をされたままでしたが、なんとか懐からバッジを取り出して差し出します。それを受け取った騎士ランツの表情が変わります。
「これは……おい、魔法探知を」
後ろに控えていた魔術師にバッジを渡しました。すると間もなく魔術師は「本物です」と言い、騎士ランツは魔術師からバッジを受け取ると他の騎士に命じてわたくし達の拘束を解きます。
「……いいのか?」
マーシウさんは戸惑いながら騎士ランツに問いかけました。
「お前の仲間の、そのご令嬢に感謝するんだな。取り敢えず、このバッジを持つ者を拘束しておくわけにはいかないので枷は外させて貰うが、確認が取れるまでこちらの指示には従って欲しい」
――こうしてわたくし達は枷を解かれ、わたくしだけがとある一室に通されました。そこは窓や調度品などはない、質素な実用重視の家具が置かれた部屋でした。室内には、扉の前に女性の騎士が立っていました。鎧は着ていませんが帯剣していて、わたくしの監視役だと思います。
それから、どれくらい待ったでしょうか――ノックがあって扉が開き、部屋に入って来たのは白髪で口と顎に整った髭を蓄えた紳士でした。そうです、書物大祭で実行委員をされていたバフェッジさんでした。書物大祭でお会いした時とは違い、かなり身分の高い上級貴族の官衣を着ています。
「レティ君、久しぶりだね。まさかこんな形の再会になるとは想像もしなかったが……息災そうでなによりだ」
わたくしは慌てて手のひらを胸の前で組み、片膝をつく貴族礼をしてそのまま膝まづきます。
「構わんよ、楽にしてくれたまえ」
「バフェッジ様、御無礼を承知でお伺い致します。貴方様は一体どういう……」
バフェッジさんは「ふむ」と言ってから顎鬚を指で撫でました。
「君は本当に覚えていない様だね。書物大祭の時もそうだったが……まあ無理も無い。儂の本来の名はバフェッジオル・グルマイレン――侯爵だ。貴族院で評議員をしている」
貴族院の評議員――貴族院は貴族の中の法と秩序を司る機関です。様々な貴族同士の諍いを調停したり、法に背く貴族を調べ上げて裁きを与える……それが貴族院で、評議員は様々な調停や制裁を裁決する方々です。
「えっと、すみません……ではわたくしの転移追放刑の時に?」
「うむ、あの時の裁きにも立ち会っていた。儂や数名の評議員は審議不十分として再調査を具申したのだが、当時評議員もかなりの数が根回しされてしまっていてな……力になれず申し訳なかった」
バフェッジさんは深々と頭を下げました。
(わたくしとバフェッジさんにそんな縁が……)




