第一一六話「遺跡の中心部」
古代の装置を調べていたわたくしは、装置が作動して一人だけで転送されてしまった様でした。真っ暗な場所だったのですが間もなく灯りの仕掛けが作動し、そこが通路だと分かりました。
通路の先には少し広い空間があり、台座が置かれているのが見えます。台座は古代の仕掛けでよく見られる浮き彫りの文字盤です。
台座の前の壁には高さ一メートル、幅三メートルくらいの大きな金属板がはめ込まれています。わたくしが文字盤に触れると、また楽器を鳴らした様な音がして、文字盤の浮き彫りされた文字が淡く光り始め、金属板にも古代文字が浮かびました。
(この文字は……知らないものですね)
わたくしは取り敢えず話しかけてみます。
『ここはどこですか?』
すると金属板にはわたくしが今喋った言葉が文字になって浮かびました。そしてその答えらしきものが浮かび上がります。
『"∇≡≒認識。当施設は√∽∝都市∠⊥⌒∂"』
(前から気になっていましたが、このよく分からない言葉……文字列は固有名詞か何かでしょうか?)
質問の仕方を変えてみます。
『わたくしはここに転送されて来ました。元居た場所は分かりますか?』
すると、金属板には円筒形の図形のようなものが浮かび、その上面と下面の真ん中に光の点が交互に明滅しています。
『"あなたは最上階端末から、この最下階に転移させていただきました"』
文字盤にはわたくしの質問の回答であろう文字が浮かびます。言葉では無く文字で返してくれるものもあるのですね。
(どうやら遠方ではなくて同じ建物内の様です……よかった)
『何故わたくしだけを?』
『"端末に公用語と思しき言語で話しかけられましたのでお招きさせていただきました"』
(この公用語とは、わたくしの知る帝国公用語のことではないのでしょうね……)
『"当施設は、ヴォーフォーク魔法帝国の叡智と歴史を保管するために建造された†‡¶です"』
ヴォーフォーク魔法帝国、それはわたくし達が"古代魔法帝国"と呼んでいる古代文明の本来の名称です。
『ええっと、それは図書館みたいなものですか?』
『"その様な理解で問題ありません。当館は何度も外部との連絡を試みましたが反応が無く、ようやく外部からの転移を確認した所でここに接触されたのがあなたなのです"』
(空に浮いていたから魔法帝国が滅んでも遺った……それとも、遺すために空に浮かべた?)
『あなたを造った魔法帝国はもう千年程前に滅亡しました。今はもう遺跡しか残っていません。この言語も今では辺境の民族が話す言葉ですから、わたくしもあなたの言葉が全て理解できるわけではありませんし……』
すると、少し間を置いてまた違う言葉が浮かび上がります。
『"当施設は遠くない未来、魔力炉が停止し落下するという結論に達しています。そうなる前に、凡そ一〇〇〇年ぶりに当施設を訪れた人間であるあなたに、これを託します』
台座がスライドして下から別の台座がせり上がります。そこには翠色をした手のひらで握れる程の大きさの立方体の魔術結晶が置かれていました。
『"その魔術結晶にはヴォーフォーク魔法帝国の叡智、歴史、文化が収められています。然るべき施設に行けば閲覧することが可能です"』
『然るべき施設というのは……』
『"∈⊇⇔の設置された施設です。残念ながら§‡‰€との接続が確認出来ないので現存するものがあるのかも分かりかねます"』
やはり、固有名詞と思われる言葉は全く分かりませんが、この魔術結晶が本来の役目を果たさない可能性がある、ということでしょうか?
『あなたが仰る事は殆ど理解できませんけれども、本当にわたくしが持って行っても良いのですか?』
『重ねて申しますが、このままここにあっても遠くない未来この都市と共に失われます。ならば、あなたに託します』
台座の魔術結晶は簡単に外すことが出来ました。
『あなたを元の転移装置に戻します。その後都市間移動の転移装置を再起動しますので速やかにそちらへ向かって下さい』
「えっ……と? それはひょっとして、わたくし達がこの都市にやってきた転移装置で――」
わたくしが今言われた事を整理する間もなく、目の前が眩しくなり浮遊感と眩暈に見舞われました。
「レティ!?」
目を閉じていたわたくしは自分の名を呼ばれて目を開きます。
そこは古代装置の台座の前で、周りには仲間たちが驚いた表情で立っていました。
「レティ!」
ファナさんがわたくしに抱きつきます。鼻をすする音がするので泣いておられたのでしょうか?
「良かった……怪我とか無い?」
シオリさんはわたくしの身体に触れて怪我が無いか診てくれていました。皆さんが言うには、台座を調べていたわたくしが突然光に包まれて消えた、という事でした。わたくしは皆さんに先程あった事、そして転移装置が動く事をお伝えします。
とにかく戻ろうという事で、仲間たちとこの都市へと転送されてきた元の転移装置の場所まで引き返しました。休憩もせずに歩き続けてきたので皆かなり疲労しています。
転移装置の部屋に入ると、昨日は全く無反応だった装置は台座の文字盤が光り、壁の金属板にも古代文字が浮かんでいて動いていました。
「本当に動いてる?!」
「皆さん転移装置の近くに行って下さい」
わたくしは皆さんにそう言ってから台座の前に立ちます。
『わたくしの仲間も全員揃いました、転移して頂けますか?』
辺境語で話しかけます。すると、金属板には「転移、可能、調べる」と表示されました。
少し待っていると「指定、完了、転移、開始」と表示され、地図の様な物が浮かびます。その地図は見覚えのある形――そうです、それはこの帝国のある中央大陸の地図でした。
そして、地図上には二つの光点が交互に明滅しています。一つは地図の上の方にあり、よく見ると僅かずつ移動しています。今ひとつは地図の中央より少し下側の位置にありました。
「これは……これが本当に中央大陸の地図ならば、この上の少しずつ動いてるのがこの浮島で、このもう一つの点が転移先ということだと思います」
「レティここって、本当にそうなのか?」
マーシウさんは怪訝な表情でわたくしに尋ねます。
「この地図が作られた時代にここが何だったのかは分かりませんが、今ここにあるのは帝都ですね……」
仲間たちは驚いて顔を見合わせます。
「帝都ならば転移されればなんとでもなるが、しかし帝都の何処に飛ばされるか……」
「それはきっと……」
わたくしが言葉を続けようとした時、転移装置がうなりを上げて青白い光の渦が巻き起こり始めます。
「これは、転移するの?!」
シオリさんが大きな声で尋ねますが装置の音が大きくなって聞こえ辛いです。光の渦が激しくなり、わたくし達は咄嗟にその場にしゃがみました。既に眩しくて目が開けていられない状態です。そして浮遊感と眩暈と耳鳴りが強くなってゆきました。
――どれくらいの時間が経過したでしょうか、周囲が静寂に包まれていたので目を開けます。わたくしは転移先が帝都という事でその場所は大方予想がついていたのですが、やはりその通りでした。
直径二〇メートル程の半球形の部屋、床の中央には直径一〇メートルくらいの円を描く様に大人の男性程度の大きさの円柱が規則的に配置されています。
その円柱が照明の様に光っているので部屋の様子がよく分かりました。そうです、今まで見た転移装置と同じ様な構造です。
「ここは……どこ?」
ファナさんは不安げな表情で辺りを見渡します。
「ここは帝都、皇宮の敷地内。その地下にある転移装置です」
――何故言い切れるのか。そう、わたくしここに来るのは二度目なのです。




