第一一四話「転移した場所は……」
――どのくらい時間が経ったでしょうか、気が付くと辺りは静かになっていました。あの時はたった独りで真っ暗な空間に放り出されましたが……。
「……治まったか?」
「ふぅ……みんな生きてる?」
マーシウさんとアンさんの声です。今回は周りに仲間たちが居ます。わたくしは不安からの安堵で、思わず隣に居たシオリさんに抱きついてしまいました。
「どうしたのレティ……大丈夫?」
「す、すみません……以前の転送刑の時の事を思い出してしまって……また、ひとりで見知らぬ場所に放り出されたのかと……」
身体の震えと涙が止まらないわたくしを、シオリさんは優しく抱きしめて髪を撫でてくれました。
「レティ……大丈夫よ、私達がいるわ」
「はい、すみません……」
わたくしがシオリさんになだめて貰っている間に他の仲間たちが周囲を調べています。
「これ、扉が壊れて半開きだね、マーシウ手伝ってよ」
「よし、いくぞ……せーの!」
マーシウさんとアンさんが力づくで扉を無理やりこじ開けました。するとマーシウさんとアンさんの間をすり抜けてファナさんが外に出ました。
「あー! 凄い、全然違う場所だ!」
「こら、ファナ! 危ないから不用意に出るな!」
「うわあ……なんか遺跡だよここ!」
そんなファナさんの無邪気な声に興味を惹かれて、わたくし達は開かれた扉から外に出ました。そこは、石柱や石造りの建物の廃墟が建ち並ぶ遺跡の様な場所でした。地面も石畳で舗装され、所々に雑草が繁っています。
「空気が全然違う……湿気が無いね。それに涼しい……てかちょっと肌寒いね」
空の色が赤と青のグラデーションで、陽光が低く感じますので陽はかなり傾いているようです。
アンさんが辺りを警戒しながら「ちょっと高い所で辺りの様子を見てくる」と、建物や石柱を登って行きました。
「ん……ちょっと……なにこれ……島? いや、あれは海じゃなくて……なんで太陽があんなに低いの?」
アンさんはかなり困惑しているようでした。シオリさんは座標探知を唱えます。
「え……嘘? 地上から物凄く高い場所……高い山の上か何かかしら?」
わたくし達はとにかく現状を把握すべく遺跡の端に向かうと、そこは突然地面が切れて崖か城壁の様になっていました。その先は見渡す限り眼下に大地と空の境界線――地平線があり、日が沈もうとしています。どうやらここは雲よりも上にあり、大地が遥か下の方に広がっていて見渡す限りの荒野です。
なんということでしょうか、わたくしたちの居るこの遺跡のような場所は山の上では無く空の上に浮いている様でした。
「ここは、辺境……"浮島"ではないでしょうか?」
わたくしがポツリと漏らした一言に皆さんわたくしの顔を見つめてからそれぞれの顔を見合わせます。
「マジか? 何かの間違いじゃ……」
マーシウさん訝し気な表情をしています。
「レティと出会った頃に船の上で浮いてる島みたいなの見たじゃん、アレかねえ?」
アンさんは苦笑いをしつつも困惑した表情でした。
「ファナ達が一番乗りかな? 探索しようよ!」
ファナさんは無邪気に満面の笑顔です。
「探索もいいが、ここが"浮島"だとしたら帰る方法がなあ……」
マーシウさんの表情が暗いです。やはりパーティーリーダーとしての責任感でしょうか?
「探索するにせよ、帰る手段を探るにせよ、今日は取り敢えず休息を取った方がいいだろう……」
ディロンさんはあくまで冷静に仰いました。
「そうだな、俺達さっきまであのデカい亜竜とやりあってたんだしな。腹も減ったし……よし!」
マーシウさんは気持ちを切り替えたのか、少し表情が明るくなり野営の指示をしています。こうしてわたくし達は転移装置の部屋で休息を取ることにしました。
「レティ、その転移装置動くのか?」
マーシウさんに聞かれたので仕掛けを弄ってみましたが、どうやら機能していないようで反応がありませんでした。
「どこか別の場所に動力源の様な物があるかもしれません。辺境の地下迷宮の転移装置がそうでしたから。明るくなってから探してみますね」
いつものように仲間達と交代で休息を取ります。食事も干し肉と乾パンの保存食で済ませました。食料は限りがあるので節約せねばなりません。
わたくしは早々に休息を頂き横になると、ぷっつりと意識が無くなってしまいました。マーシウさんに起こされるまで泥の様に眠っていた様でした。
「あ、すみません……寝すぎました。交代しましょうか?」
わたくしはマーシウさんにバレないように口元のよだれを拭きながら起き上がります。
「悪いな、宜しく頼む。俺もそろそろ限界だ……」
マーシウさんは欠伸をしながらブーツの紐を解いています。他の皆さんは寝息を立ててよく休んでいました。交代の見張りは通常二人一組なのですがマーシウさんが眠るとわたくし一人になります。
「もう一人はアンだよ、今外にいると思う」
キョロキョロしているわたくしを察してマーシウさんが説明してくれました。
「じゃあお休み、何かあれば起こしてくれ」
マーシウさんは壁に持たれて毛布を被り、すぐに寝息が聞こえてきました。わたくしは外に出てアンさんの姿を探します。
(寒いですね……)
辺境の夜は寒いというのを思い出して保温の魔法を唱えます。
「レティ、あたしにもそれ頂戴?」
「アンさんどちらに?」
上から声がしたのでわたくしがキョロキョロしていると、アンさんがわたくしの近くに降り立ちます。
「よっと……うー寒い寒い」
アンさんが寒そうに手を擦り合わせているので、わたくしはアンさんにも保温の魔法をかけます。
「ありがと、いいねこの魔法――寒くなくなったよ」
「アンさん何をなさっていたのですか?」
アンさんは目の前の石柱をポンと軽く叩きます。
「これに登って周りを観察」
「……何か見えました?」
「なんかね、向こうの方に灯りが見えたよ。多分地下迷宮とかの照明みたいなやつだ。色が同じだったし、明るい時間だと気付かなかった」
なるほど、夜だから分かることもあるのですね。だからアンさんはこうして夜にも外を観察してたのでしょうか。
「アンさんはお身体大丈夫ですか?」
「あたしは全然。火傷もシオリが治してくれたしね。レティは休めた?」
「はい、十分に……」
そして、アンさんに誘われて助けて貰いながら石柱の上に登ります。
「凄い眺めですね……」
この転移装置のある建物は周りより少し高い位置にあり、そこの石柱の上なのでほぼ全体が見渡せます。地平線の向こうの方が少し明るくなって来ました。
「夜明けが近いね……何かこの景色見ながらレティと居ると、出会った時の事を思い出すよ」
「確かに……地下迷宮を出てすぐに夜明けでしたからね。辺境の荒野の地平線から登る朝日は今でも覚えています……」
するとアンさんは「フフフ」と笑います。
「どうされました?」
「出会った時は本当に深窓のご令嬢だなって思ったけど、今はもう背中を任せられる位だからさ、変われば変わるもんだなって」
アンさんの様な熟練の遊撃兵に背中を任せられると評されるのはとても嬉しく思いました。
「絶対イェンキャストに帰ろうね、レティ」
「はい、きっと……」
藍色から赤く染まっていく地平線を眺め、不安ながらも一番長く過ごし信頼できる仲間達と一緒というのが心強く思えました――。




