第一一一話「噴泉亜竜との死闘」
わたくしが首領の剣を噴泉亜竜に向けると、光る紋様が幾つも宙に浮かび上がり、そこから魔剣達が現れました。
戦斧、偃月刀、大身槍、屠殺包丁、丸太棍棒……五振りの強力な魔剣たちが揃います。
噴泉亜竜は熱湯を噴き出して飛来する魔剣達を迎え撃ちます。戦斧と屠殺包丁と偃月刀は熱湯の威力に押されて弾き飛ばされますが、大身槍と丸太棍棒は吐き出される熱湯の勢いに負ける事無く噴泉亜竜に向かって飛んでいきました。
大身槍は噴泉亜竜の背を斬り裂きながら後ろに抜け、丸太棍棒は噴泉亜竜の眉間に命中し、苦痛でのたうちまわっている様です。
『……凍結!』
ファナさんが悶絶している噴泉亜竜に長杖を向けて魔法を唱えると、その巨体の周囲と体表が霜で真っ白になりました。それにより殊更に藻掻き苦しんでいる様子で、やはり凍結は効果があるみたいです。
「ヤバい、アイツ熱湯吐きそう!」
瓦礫の上のアンさんが叫ぶと同時に噴泉亜竜は首を振り回しながら熱湯をまき散らしました。わたくし達は物陰に隠れます。
「うわぁ!?」
マーシウさんがまともに熱湯を浴びてしまった様で、悲鳴を上げます。
「マーシウ!」
シオリさんがマーシウさんに駆け寄りますので、わたくしはそれを援護します。
『魔剣たちよ敵を討て』
噴泉亜竜を首領の剣で指し示すと、戦斧と偃月刀、そして屠殺包丁の"骨砕き"は放物線を描いて飛び背中に刺さり、"肉削ぎ"と大身槍は左右の脇腹を突き刺します。
(くうぅ……流石に消耗が激しいです、身体の力が抜ける様な――)
わたくしが首領の剣を鞘にしまうと、魔剣達は煙のように消えました。その隙に噴泉亜竜は転がるようにして温水溜まりの中へ逃れ、潜って行きました。
(マーシウさんは?!)
わたくしがマーシウさんに目をやると、立ち上がって手を上げていました。
「大丈夫だ。なんか知らんが大して熱く無かったから助かったよ」
シオリさんもマーシウさんの身体を確かめて「大丈夫そうね」と言っています。
(わたくし達の攻撃で傷を負ったからでしょうか?)
マーシウさんの無事を確認していると、再び温水溜まりに泡が沸き立ちます。
「また来るよ!」
アンさんが叫ぶと、噴泉亜竜は岸から少し離れた位置で水面から首を出し、頬と喉を膨らませるました。
「熱湯……え、あたし?!」
瓦礫の上に向けて噴泉亜竜が熱湯を吹き掛けます。アンさんは飛び降りて躱しましたが、物陰から悲痛な叫び声が聞こえました。
「アン!」
ディロンさんがアンさんに駆け寄るのが見えました。今、自由に動けるのはわたくしの様ですから、瓦礫に登り噴泉亜竜の動きを監視します――流石に向こうも警戒している様で岸に上がろうとせず泳いでいます。
「アンが火傷だ。かなり酷い!」
(熱湯の温度が下がっていたのでは?!)
温水溜まりの中に入る事で温度を回復させたのでしょうか? ということは、身体が冷えると熱湯を体内で作れないとか? 凍結の魔法が有効なのは間違い無さそうです。
シオリさんがアンさんの元に駆け付けたので、わたくしがファナさんの護衛に付きます。
「ファナさん、凍結はあと何回位唱えられそうですか?」
ファナさんは少し考えて指を折ります。
「多分一、二回……かな。やっぱ稲妻や火球より断然魔力を消耗するからね」
「ファナ、こっちに来てくれ。レティ、マーシウと協力してヤツの注意を引いて欲しい」
ディロンさんが叫んでいます。わたくしとファナさんはお互いに頷いて分かれます。
(何か牽制出来るようなものがあれば……あまり沢山召喚すると消耗が激しいので宜しくないですね)
『……出でよ四〇人の盗賊』
わたくしが首領の剣を抜いて上にかざすと、光る紋様が宙に現れ、そこから直径二〇センチ程度の金属製の輪が四つ出現しました。それぞれ輪の外側が刃になっています。
「これは……確か西方大陸の投擲武器、戦輪?!」
戦輪はそれぞれ宙に浮いたまま回転を始めます。
(きっと、四〇人の盗賊十傑のうちの新しい方ですね?)
『魔剣よ敵を討て』
首領の剣を噴泉亜竜に向けると、戦輪たちはそれぞれ異なった軌道を描いて飛んでゆき、噴泉亜竜の外皮を斬り裂きます。噴泉亜竜の逃げ道を塞ぐ様に四つの戦輪が連携している動きです。
噴泉亜竜は藻掻きなぎら水中に潜って行き、戦輪はわたくしの近くに戻ってきて宙に浮いています。
「シオリさん、アンさんは大丈夫ですか?」
わたくしはこの隙にアンさんの容態を確認すべく声を張ります。
「アン姐の火傷、かなり酷いから大いなる癒しを使うわ。ごめんなさい、暫く支援できないかも――」
大いなる癒しは骨折や致命傷に成り得る深い傷も治療できる代わりにかなりの魔力を消耗します。秘薬づくりでシオリさんの大いなる癒しを何回も唱えて頂きましたが、その都度かなり消耗していました。
「わかりました、アンさんをお願いします!」
「レティ、俺はシオリとアンのフォローをする。ディロンとファナとでヤツを何とか頼めるか?」
わたくしはディロンさんとファナさんの方を見ます。二人とも頷いて手を挙げています。
「何とかしてみます、そちらも気を付けてください!」
(あちらから引き離すように動かねばなりません……今はわたくしが囮役ですものね)
こういう時こそ、わたくしの履いている風の靴の出番です。『……駆けよ風の如く』と能力発動の言葉を口にすると靴が淡く光り、軽やかに動けるようになりました。
(しかしこれも僅かずつですが魔力を消費しますので、魔剣と長時間の併用はできませんね……)
「レティ、そこの遮蔽物の無い辺りへなんとか奴を誘導してくれないか?」
ディロンさんの声が耳元で聞こえます。わたくしの近くには瓦礫が無い平坦な広場の様になっている場所があります。
(これは声のみを対象の耳元へ届ける精霊魔法、風精の囁き?)
ディロンさんに手を振って応えていると、再び温水溜まりが「ボコボコ」と泡立ちました。わたくしは噴泉亜竜の囮になるためにその広い場所に立って出現を待ちます。




