第一一〇話「噴泉亜竜」
アンさんが瓦礫に登って周囲を伺っています。壊れてない通路の様な場所を見つけたというので、そちらに向かう事になりました。しかしそれがあるという場所はここの凡そ反対側なので、このちょっとした村程の広さがあるこの区画を横断しないといけません。
「この区画って元々は半球形だったっぽいね。外周丸いし、屋根も崩れて無い部分を見るとそんな感じの形してるし」
見通しが悪くて分かりにくいですが、瓦礫に登って見渡したアンさんの言う通りだとするなら、ここは元々大きな一つの空間だったという事でしょうか?
(……何の為の、でしょう?)
そんな疑問が浮かびましたが、今は思索よりも行動する時だと思い直して歩きます。
「ここの区画の真ん中は、なんか深そうな温水溜まりみたい……ここの形に合わせた円形のね。ざっと直径二〇〇メートル以上はあるかな? そんな感じだから、どの道迂回しないと駄目だね」
(なるほど、ではここは水か温水を貯めておく施設だったのでしょうか?)
「きゃっ?!」
わたくしはついつい考え込んでしまい瓦礫に躓きました。
「レティ大丈夫?」
ファナさんが手を貸してくれて立ち上がろうとしますが、その時「ゴゴゴ」という音と振動で床が揺れ、ファナさんもバランスを崩してわたくしに倒れかかりました。
「ご、ごめんレティ」
「いえ、大丈夫です……今のは?」
すると激しい水音がして、温水が床を覆うように押し寄せてきました。床に温水が溢れて溺れてしまう可能性を考えて、皆で近くの瓦礫に登ります。幸い、温水はくるぶし程も行かない程度しか満たされず、すぐに引いて行ったので再び降りて歩けそうですが、温水の熱気で身体から汗が吹き出します。
「何あれ……」
瓦礫の上でアンさんが指差したのは区画中央の大きな水たまりです。そこには水面を盛り上げながらを移動する大きな何かが見えました。
「怪物か?! かなりデカい……」
マーシウさんは額に手のひらを翳して怪物と思しきモノを注視します。
すると、その大きなモノは「ボコボコ」と気泡を残して水底へ消えました。
「潜った? あんなのに襲われる前に抜けてしま……」
マーシウさんの言葉の途中で、わたくし達に一番近い水面に「ボコボコ」と大量の泡が沸き上がり大きな怪物が現れました。
「見つかってた!」
アンさんは弓を構えて皆に下がるようジェスチャーをします。
現れた怪物は大きなトカゲの様な……いえ、もっと相応しいものをわたくしは図鑑や絵物語でよく見知っています。
「ドラゴン!?」
わたくしも皆さんも一斉に口を揃えてその名を言いました。そしてそれは岸に上がって全体が顕になり、その名の通りの容姿であることが分かります。
四足歩行のオオトカゲに近い姿――背中の中心線に沿ってトゲが並び、短い首、大きな頭に大きな口で頬から下顎に掛けて柔軟そうに膨らんでいるのが特徴的です。そして体長は尾を除いても一〇メートルは有りそうです。長い尾まで含めると二〇メートル近いかもしれません。かつて戦った大海蛇よりも巨大に感じます。
その怪物はわたくし達を方を向いて近づいて来ました。
(捕捉されていますね……)
ディロンさんとシオリさんが身体強化の補助魔法を唱えます。アンさんは矢を番えて目を狙いますが向こうも動いた為に外れて矢は逸れました。
すると、こちらを向いたまま怪物は頬と喉を膨らませ、何かの液体を噴水の様に激しく吹き掛けて来ました。わたくし達は咄嗟に散り散りになってそれを躱します。
「熱っ……何だ!?」
盾で噴水を受け流したマーシウさんは思わず盾を取り落としてしまいました。
吐き出した液体からはもの凄い熱気と湿気を感じます。
「恐らくこれは熱水だ、飛沫だけでも火傷するかもしれん!」
ディロンさんが叫びます。
「この怪物は書物でも該当するものは見た事ないのですが、恐らく亜竜の一種です。熱水を吐く亜竜――差し詰め"噴泉亜竜"と言った所でしょうか?」
(伝説の存在である竜を連想する姿や形はしていても亜竜はあくまで知能や性質は獣と言われています。以前皆さんが戦った飛竜も亜竜に分類されています……)
再び怪物……噴泉亜竜の頬から顎が膨らみ、熱水が噴出されました。わたくしは瓦礫の陰に隠れますが、間近に熱湯の息吹が吹きかかり、発する蒸気だけでも熱いです。
「皆さん無事ですか?!」
仲間の安否を確認すべく声を上げて周囲を見渡すと……近くの瓦礫の陰にシオリさんとファナさんがいます。マーシウさんは落とした盾を回収していました。
(ディロンさんとアンさんは……)
『……石礫』
ディロンさんの精霊魔法です。瓦礫の破片が弾丸となり噴泉亜竜に命中して砕け散る音が幾つか響きます。そして、瓦礫の上ではアンさんが矢を番えていました。
「あたしらで取り敢えず注意を引くから、なんかいい手を考えてよ?」
そう言うとアンさんは物陰から乗り出して矢を放ちます。それは噴泉亜竜の背中に刺さりますが、意に介していない様でした。マーシウさんとわたくしはシオリさんとファナさんの所で集合します。
「退路が分からない、逃げるという選択肢は無いかもしれん……」
マーシウさんは険しい表情です。
「でも、あの巨体だしファナの魔法かレティの魔剣くらいしか効かなそうね」
「いけるよ、大イモリみたいな感じで凍結効きそうだし」
ファナさんは握りこぶしを作って不敵な笑みを浮かべます。
「わたくしも魔剣を複数呼び出します」
「レティ、無理しないでね?」
シオリさんは心配そうな表情でわたくしを見つめます。
「大丈夫です、それに今は多少無理してでも生き残らないといけませんからね」
わたくしがシオリさんに微笑みかけると、シオリさんはハッとしてから苦笑いしました。
「駄目ね私、いつまでもレティに背中を預けられないでいるなんて失礼よね……分かったわ、支援が要る時は言ってね?」
「はい!」
わたくし達の会話を聞いていたマーシウさんは「よし」と呟きます。
「ファナ、シオリと一緒にそこの瓦礫に登って隠れてくれ。他の皆はヤツをファナの攻撃魔法が当てやすい位置までおびき寄せて欲しい」
マーシウさんの指示で行動を開始しようとしたその時、噴泉亜竜は踵を返して中央の温水溜まりに潜って行きました。
「逃げた?」
アンさんは様子を伺う為に水際まで近づきます。暫くすると、水面かボコボコと泡立ち噴泉亜竜が水しぶきを上げて岸に上がりました。再び床に熱い温水が打ち寄せます。
その衝撃でファナさんとシオリさんの乗っていた瓦礫が一部崩壊してファナさんが滑り落ちます。シオリさんはそれを追いかけて瓦礫から降りました。
「ファナ!」
ファナさんとシオリさんが降りた場所は遮蔽物がありません。噴泉亜竜は二人を見つけると、頬と喉を膨らませました。
「シオリさん! ファナさん!」
わたくしは叫びますが今からでは間に合わず、見ている事しか出来ません。
『……大いなる護り!』
シオリさんが魔法を唱えると、吹き掛けてられる熱湯が光の壁で遮られ、しぶきを上げています。
「シオりん!」
「ファナ、物陰に!」
噴泉亜竜はシオリさん目掛けて再び熱湯を履く体勢になります。確かに、大いなる護りならば、物理的に噴射される熱湯とその熱気まで遮断することが出来ますが、かなりの魔力を消耗すると聞きますのでシオリさん一人ではいつまで耐えられるか……。
(わたくしに出来ることを!)
『牢よ開け、来たれ強者たちよ』
わたくしが首領の剣を噴泉亜竜に向けると、光る紋様が幾つも現れて魔剣達が出現しました。
戦斧、偃月刀、大身槍、屠殺包丁、丸太棍棒……五振りの強力な魔剣たちが揃います。




