第一〇九話「遺跡の奥へ」
貪食な大イモリを倒したわたくし達は、その体内から吐き出された魔術結晶が使用されていたであろう古代の仕掛けを探して周囲を探索します。
「まさか、貪食な大イモリが出てきた、そこの水没した階段の下とか言わないよね?」
アンさんが苦笑いしながら呟きます。
「その可能性も無くは無いですが……人骨や獣の骨が呑み込まれていたので、水から出て活動しているのでは……」
わたくしの考察を述べているとアンさんは可笑しそうに笑います。
「冗談だよ、分かってるって」
「す、すみません偉そうに講釈を……」
(冗談に対して真面目に返してしまって恥ずかしいです……)
「レティ、そういうとこは変わんないねぇ。お姉さんホッとするよ!」
アンさんはわたくしの頭をわしゃわしゃと撫でました。
「は、はあ……」
そんなやり取りをしつつ探索をしていきます。途中、貪食な大イモリに数度襲われますが、幸い先程よりも小さな個体ばかりだったので、マーシウさんとアンさんだけで対応出来ました。やはり、先程の個体はかなり特例だったようです。所謂「主」というものだったのかもしれません。
この遺跡の至る所から足元の床のヒビから温水が染み出して大小様々な水たまりになっていたり、かなりの面積が一~二センチ程度深さの温水に浸っている場所もありました。そのために熱と湿気が酷く、"乾燥"と"保温"の魔法を定期的に唱えるのも、長時間の活動になると魔力や精神力の消耗が結構馬鹿になりません。
この辺りは建物の中なのですが、屋根や壁が崩壊している場所も多く空や外の景色が見えます。しかし、湯気で視界はあまりよくありません。
そんな崩れた石造りの遺跡と床に湧き出す温水の水溜まりが延々と続きます。
――どんどん奥に進んで行くと、直径一メートル以上ある円柱の並ぶ広い通路に出ました。円柱や屋根は崩れていて空がよく見えます。風が入ってくるので湿気や熱気が飛ばされて少し楽です。
今まで瓦礫を乗り越える以外は高低差の無い建物でしたが、通路の奥は短い階段があり、その上には扉の無い部屋の入口の様なものが見えます。
「ディロン、精霊探知に反応は?」
マーシウの問いかけにディロンさんは「特に問題は無い」と応えます。
「アンとレティは先行して中を調べてくれ。俺たちもすぐに行く」
アンさんと視線を合わせて頷き、階段を昇ります。部屋の手前でアンさんが手のひらをかざして「待て」のジェスチャーをしたのでその場に姿勢を低くして待機します。
アンさんは、腰に差したカタナに手を掛けつつ部屋の中を覗き見ます。特に危険は無かったようで「大丈夫だよ」と手招きしてくれました。わたくしはアンさんの後ろから部屋を覗きます。
そこは直径五メートル程の広さの円形の部屋で、すり鉢状になっていて中央には台座が置かれていて、台座の中央に拳大のくぼみがあります。
「どうみてもアレだね?」
「の、ようですね……」
台座の窪みは貪食な大イモリが飲み込んでいた魔術結晶が丁度はまるくらいの大きさです。わたくしは皆さんにその事をお知らせして、全員揃うのを待ってから中に入ります。
「なんか、古代魔法帝国って言ってもこういう仕掛けって似たようなものばかりじゃない?」
ファナさんは苦笑いしてポツリと呟きました。
「それは、わたくし達の今の生活でも道具や設備ってだいたい共通の使い方ですからね。古代の魔術師もわたくし達と同じ人間という事でしょうか」
優れた道具も使う者がそうでなければ活かせない……セシィさんの秘薬のあった辺境の地下迷宮では、古代の仕掛けも結局単純な方法で解決しましたし。
道具は使うためにあるもの、どの様に使うのか……何の為に使うのか。それは古代も今も、そう変わらないと思うのです。
(どんなに文明が発展しても、人の根本的なものが必ずしも発展する訳では無い……ということですね)
「レティ?」
シオリさんに声を掛けられて、ふと我に返ります。
「すみません、少し考え込んでいました。ここに魔術結晶を置く……戻す、それでいいですね?」
わたくしの確認に皆さん頷きましたので、魔術結晶を台座の窪みに嵌め込みます。台座から楽器を鳴らしたような音が聞こえ、部屋の入口の壁が引き戸の様にスライドして閉じてしまいました。
「え、扉あったの?!」
アンさんは驚いて入り口があった壁に駆け寄り、叩いたり蹴ったりしましたがビクともしません。程なく部屋全体が振動を始め、身体受ける浮遊感を感じます。
(この仕掛け、これは……)
「昇降装置です、下に降りています!」
部屋自体が昇降装置というのは古代遺跡の地下迷宮でわたくしも何度か遭遇しましたので間違いないでしょう。
そんな事を考えているうちに昇降装置が停止して入り口の壁が再び開きました。
「ふう、閉じ込められなくて良かったよ……まったく人騒がせな」
アンさんは苦笑いして入り口から外を覗いています。
「さっきより湿気や熱気が多いな……」
マーシウさんがポツリと呟きました……確かに蒸し暑い空気が入り口から流れ込んできていました。
(普通は熱気は上に溜まるのですけど……)
昇降装置の外に部屋がありました。一〇メートル四方程度の四角い空間で、照明の仕掛けで外より明るいくらいです。
部屋の奥の壁に大きな金属板がはめ込まれていて、光る古代文字が浮かび上がっています。
(力、正しい、異常、戻る、魔力……炉? 魔力炉ですか、何でしょう?)
「なんかこっちに出口があるよ……」
アンさんが昇降装置の反対側の壁にある扉を開けると、どうやら通路が伸びている様です。すると、金属板が突然明滅を始めました。
「この文字は……異常、振動、衝撃、危険――ですね。何かが起きていますね、これは?」
光る文字の明滅と同時に、一定のリズムで不快な音が鳴り響いています。
「扉が閉まるぞ!」
アンさんが閉まりかけた通路への扉を抑えています。ディロンさんも身体を使って扉を抑えてくれています。わたくし達は慌てて扉の外に飛び出しました。
そうしていると、建物全体に振動が伝わってきました。わたくし達はとにかく通路の先へと進みます。途中で通路が崩れていて、広い空間に出ました。そこは瓦礫と温水が一面に広がる場所で、小さな村くらいは有りそうな広さです。
天井は大きく崩れていて、空が見えます。背後から大きな音と振動を感じてわたくし達は後ろを振り返ると、やって来た通路が何枚もの扉で閉じて行ってしまいました。
「参ったなこりゃ……前に進むしか無いか」
マーシウさんは険しい表情で頭を掻きながら目の前の景色を眺めます。
「まあ、空が見えてるならどこかから出られるんじゃない?」
アンさんはそう言うと、先行して瓦礫を降りて行きます。安全なルートを確認してからわたくし達を誘導してくれました。
下まで降りると――瓦礫が建物の様に視界を遮っていますし、地面も至る所が温水で水没していて、さながら迷路の様です。
「アンは周囲の索敵と登れそうな場所を探してくれ。レティは何か古代文字とか仕掛けが無いか調べてくれ」
「了解」
「分かりました」
マーシウさんは周囲を見渡してから指示を出しました。ディロンさんは既に精霊探知を使っている様です。
「どういう訳か分からんが、精霊達の声が聞き取りづらいな。何かに邪魔される様な……」
ディロンさんは怪訝な表情で周囲を伺います。
「生命探知も目の前位しか分からないわ。座標探知は全く機能してないし……」
その状況をわたくしは今まで読んだ書物から推察します。
「強力な魔力を持つ何かがあると、他の魔法や精霊に影響があると聞きます……何かそういう仕掛けみたいなものがあるのかもしれません」
「ふむ、有り得る話だ」
ディロンさんは険しい表情で辺りを見回しながら呟きました。
「じゃ、あたしの見せ場ってことね」
――アンさんは不敵な笑みを浮かべると、周囲を察知すべく瓦礫の上に登って行きました。




