第一〇七話「温泉の遺跡」
わたくしは"セレセレサ渓谷"という場所を訪れています。
イェンキャストから馬車で数日の場所にある"キャリシゥマ"という宿場街を拠点としてそこで準備し、そこから山岳地帯を数日歩いた場所にあります。
今回の仲間は、マーシウさん、アンさん、ディロンさん、シオリさん、ファナさんとわたくしといういつものメンバー構成です。
ここは渓谷の奥にある盆地の様な場所で、広大な遺跡群が点在しています。そして何より特徴的なのは、これらの遺跡群は水没して湿地帯になっていて、その水というのが温水……温泉なのです。
温泉といっても場所によっては水温にムラがあり、水と変わらない場所もあれば、素手で触れない程の熱湯の様になっている場所もあります。
どのくらい前から湧き出ているかはもう分からないそうです。この温泉は下流まで流れていて、わたくし達が経由したキャリシゥマという街ではこの温泉を利用した入浴施設が沢山あり、それを目当てとした人々で賑わっていました。
しかし、最近麓の温泉が急に熱湯になることが度々あり、その調査を冒険者ギルドとして受けたという事です。古代魔法帝国の遺跡群という事もあり、わたくしも同行しました。
「アンさん……これは?!」
「いやあ……絶景だねぇ」
早朝――わたくし達が長く曲がりくねった峠道を超えると、視界が開けて眼下には湯気の上がる広大な湿地帯に建物や柱などの人工物が転々と突き出しているのが見えました。
そして水面が鏡の様に青空が映り込んでいて、まるで絵画みたいな幻想的な光景です。アンさんはにこやかな表情でため息を何度もつきながら景色に見惚れています。
「確かに……これは凄いわね」
「うんうん、こんなの見たことのないよ……きれい」
シオリさんもファナさんも景色を見て感嘆を漏らしました。
「ふむ……マーシウ、ここからどうする?」
「そうだな、取り敢えず湿地帯の調査だが……先に、水没していない遺跡があるか見て回ろう」
マーシウさんとディロンさんは景色もそこそこに今後の方針を話し合っていました。
「アン、ディロン、先行して遺跡の建物を調査してくれ。古代の仕掛けは、下手に触れずレティに頼む事」
「ほい、了解。また転移装置とかごめんだからね――」
こうしてアンさんとディロンさんは先行し、わたくし達は周辺を調査しながら進んで行きます。
水没していない建物を渡りながら進んで行きますが、温泉の熱気でかなり蒸し暑いです。わたくしと術師の皆さんで生活魔法の"保温"と"乾燥"を活用して対策をしていますが、継続的に唱えると魔力を僅かずつでも消耗してゆきます。
わたくしは周囲の敵意を感知する魔道具「風の振鈴」を稼働させて周囲に近づくものが居ないかを警戒して進みます。なるべく水に入るのは避けていますけど、どうしても水に入って進まないといけない時は、ディロンさんの精霊魔法"水精の囁き"で深さや水の中の様子を探知して進みます。
そうやって進んで行くと、崩れかけた建物の中に水没してしまっている下り階段を見つけました。階段は幅が三メートル程ある大きなものです。
「……ふむ、かなり深く下の様子は分からんな」
ディロンさんの"水精の囁き"の探知範囲よりも下に伸びている様でした。
「まさか潜る訳には……ねえ?」
アンさんが苦笑いします。
「水中行動できるように水精の加護を唱えてやるから、調べに行くか?」
ディロンさんが真顔でアンさんに言っていますが、アンさんは「冗談キツイね」と苦笑いを浮かべます。――その時、急にディロンさんは水没した階段を睨むように見つめます。
「何か来るぞ、大きい……」
わたくしの風の振鈴には反応がありません、そうです、水中には効果が無いのです。
「皆、戦闘準備だ!」
マーシウさんは盾を構えて剣を抜き、アンさんは弓と矢を構えます。わたくしはファナさんとシオリさんの前に立ち、首領の剣を抜いて何時でも魔剣を召喚出来る様に構えます。
「支援魔法行くわよ?」
「いや、正体が分からん……姿を見てからにしよう」
シオリさんとディロンさんがそんなやりとりをしていると、階段の下から気泡がボコボコと沸いて来て水面が盛り上がり、大きな何かが顔を出しました。
それは大きなトカゲの様ですが馬や牛より大きく、トカゲと違って肌は滑りの様なもので光沢があります。わたくしは自分の知る知識の中から該当しそうな怪物を思い出しました。
「恐らくは、貪食な大イモリですね。生き物は何でも飲み込もうとする大イモリらしいです……けど、書物に書かれていたのは精々大人の男性程の大きさという事でしたが――これは?!」
水没した階段の下から出てきて水面から身体を露出させたそれは、暗い茶色とくすんだ緑のまだら色のヌメヌメした皮膚――しかも、この様な温水に棲息出来るというのは文献でも読んだ覚えはありません。
貪食な大イモリは水面を盛り上げながら大きな口を開けて飛びかかって来ました。マーシウさんは盾を構えてシオリさんやファナさんディロンさん達、術師の方々を庇います。
アンさんは弓を構えながら距離を取りました。わたくしもアンさんに付いて行き同じく距離を取ります。大型の怪物には強い魔剣を呼び出す必要があり、アンさんの様な間合いが適切だと判断したからです。
(四〇人の盗賊十傑でしたか……お名前を伺った方ならば、応じて下さいますか?)
わたくしは地下迷宮で大ヤモリを倒した方のお名前を思い出します。
『牢よ開きて出でよ、大身槍のギルタ』
首領の剣をかざして貪食な大イモリを指すと、わたくしの目の前に直径一メートル程の光る紋様が現れ、そこから大身槍が出現しました。
「有難うございます、あれと戦って頂けますか?」
大身槍は「ブンブン」と風を切ってその場で回転すると貪食な大イモリに向かって飛んで行きました。
しかし、貪食な大イモリは再び温水に潜ります。大身槍は水面すれすれで踵を返してわたくしの元へと戻りました。
「水の中だし、稲妻で一発じゃん?」
ファナさんは鼻息荒く長杖を振りかぶります。
「ファナ嬢、我らの足元も水辺だ、巻きこまれて感電するぞ?」
ディロンさんは冷静に言います。
「あう……そうだった! 火球も、これだけ湿気が多いと威力が出るか分かんないし……ここは、新しく使えるようになった魔法を……」
ファナさんは新しい魔法を唱える様です……。
 




