第一〇六話「意外な事実?」
――久々におさんぽ日和ギルドメンバー全員が集まったので宴会になっていました。わたくしは皆さんの輪の中にウゥマさんとハイトさんが居られなかったので空いた食器を片付けながらキョロキョロとしていました。
『やはり、皆さんと一緒に居ると楽しいですわ。このギルドに入るまではこういう仲間はいませんでしたから』
『そうなんだけど、僕は騒がしいのが少し苦手かな。まあ傍で見ているのは楽しいからこの位の位置が心地良いのだけどね』
不意にそんな辺境語の会話が聞こえました。振り向くとカウンターに座ってウゥマさんとハイトさんがお酒を呑んでいました。
(お二人とも辺境語で会話を……そういえば、わたくし辺境語を覚えてからウゥマさんとお会いするのは初めてです)
『ウゥマさん、辺境語だととても丁寧な言葉遣いされるのですね?』
わたくしはウゥマさんに辺境語で話しかけてみました。するとお二人とも驚いた表情でわたくしを見ました。
「オマエ、コトバワカルカ?」
ウゥマさんは戸惑いながら帝国公用語で返されます。
『日常会話くらいですけど、大丈夫です。辺境語でいいですよ』
『レティさん、ありがとうございます。私は帝国公用語がどうも慣れなくて……』
やはり、ウゥマさんの言葉遣いは今までお会いした辺境の方々の中でもとても丁寧な言葉遣いに思えます。
「驚いたよ、レティ君が辺境語を習得していたなんてね」
わたくしはハイトさんに、以前辺境を旅した時に砂嵐で遭難して助けられて、近くの集落にお世話になった時に教わったという経緯を説明しました。
「なるほどそんな事が……」
「それに、辺境語と古代語は似ている所がとても多いのでわたくしとしては、とても有用なのです」
『言い伝えでは、我が民は古代には魔法帝国に隷属されていたと言います。そして、貴方がた帝国の民が辺境と呼ぶ我が故郷はかつて魔法帝国の中心部だったとも』
わたくしは初めて耳にする情報にハッとします。
『ウゥマさん、辺境の……失礼しました、あの地域の民はその言い伝えは皆さんご存知なのですか?』
『辺境とお呼びになって結構です――これは、各部族の長の血筋にのみ伝わる伝承です』
確かに、辺境には様々な地下迷宮や転送装置などの古代の仕掛け、浮遊大陸など古代魔法帝国の遺物が沢山ありますから、そういう事であっても不思議では無いでしょう。
『ということは、ウゥマさんはその……やんごとない血筋の方なのですか?』
わたくしが尋ねると、ウゥマさんは立ち上がり両手を交差させて頭をさげて一礼し、顔を上げます。
「これは辺境の民の最敬礼です」
ハイトさんが横から註釈を入れてくれました。
『私はウゥマ・ヲチャ・テヤル。ヲチャ氏族最後の族長です。我が氏族は魔獣との戦いでその殆どが壊滅しました。族長の娘であった私と弟だけが生き残り、長子である私が族長となりました』
『まあ、族長様でしたのね……今まで、御無礼しました』
わたくしは淑女の礼で返礼しました。
『いえ、もはや弟二人だけですので族長というのも滑稽ですわ。私は一介の冒険者、これまで通り接してくださいませ』
ウゥマさんは微笑んで右手を差し出します。わたくしもその手を握り返して微笑みました。
『弟さんが居られると仰いましたけど、今はどちらに?』
『弟はヤイ・ヲチャ・イァッテと言います。帝国や辺境で冒険者を営んでいる、とは聞いています。たまに伝書精霊はくれますけれども、もう何年も会っていません』
(ヤイ・ヲチャ――ええっと、聞き覚えがあるお名前です)
わたくしは記憶を遡ってみました。
『ああ! そうです、わたくしヤイ・ヲチャさんとお会いしています!』
親友セシィの病を治す秘薬を求めて辺境を旅した時に、かつてわたくしが転移追放された地下迷宮の奥深くで助けて頂いた三人の凄腕冒険者のお一人がヤイ・ヲチャさんと名乗っておられました。その事をウゥマさんにお伝えしました。
『確かに、我が弟のヤイ・ヲチャです。弟は私よりも精霊術師としても戦士としても実力はかなり上ですが……まさかそのようなご縁があるとは、不思議ですね』
『確かに、ディロンさんやウゥマさんよりも高位の精霊魔術をいとも容易く使っておられました』
(あの旅ではセシィの護衛騎士ガーネミナさんの弟さんにもお会いしましたから……縁とは本当に不思議です)
『レティに弟の話を聞いて、久しぶりに会いたくなりました。弟にハイトの事も紹介したいですしね――』
『ハイトさんを?』
わたくしが「えーっとそれは?」と戸惑っていると……。
「あれ、言ってなかったかな? 僕らは夫婦になったんだよ」
初耳です、全く聞いていませんでした――でも、言われてみればずっとお二人で行動しておられました、わたくしがそう言う事に無頓着なだけかもしれませんけれど。
(わたくしは元々は貴族の娘ですので、結婚というものは家同士の利益の為だと思っていました――何かの意図があって縁を結ぶ、その為に嫁ぐのが貴族の娘の役目だと……わたくしはその意味では役立たずでしたが)
貴族の様に家名を背負わない平民の方々は好き合った男女が夫婦になる事が多いと聞きました。でも、わたくしにはその「好き合う」という感情はまだよく分かりません。
(身近で年の近い男性というと、マーシウさんやディロンさんになりますが……仲間として人間として尊敬はしていますし信頼もしています。長旅も一緒にしていますので共に暮らしている様なものなのですが……)
なんでしょう……お二人とも、感情的にも「仲間」「友人」という以外言い様がありません。
わたくしはいずれ自分の店を持つ――ということは自らの鑑定士としての家名を持つということになると思います。ラルケイギア子爵家ではない……家名。ロズヘッジはガヒネアさんから仮に名乗らせて頂いている様なものですから、いずれは独立しないといけませんよね。
(魔道具鑑定士として名を成す……というのは大げさなのかもしれませんが、根無し草では信用してもらえないでしょうし……そうなると、どなたか良いご縁の方と所帯を持って……それもどうなのでしょうか?)
――機会を見てガヒネアさんに相談してみるのもいいかもしれないですね。まさか、ハイトさんとウゥマさんのお二人が夫婦になられた事で、こういうことを考えるいい機会だったのかもしれません。もういつの間にか、わたくしも二〇歳を過ぎていますし……。
(でも、ガヒネアさんもご結婚されていませんでしたし……相談しても大丈夫でしょうか?)
その前に「もっと色んなものを見聞きしろ」とガヒネアさんに怒られそうな気もしますので、まだまだ今の生活が続きそうだと思いながら、夜も更けていきました――。
第四部「鑑定令嬢の日常編」終




