第一〇五話「腕相撲大会」
――今日も他のギルドから出張鑑定依頼がありました。幾つかのギルドを訪問し、薔薇の垣根のガヒネアさんに報告もあったので帰路につく頃にはすっかり日が落ちていました。
(酒場のお手伝いに遅れました……申し訳ないです)
イェンキャストの街中、飲食店や宿屋が集まる区画に冒険者ギルド酒場が点在しています。その一つがわたくしのギルド、おさんぽ日和の本部である酒場"小さな友の家"があります。
道々すれ違うほろ酔い気分の冒険者の方々がわたくしに「よお鑑定のお嬢!」「また頼むぜ」などと声を掛けてくれるので、わたくしも「また鑑定依頼お願いしますね」と笑顔で返せる様になった事を自分でも感心しながら小さな友の家の勝手口の扉を開けました。
「ああ! くっそー……」
「マーの字、まだまだだな」
店内に響く大きな声、確かマーシウさんとサンジュウローさんの声です。わたくしは厨房を抜けて店内を見ると、二人掛けテーブルを挟んで腕組みをしているサンジュウローさんと悔しがっているマーシウさん、そしてそれを囲む様におさんぽ日和所属の冒険者の皆さんが座っていて、さながら宴会の様になっていました。
「これは……一体?」
「おお、レティお帰り」
厨房と隣り合ったカウンターに座っているギルドマスターのドヴァンさんがわたくしに声を掛け、隣に座る様にわざわざ椅子を引いて促して下さいました。わたくしは恐縮しながら座って今の状況について尋ねました。
「今日は珍しく我がおさんぽ日和の冒険者全員が本部に戻ったんでな、こうして自然と宴になっておるのだよ」
ドヴァンさんはにこやかな表情で教えてくれました。
「宴は分かりましたけど、マーシウさんとサンジュウローさんは一体?」
「ああ、あれはのう……お、次はアンとウゥマじゃな?」
わたくしがドヴァンさんと話してる間にテーブルを挟んでアンさんとウゥマさんが睨み合っていました。
「え……そんな……」
お二人とも表情が戦いの時のそれです。鋭い目つきと漲る気迫がわたくしにも伝わります。
「あんたに負けてらんないんだ、あたしの勝負はこのあとだからね……」
「ワレ、マケナイ。コンドはカツ」
アンさんとウゥマさんはそんな事を言いながら顔を突き合わせて睨み合います。ウゥマさんの方が頭半分ほど背が高いのでアンさんは下から見上げる様に睨んでいました。
「ドヴァンさんこれは……」
するとアンさんとウゥマさんはゆっくりとテーブルの上に右肘を付いて握り合い、左手でテーブルの端を掴んで力比べを始めました。他の皆さんはお二人に声援を送っています。
「腕相撲じゃよ。たまにこうして勝負しとる、まあお遊びだから心配せんでもいいぞ?」
アンさんとウゥマさんは女性同士とは思えない唸り声を上げながら青筋を立てて白熱した力比べをしています。暫く拮抗していましたが、徐々にアンさんが優勢になり、ついにはウゥマさんの手の甲がテーブルに付きました。
「っしゃあ!」
「ク……サスがダナ、アン。ワレノマケ」
ウゥマさんが手を差し伸べてアンさんはそれを「いい勝負だったよ」と言い、握り返します。
「なんというか……凄いですね」
「やはり前衛を務める戦士というのは腕力が自慢ということでな、同じ仲間同士でも誰が一番かは気になるそうじゃ」
アンさんはシオリさんの休息の魔法を受けて疲労を回復しています。
「おいアン子、ちったあ出来るようになったか?」
サンジュウローさんは腕組みをしてテーブルの前で待っています。おさんぽ日和で白兵戦に関しては一番の戦士と皆さんおっしゃいます。
「今日こそ勝つ!」
アンさんは関節を伸ばしたり頬を手のひらでパシパシと叩いて気合いを入れます。サンジュウローさんは余裕の表情で先にテーブルに肘を付いて構えています。アンさんもそれに倣いました。お二人は深く息を吸いきり「フン!」という声と共に力の限り腕を押し合います。
「ほう……腕を上げたな……アン子」
「いつまでも負けてらんないから……ね!」
アンさんはより一層力を込めて勝負に出るようです。
「その意気やよし、だがな……」
サンジュウローさんの腕や首筋、肩の筋肉が更に盛り上がるのがわたくしにも分かりました。気迫がびりびりと伝わってきます。程なく、アンさんの手の甲がテーブルについてしまいました。
「どぁぁチクショウ!」
アンさんは汗だくで苦笑いしながら腕を振っています。
「ひゅう……楽しかったぜアン子」
サンジュウローさんはゆっくり立ち上がり、わたくしとドヴァンさんが座っている所に来られて片膝を付きました。ドヴァンさんは立ち上がるといつの間にかメイダさんが持ってきたお酒の瓶を受け取り、サンジュウローさんに両手で差し出します。
「古来からの慣わしにより、闘技の勝者には美酒を与える……儂のとっておきじゃ、美味いぞ?」
サンジュウローさんは恭しく受け取ると立ち上がって酒瓶を掲げました。皆さん拍手を贈っています。
「お嬢帰ってたのかい? 久しぶりだな!」
その時サンジュウローさんはわたくしに気付いて近づき、置いてあった空のカップにお酒を注ぎます。
「俺の奢りだ、呑んでくれ」
そう言うとわたくしの前にそのカップを置き「ガハハ」と笑いながら上機嫌で他の皆さんにもお酒を注いで回っていました。
「あ、レティお帰り!」
ファナさんとシオリさんがわたくしに気付いてこちらに来ました。シオリさんはわたくしの前に置かれたお酒の入ったカップに気づきます。
「え、レティ?! これ……」
「今しがたサンジュウローさんが注いで行かれたので……飲んでませんよ?」
シオリさんは胸を撫で下ろすような溜息をつきました。
「これは儂が頂こうかの」
ドヴァンさんがカップを取り、一口含むと「うんうん」と満足そうに頷きました。
「レティお腹空いてるでしょ? こっちこっち!」
ファナさんに腕を引かれて皆さんの居る席へ連れて行かれました。そこにはマーシウさん、アンさん、ディロンさん、サンジュウローさん、ウェルダさんがテーブルを囲んでお食事されていました。
「ああ、レティお帰り」
ジョッキ片手に笑顔で迎えてくれるマーシウさん。
「レティ、またサンちゃんに負けちまったよう……こうなりゃヤケ食いだ」
悔しそうな表情で骨付き肉を両手で持っているアンさん。
「アン、貴女は勝とうが負けようがどうせ沢山食べるんでしょう?」
涼しい表情で大皿から山盛りにお料理を取っているウェルダさん。
「ガハハ、まあまあ賞品の酒を分けてやるからよ、呑もうぜアン子!」
笑いながらアンさんのカップに先程のお酒を注いでいるサンジュウローさん。そして物静かにお酒を呑んでいるディロンさん……これだけ揃ったのは二年振りくらいでしょうか、でも皆さん毎日会っているかのように変わらず仲が良いです。わたくしもシオリさんとファナさんと共にこの輪に入って楽しくお食事をしました。
――そして、食事も一通り落ち着いて、まだお酒を呑んでいる方やお話をしている方に分れています。わたくしは空いた食器が気になって少しずつカウンターに下げていました。
(そういえばウゥマさんとハイトさんはどちらに?)




