第一〇三話「虹彩の雫」
――とある日の夕刻、わたくしはいつものように薔薇の垣根のでの仕事を終えてからおさんぽ日和のギルド酒場"小さな友の家"で給仕の仕事をしていました。その日は何事も無く夜も深まり閉店です。
「レティ、お疲れ様。賄い食べましょう」
「お疲れ様です、お腹空きましたね」
メイダさんは本来は斥候兵なのですが、普段はギルドの事務や受付やギルドマスターの護衛など裏方をしています。更に酒場の方でも給仕長として色々指示を下さいます。
(何でもこなされるメイダさんはいつ見ても凄いですね……)
いつもわたくしは一人か他のスタッフの方と賄いを食べますが、今日はお客様も少なくてスタッフの皆さんも早く上がられたので珍しくメイダさんと二人で賄いを頂きます。
「あの、メイダさん。前から伺いたかったのですけれど……斥候兵の仕事の時に髪色が変わるのは一体どういう?」
普段のメイダさんは長く綺麗な黒髪なのですが、以前侯爵に捕らえられたわたくしを牢から助けて頂いた時は斥候兵姿で髪は銀髪になっていました。
「ああ、あれね。私は冒険者になる前は……あまり人に褒められる仕事をしていなかったの。だから普段はまあ、いわゆる変装しているのよ。昔の私を知る人間が何処に居るか分からないからって、マスター・ドヴァンから頂いたのよ」
そういうとメイダさんは自分の胸元からペンダントを取り出して見せてくれました。
「魔術結晶……魔道具ですか?」
ペンダントにはまっている魔術結晶は緑色に淡く光っています。メイダさんはペンダントを指でリズムを刻むように「トントン」と触れます。すると……。
「あ……メイダさん?!」
メイダさんの長い黒髪が一瞬で銀髪に変化しました。
「こっちが元々の髪色なの」
魔術結晶のペンダントに目をやると光が消えていました。ということは普段は常に発動させていて、今の操作で効果を止めたということでしょうか。
「それは……虹彩の雫ですね? 魔法帝国時代に貴婦人のあいだで流行した髪色を変える装飾品――魔道具です」
メイダさんは少し驚いてから微笑みました。
「流石ね、その通りよ」
メイダさんはまたペンダントに指で「トントン」とリズムを刻みます。すると、髪色が赤、青、薄紅、金、そして黒に戻します。そして胸元に仕舞おうとしていますが、わたくしはそのペンダントを目に焼き付けようとじっと観察します。
「レティどうしたの……あ、これ?」
メイダですペンダントを外して「はい」と渡してくれました。
「どうぞ鑑定士さん。なんなら試してみたら?」
「いいんですか?!」
わたくしはペンダントを身に着け、メイダさんに使い方を教わりました。
「効果の発動が"トントトントン"で髪色変えるには"トトントン"ね。虹彩とか言ってるけど実際は五色よ」
わたくしがペンダントを指で教わったリズムで軽く叩くと、髪になにか暖かい風が当たる感覚がしたので自分の髪を見るとわたくしの栗色の髪が赤く変化していました。
「凄い、本当に変化しますね!」
「赤、青、薄紅、金、黒の順で変化するわ。黒の次はまた赤に戻る感じね」
メイダさんは手鏡を渡してくれました。わたくしは「トトントン」とペンダントを指で叩きました。また髪に「ふわっ」と暖かい風を感じると髪が青に変っていました。
「これは……シオリさんみたいです!」
シオリさんの青い髪は神秘的で少し憧れがあったので、わたくしは手鏡や顔の角度を変えてじっくり観察します。
「レティ、シオリの髪色憧れてたの?」
「え、あ、その……」
ズバリ言われるとなんだかとても恥ずかしくなり俯いてしまいます。
その時、酒場の扉が開きます。
「お腹空いた〜」
「すっかり遅くなってしまった。飯を食べ損ねてしまって……なんか残ってないか?」
ファナさんとマーシウさんが入って来ました。確か今日は早朝から他のギルドへのヘルプで出掛けていました。
「あれ? メイダ誰その人……」
(ファナさん、わたくしに気付かないのですか?)
俯いているのでファナさんはわたくしと分からないみたいです。
「あら、フフ……」
「こんばんは! まさか何かの依頼主とか? シオりんとおんなじ青い髪だね。東方大陸の人?」
(ええ?! メイダさんわたくしだと説明して下さらないのですか?)
ファナさんはわたくしだと気付いていない様子で駆け寄ってきて話しかけています。
「ファナ、失礼だろう! すみません……」
(ああ、マーシウさんまで気づいていないみたいです……なんだか恥ずかしくて増々自分だと言いづらくなってきました……)
「えーでもこの人ずっと俯いてて……具合悪いの? 大丈夫?」
ファナさんは俯いているわたくしの顔を覗こうとしゃがみます。その様子にメイダさんは笑いを堪えていました。
(メイダさん笑っていないで助けてください……)
「あ、シオりん! この人具合悪いかもだからちょっと診てあげて」
「帰って早々何を騒いでるの?」
そうです、シオリさんも一緒にヘルプに行かれてたのでした。シオリさんの足音がこちらに近づいて来ます。
「大丈夫ですか? 私は治癒魔術師ですのでちょっと診させて……え、レティ?」
シオリさんがわたくしの名前を呼んだので不意に顔を上げます。
「レティじゃない? どうしたのその髪……」
「ああ〜レティだ!」
「マジか、全然気づかなかった……」
メイダさんは堪えきれず笑いだしています。
「すみません……メイダさんの魔道具を見せて頂いて、試している時に皆さんが帰って来られて恥ずかしくなってしまって……」
「教えてくれてもよかったのに~」
ファナさんは頬を膨らませています。
「ごめんなさいね、だってあなた達本気で気付かないからおかしくてつい……」
(メイダさんやはり敢えて黙っていたのですね……)
「でもシオりん、ひと目で気づいたの凄いねぇ」
「二人共何で気付かないのよ? 服、髪型、この時間に小さな友の家にいる、メイダの態度……髪色以外レティしか有り得ないでしょ?」
「確かに言われてみればそうだな……シオリのような青い髪は帝国では珍しいからその印象に引っ張られてしまった、情けない……すまないレティ」
マーシウさんは深刻な表情でわたくしに頭を下げます。
「マーシウさん?! いえ、そんな……頭を上げてください、ただのお遊びじゃないですか?!」
「マーシウ真面目過ぎ!」
わたくしはペンダントの効果を止めてメイダさんにお返しします。
「まさか、お借りした事でこんな騒ぎになるとは思いませんでした……すみません」
「いいんじゃない? みんな楽しんだし。ふざけ合える仲間は得難いと思うわ」
(そうですね……メイダさんの言う通り、多少の事でも笑い合える仲間――これもわたくしの大切なものです)




