第一〇一話「ある雨の日、ギルド本部にて」
――わたくしの住むイェンキャストは今、雨が多い時期です。ここ数日しとしとと雨が降り続いていました。こんな時期は冒険者の方々はここぞとばかりにのんびりと休まれる方が多いようです。
お陰でわたくし共の冒険者ギルドおさんぽ日和の経営する酒場"小さな友の家"も連日盛況です。その為、お料理の食材の仕込みをいつもよりも沢山しないと追い付きませんから、雇いの調理人や給仕の方だけでなく本部に滞在していて手空きのメンバーも手伝っています。
今日の昼食の営業が終わり、休憩の後に夜の分の仕込みをしています。他の皆さんがお酒や食材を仕入れに行っておられる間、わたくしはウェルダさんと一緒にひたすら袋に入った大量の豆の皮を剥いて中身を取り出す作業をしていました。
「これ、どれだけあるのかしら? もう指が豆臭くて……」
わたくしは頭に三角巾を被りエプロンを着けています。ウェルダさんも金色の長髪を大きな髪留めで括ってポニーテールにし、その上から三角巾を被ってエプロンを着けていました。容姿端麗な方が庶民的な格好をしているのは少し面白いですが、ご本人に言うと恥ずかしがられると思うので黙っておきます。
「この前の農場からの依頼で、畑を荒らしていた大猪退治をしたお礼に、その猪肉と一緒に農場で採れた豆をたくさん頂いたみたいです」
「ああ、それで大量の豆が……まあ有難い話だけどね。でもこの豆は何に使うの?」
ウェルダさんは喋りながら皮から豆をプチプチと取り出して木のボウルに入れて行きます。
「これはシチューとか、あとマスターのリクエストで豆の塩ゆでを作ったらそれがとても好評だったとか――」
わたくしもプチプチと豆を取り出します。
「ああ、あれね。確かに美味しかったわ、エール酒にとても合うから食べ過ぎちゃって怖いわ……」
「美味しいですよね、塩茹で豆。エール酒に合うのですか?」
わたくしは素朴な疑問として聞きましたが、ウェルダさんは怪訝な表情をされました。
「レティ、貴女はエール酒は……」
「え? あ、わたくしが飲みたいとかではなくて、今度魔剣にお酒を備える時に一緒に置いてみようかなと……」
(わたくし、お酒が好きな人のお気持ちがよくわからないのでこういう話題は参考になります)
「ああ、四〇人の盗賊だったかしら? なんか不思議よね、魔剣がお酒を呑むなんて」
「そうですね、わたくしも四〇人の盗賊以外にはそういう話しは聞きませんから……」
ふと会話が止まり、わたくしとウェルダさんは無言で豆をプチプチと剝いています。今度はわたくしが話題を探して話しかけてみます。
「ウェルダさん、他の皆さんはどうされているのですか?」
「サンジューローは他のギルドのヘルプに行ってるわ。彼、結構引く手あまたなの」
「サンジューローさん、お強いですからね」
以前マーシウさんが言ってましたが、サンジューローさんはおさんぽ日和では最年長で、戦士としての実力も一番だと。
「雨続きだけど、地下迷宮に行ってるらしいから、まあ大丈夫でしょう」
ウェルダさんは話しながら、豆でいっぱいになった木のボウルを新しいものと交換しました。
「ハイトさんとウゥマさんは辺境ですか?」
「どうなのかしら、ハイトは近場に行くって旅立って結局辺境に行ったり遠出になってることがあるから。まあ、この間一旦戻るって伝書精霊が届いたから、近々帰ってくるでしょう」
ハイトさんは生物学と魔物学を研究していてウゥマさんは元々辺境出身ですし、魔物などの知識にも長けていますからよく一緒に行動されているようです。
「辺境には沢山の古代遺物があるのでわたくしも辺境は詳しく探索したいのですが、何分物騒ですので……」
「私はまだ行ったこと無いけれど、聞く限り相当大変そうね……」
ウェルダさんは苦笑いしながらプチプチと豆を剝きます。わたくしも同じくプチプチと剝いて行きますが、ウェルダさんの方が手際がいいのか、木のボウル一つ分差が開いている事に気づき自分の不器用さを目視で確認する羽目になりました。
「レティは本当に凄いわね。冒険者でも無かった時に、いきなり辺境の地下迷宮に転移されて無事に脱出したし」
「いえ、あれは奇跡的にマーシウさん達と出会えたからで……」
「でもシオリから聞いたわ、貴女の知識が無ければ脱出出来なかったって。私では無理だと思うわ」
(極端な謙遜は相手に対して失礼――でしたよね)
「わたくし、ウェルダさんみたいに豆をそんなに早く剥けませんから……」
「え、そこ? まあ昔から小手先には自信があるけど、騎士学校でよく戦技教官には"小手先の技に頼るな基礎基本を磨け"と怒られたけどね」
ウェルダさんは少し照れたような笑みを浮かべながらプチプチと豆を剥いています。
「レティの豆剥きが遅いのはそういうとこじゃない?」
ウェルダさんはわたくしの手元を指さしました。わたくしはすっかり手を止めていることに気付きます。
「あ……すみません」
「レティは見る事や考える事に重きを置いているんでしょうね。それはやはり、料理人ではなく鑑定士に向いているという事なのかもね」
わたくしはそう言われて少し照れてしまいます。
「ありがとう、貴女がそんな優しく素直な人だから――私はこうして今こうして雨の日に豆剥きをしながら貴女と雑談ができるのね」
やはりプリューベネト侯爵とわたくしの事を……侯爵の姪であったウェルダさんはずっと気にされているのですね。
「……わたくしと侯爵の事はウェルダさんには関係ないですから。今、わたくしは鑑定士レティ・ロズヘッジで貴女は冒険者ウェルダ・ウェウェルですよね?」
ウェルダさんは「フフフ」と声にして笑いました。
「そうね、そうよね――って、豆がもう無いの?」
ウェルダさんは豆の入っていた袋をさかさまにしてもう入っていないか確かめます。
「かなり剥きましたからねぇ……」
――そうしていると店の扉が開いてギルドマスターと秘書のメイダさんが帰ってきました。お二人とも両手で荷物を抱えています。雨は小降りだったそうで、お二人ともあまり濡れていませんでした。
「ただいま……って、えらく豆臭いのう」
ギルドマスターは「スンスン」と匂いを嗅いでいます。
「それはそうですよ、レティとウェルダには豆料理の仕込みをして貰ってましたから」
メイダさんは荷物を厨房に運び込みながら答えます。
「ああ、この前頂いた豆がまだあるのか」
「お陰様で、あと三日は豆尽くしですよ。まあ、有難い事にお客さんには好評なので余りはしてないですけど」
「おお、あの塩ゆで豆か。今晩もあの豆を肴にエール酒で……」
マスターはジョッキでエール酒を呑む仕草をしました。
「そのためにも仕込みを手伝ってくださいね、ギルドマスター・ドヴァン様?」
メイダさんはマスターに微笑みかけました。マスターは肩をすくめてから「さて、儂は何をさせてもらおうかのう」と厨房に入っていかれます。
それを見てわたくしとウェルダさんは声に出して笑い合いました。
これも大切な「何気ない日常」なのです――




