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4.前世その②がやってきた!

 千年前のある日。 


 私が地下の演習場で黒鎧を磨いていると、(あるじ)であるアリストファネス様がだるそうに階段を下りてきた。

 大きめの筆記版とチョークを私に渡す。

 どうやら話したいことがあるらしい。


「なあノア、夜会に付き合ってほしい」

『ご命令いただければ、いつだって護衛いたしますが』

「そういういう類のものではないから」

 

 どうやら奥さんと大喧嘩して、夜会行きを拒否されたとか。

 大量にあるゲーム「闘技王」のコレクションたちが部屋から溢れて、置き場がなくなったそうだが……あの広大なお屋敷で?(王宮レベル)


 だけど、帝国における夜会の基本は男女同伴。

 しかも闘技場関連の様々なオーナーの集まりであり、大好きな仕事が絡んでいるため、行かざるを得ないそうだ。


「僕は女性というものが苦手なんだ。嫁と君くらいだよ、まともに触われるのは」

『しかし私は、この外見ですし』

「大丈夫大丈夫。魔力を使えば一晩は幻影を掛け続けられるから」

『だったら護衛のどなたかに掛けていただければ』

「男と腕を組めって? うええ、気持ち悪い。そんなのできないよ」

『……』


 (あるじ)はとても面倒くさがりだ。

 皇族が持つ魔力も、カウチソファで寝転がりながらお菓子を取り寄せること以外に使ったことがない。

 

 しかし、私はそもそも(あるじ)の奴隷。

 主だった仕事は戦闘ではあるが、それ以外でも出来てしかるべきだ。

 できれば家事とか、畑仕事とか、手芸などを命令されたら嬉しいけれど……小間使いさんや農家さんの仕事を取っちゃだめだよねえ。


 (あるじ)はブツブツ唱えながら、気合で膨大な魔力を練っている。

 皇族の中でも更に珍しい幻想魔法だ。

 私の周りをキラキラとしたエフェクトが走る。

 光が落ち着いてから鏡を見ると、そこには茶髪に茶色の瞳の、まったく印象に残らない地味な顔があった。

 傷は消え、ささやかながら胸もある。


「嫁に近い外見にした。遠縁の娘を連れてきた設定でいくよ」

『奥様は目がぱっちりとして、華やかなお顔のはずですが……』

「……化粧とは魔法だな。結婚初夜には驚かされた」


 (あるじ)は奥様の素顔の方が好きらしい。

 ごちそうさまです。


 チョークで相合傘を書いていると、主が空色のドレスをプレゼントしてくれた。

 Aラインスタイルで、レースが胸を飾るように適度に使われて、女の子の夢のような素敵なドレスだ。結婚式に憧れていた時に脳裏に描いていた服そのもの。

 思わずときめいてしまう。

 

『素敵』

「いつかお前が戦闘奴隷としてお役御免になった時に、新しいものをやろう」

『お役御免になった時』

「ああ、僕にはお前の最盛期と引退試合までプロデュースする計画を立ててあるからね。最後までしっかりと活躍してほしい」

『はい』

「キュ!」

「ん?」


 主は固まった。

 視線を私が磨いていた黒鎧の胴に移す。


「キュキュ」


 胴の縁を小さな黒い手がきゅっと掴み、ひょっこりと黒い生き物が顔を出した。

 掴まり立ちしたその子はお尻をふりふりしながら、ご機嫌に尻尾を揺らしている。

 あまりの愛らしさ、ついつい黒曜石のような黒い頭をなでなでする。

 目を細めて気持ちよさそう。


「ノア。それは何だ」

『犬です』

「キュキュ!」

「元気に手を挙げてくれるのは嬉しいけどね。これ、オキニスドラゴンの幼体だよね」

『奴隷の身分であっても、子犬なら飼ってもいいと、主はおっしゃいました。だから、犬です。そうですよね?』

「キュー!」

 

 主に向かって再び前足を挙げてくれる子()

 可愛いなあと、私も目を細めた。


「筆記板の文字も読めるのか。珍しい個体だね……って、お前。この間、闘技場でノアが倒したオキニスドラゴンじゃないか! 核が生きていたのか」

『闘技場のルールでは生贄を求めていません。ならば死ぬ必要などないではありませんか。幼生から再生したこの子はら私の舎弟になると申し出てくれたので、子犬として育てることにいたしました』

「そうか……まあ、そうだよね。無駄死には意味がない。しかし所有権が……うーん」


 主はしばらく眉間の皺に手をやり――――。


「まあ、いいか。最初の命と引き換えに所有印は消失しているし」


 数分後、考えるのをやめた。

 流石は主。興味がないものには徹底的に無関心だ。

 主は子()と視線を交わす。


「ねえ、犬君。餌代はノアが自分の身代から払うのだからね。そこのところを弁えて立派な舎弟になりなさいね」

「キュ!」


 子()は嬉しそうに、小さな前足を斜めにして、ビシっと自分の顔にぶつけた。

 何の意味だろう。


 そうやって私は、愛()のイヌ(主命名)に留守番をお願いして、主と夜会会場へ移動したのだった。



◇◇◇◇


 

 帝都の外れにある、こじんまりとした屋敷を改装した夜会会場は、帝国闘技場の関係者でごった返していた。

 商談を兼ねたものであるため、設備業者から奴隷商人まで幅広く人が集まっている。


 戦闘奴隷のオーナーたちは自慢の奴隷を。

 舞台装置職人は新しい装置の設計図を。

 単に女神に闘技捧げるだけではなく、世界規模の娯楽装置としての帝国闘技場を運営する彼らの目は、どこまでも真剣だ。 


 窓辺やバルコニーには、客席を守る魔法障壁を担当する魔法省役人や外務省の役人たちが固まっている。 

 この機会にと、帝国員会や部署間の調整では手が届かないような国家予算の話や、外国の戦士の受け入れについて話し合いをしているらしい。


 主に腕を絡めつつ、始めて来る夜会の濃密な雰囲気にキョロキョロとしていると、恰幅の良い紳士に声を掛けられる。


「カディス卿ではないですか。夜会に来られるとは珍しいですな」

「レベンナ卿。あなたこそ遠く北部からよく来られましたね」

「いやなに、流石に今回ばかりは代理を出すわけにはいきませんからな……闇のオークションだけは」


 黒い顔になったレベンナ卿がひそひそと主に耳打ちする。

 主も黒い笑顔となり、彼の話にひたすら頷いているが、なんてことはない。

 単なる闘技王カードゲームのレアものオークションのことだ。


 主は闘技が大好きだ。

 どちらかと言えば見る専門。

 闘技を客席で見たり、闘技関連ゲームの関連商品を集めたりと、体を動かさない方面で闘技に興奮するタイプである。


 元々、本物の闘技戦士を買う予定はなかったのそうなのだが、偶然市場で加護付きの私を見つけてしまったゆえに、責任を持ってオーナーをしているだけなのだ。




 しばらく商談(カードこうかん)が忙しいということで、私は人ごみに隠れて、普段食べない豪華な食事を更に取る。

 普段は筋肉維持のため我慢している甘い菓子を齧っていると、隣のテーブルから聞きなれた単語が耳に入ってきた。


「愛の女神が加護の対象を替えたらしい。新しい加護はスラヴィア公国の王妃サリーナ様だそうだ」

「あの美しいと有名なお方か。既婚だというのにどこまでも清い雰囲気で、まるで天使のような方だな」

「心優しい方で、最近では聖女の再来だと言われているとか」


 足が止まる。

 冷たい汗が背中を流れる。

 震え始める、指。

 忘れようと常に記憶に蓋をしているはずの光景が、吹き出し始める。


『お姉様、サリはいつだってお姉様の味方ですわ!』

『サリは優しい子だ。こんな醜い心のモノですら、愛してあげられるなんて……まるで天使のような心映えだね』

『心に醜いなんてものはございませんわ! お姉様がいつでも許してもらえるよう、サリはずっと祈っております!』


 (やめて!)

 脳裏に浮かぶ光景を、意思の力で抑え込む。

 しかし体はそうもいかない。瘧のように全身が震えが周りしゃがみ込む私を、周囲の人々が訝しそうに振り向いていく。

 

 前向きに生きるって決めたんだ。

 忘れるって決めたんだ。

 あんなに怖いことはもう――――。


「レディ。顔色が悪い。とりあえず立てますか?」

「? ……!?」


 心配そうに手を差し伸べられた手。

 ありがたく手を取り持ち上げてもらうと、黒い夜会服を着こんだ美丈夫は微笑んだ。

 笑うとえくぼが目立つ。


 脳内で白い甲冑とギラギラした表情で自分の名を叫ぶ姿が再現されつつ、思わず目をぱちくりとさせてしまう。 


 貴公子<皇弟>アルノルドがそこにいた。



◇◇◇◇



 まるで淑女のように恭しく、皇族専用の休憩室に連れてこられると、アルノルドの侍女たちが何事もないかのようにテキパキを対応をしてくれる。

 流石はプロだ。冷静にカウチに座らせてもらい、濡れた布を首筋にあてる。

 

 一方で、観察する視線もあちこちから感じる。

 確かアルノルドは未だに独身のはず。

 わざと連れ込んだわけでもないとは分かっても、そりゃあ気になるだろう。


「レディ。ご気分はどうでしょうか」

「……」


 前の椅子に座り、女性である自分に対し一定の距離をとって心配してくれるアルノルドが、やけに紳士に見える。

 これも皇族特有の幻影だろうか。

 現在闘争意欲の欠片も見えない男に戸惑いながらも、頭を下げて、はくはくと喉に手を当てて口を動かす。

 

「……お声が出ないとは失礼いたしました。叔父上――――アリストファレス殿下のお連れの方ですよね。義叔母上に似ておられますがご親族の方で?」

「(ぶんぶん)」


 頭を振って必死に肯定する。

 (あるじ)に迷惑を掛けてしまう。ここは無難に済ませねば。

 私はスカートからメモ板を取り出した。


「お名前は?」

『イヌ子と申します』

「……そうですか、イヌコさんですか。まだ顔色が悪い。本日この部屋は私と叔父上しか使えませんから、どうぞゆっくりと休まれてください」

『お言葉に甘えて……少しだけ休ませていただきます』


 医者も呼ぶと言われたが速攻断り、寝たふりを始めた。

 ――――しかし。




 じー。

(……視線が怖い)


 なぜかアルノルドが部屋から出ない。

 侍女たちはお茶を入れたりと彼の世話をしているが、一向に私の目の前にある椅子から動こうとしないのだ。


 幻術で隠蔽された闘気を体内で静かに攪拌しつつ、目や耳にまとわりつかせているためによく見えてしまう。

 闘技場で挑まれるのとは違う、やけに熱を帯びた視線。

 

 息苦しい。

 しだいに逃げたくなってくると、アルノルドの後ろに白い糸が現れた。

 アルノルドは目を細め、周りの侍女たちに「北の使者だ」と告げ、全員を下がらせた。 

 

「サルマン、何の用だ」

『おやおや、金翼の元帥殿が女性にお優しいなんて珍しい。皇后様が見たらこの子は嫉妬されるんじゃないですか?』

「この方は叔父上の連れだ。ありえん。それに本当にお辛そうだから連れて来たのだ」

『本当に~? あなたの好みの顔なんじゃないですかね、いかにも地味で』


 地味で悪かったな。

 奥様似の顔だぞ。


「そもそもここは皇室専用の部屋だ。部外者は進入禁止だが」

『進入禁止の場所にいかに入り込むかが私の本業でしてね。闘技場の仕事がない日くらいは一族の仕事をやれって、長が煩いんですよ。なのでまあ、たまには帝国内のゴシップでも拾おうかと』

「北の大国も物騒だな。戦争も落ち着いて国境も全て決まったというのに。世情が落ち着いてきたのだから、支配欲も闘技場でやる祝祭(オリンピック)だけで満足すればいいものを」

『まあねえ。私も闘技場(まっこうしょうぶ)だけで生きたいものですよ。戦士としていただいた名前「銀糸の道化師」として。サルマンという名だって一族全員が同じ名前ですからね』


 そこで白い影は言葉を止めると、うすぼんやりとした輪郭を歪める。


『おや、お嬢さん。私に気が付いています?』


 やばい。

 気づかれたか。

 全身レーダーのようなサルマンから魔力から、闘気を必死に打ち消す私。

 まさかね、とサルマンが首を振る。

 

『一瞬、あの方の闘気の匂いがしたんですがね』

「ノアか?」

『ええ。黒鎧のノア殿ですよ。もしかして、あの子がノア殿ですか?』

「まさか! ありえんな。俺は彼の兜を一度破損をさせたことがある。確かに肩までの黒髪であったな。だが、顔は見えなかった。火傷らしきものは見えたのだが。叔父上も(あるじ)特権だと絶対に口を割らんのだ」


 アルノルドがハッハッハと笑う。


「そもそも、ノアを見たら私は自然と戦いたくなるはずだ! ノア程の強者でないと俺の心は動かぬぞ! そもそも俺は恋愛など好かぬ! 初めて闘技場に参戦した幼い頃からノアとは切磋琢磨し戦い続けているのだ! 死ぬまでノアと共に闘技の究極を目指し続けるわ! 大体な、」


 真顔で彼は言い放つ。


「あんな可憐なレディを見てもトキメキしか感じぬ!」

『はあ!?』

「なんだその顔! なぜか見た瞬間に彼女を守りたいと思ってしまったのだから致し方ないだろう! 守りたいと思うなぞ、つまりはノアではない! あのレディは、俺の人生にまったくもって関係などない!」

『元帥……あなた、幼年部の子供ですか?』

「誰が子供だ! もう三十になるわ! ノアと共に中年男の星となるのだ!」


(ん?)

 何か多方面で引っかかることを言われた気がする。


 薄目を空けると、そこには顔を赤くして叫んでいるアルノルドがいた。

 うん、通常運転だ。

 突然の紳士で思いっきり動揺したが、闘技バカな様子に安心した。

 そうこうしているうちに、たくさんの戦利品を抱えた主が迎えに来てくれて、この場はうやむやになったのだった。






 あの頃は、毎日こんな生活ならば、奴隷生活も悪くないなと思うことも多かったのだ。

 脳筋どもはみんなマイペースで、私も(あるじ)も、闘技場でただ戦えればそれでよかった。

 戦いの女神が満足している分には、何もなかった。

 

 ただし、私は全身の傷跡と共に忘れていたのだ。

 いや、忘れようとしていただけだった。


 人間に過大な干渉をする女神は、もう一人いることを。

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