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2.前世がやってきた!

 今から千年ほど前。

 世界ではダルキニア帝国という大帝国が大陸の三分の二を抑えていた頃。

 東に金魚の糞のようにくっついた小さな公国があった。

 

 帝国の恩恵を受けつつ、少ない人口と豊かな自然のおかげで発展した田舎。

 ゆえに公国民は割と穏やかなものが多かった。

 そんな公国のはずれの町にある、小さな商家に私は生まれた。


 祖父母と両親が商いをして、幼いころから年子の妹と共に手伝う日々。

 庶民にしては割と裕福だったと思う。

 近所に親戚が大きな農場を経営していたので、勉強よりも体を動かすことが好きだった私は、農作業もよく手伝っていた。


 平々凡々に育った私。

 いつかは優しくて誠実な農家の従兄弟みたいな夫を見つけて、お父さんお母さんみたいに幸せな家庭を築くんだと、夢見る普通の子供だった。


 だけど色々……まあ、本当に色々あった。

 語ってもどうしようもないことは忘れるに限る。

 結論だけ言えば。

 私は成人する前に家族に売られて奴隷に堕ちてしまったのだ。




 当初は性奴隷として売られたが、仕組まれたかのように嗜虐的な相手が多かった。

 元凶も思いつくが、忘れることにした。

 最終的に帝国の場末の奴隷売り場で、全身に火傷を負い、切り刻まれた私を(あるじ)が見つけて買い上げてくるまで、よくもまあ死ななかったと思う。


 見たことのない大きな館に運ばれた私は、柔らかなベッドの上で治療を受けつつ、主となったアリストファネス様から、ある指摘を受けた。

 君には戦いの女神の加護があると。


「――――ノア。これが今日から君の名だ。戦いの女神が君に加護を与えた。君からゆらめく陽気の色。それが加護である闘気だ。切られた喉から言葉は奪われたが、他の部位は無事だったのだろう? それも女神の采配だろう」


 主は私の焼けただれた手を優しく持ち上げ、指先に軽くキスをしてくれた。


「僕は世界で一番、闘技(まつり)を愛する男だ。君の命は僕の勝利のために使わせてもらう」




 世界には多くの神が存在する。

 殆どが人間とは没交渉だが、人間の営みがないと存在が成り立たない類の神は、よく地上に干渉し、それぞれ独自の感性で加護を与える。

 有名な柱はとしては、鍛冶の男神オッタク、戦いの女神ミーザリー、愛の女神ゴシップ、竈の神ヒステー辺りだろうか。


 特に戦いの女神と愛の女神は、人間好きの姉妹神だ。

 人間のあらゆる営みに興味津々で、競うように地上に過剰に干渉することが多かったという。

 そのために人間の世界では、争いと戦争が絶えないのだと言われている。




 主は私の深くえぐられた乳房の痕をそっと撫でる。


「ああ、愛の女神の痕跡がある。かの女神は世界で一番美しい人間にしか加護を与えない。ノアは以前はさぞかし美しい姿をしていたのだろうね。僕には興味のない話だけれど、これのせいで、ろくでもない争いに巻き込まれたことは想像できるよ」

 

 気の毒そうな表情をされた主は、鎮痛作用のある包帯で巻かれていく私に、栄養補給にと砂糖がいっぱい入った大きな蜜パンをくれた。

 久々の甘味に涙が出そうだ。


「気の毒だけど、女神たちは残酷で気まぐれだ。それでも人生は一度きりだしね。新しい女神(チャンス)の前髪を掴む方をオススメするよ」

「……(こくり)」

「いい子だね。君には好感が持てる」


 やがて体調が全快すると、主は私に黒い全身甲冑を用意してくれた。


 闘技場は基本的に女性禁制だ。

 戦いを司る神が女神だ。なので慣例として、神に闘技と勝利を捧げる祭壇をかねる闘技場に立つ戦士は、基本男性と決められている。

 なので少しでも女性であるとバレないように覆い隠すことにしたのだ。


 また、当時の私は顔も重い火傷の痕に覆われていた。

 主は甲冑によって、私の女性として残された尊厳も守ってくださったのだと思う。



 そして、戦闘奴隷として腕を磨き上げ、帝国にある世界最大の闘技場での戦いに、人生の殆どを費やしていったのだ。






 ――――とはいえ、それはそれ。

 人生は一度きりだし、前向きに生きる他ないからね。


 次の夢は、大金を稼いで自分の身を買い上げることだった。

 旦那さんは無理でも、穏やかな田舎でのスローライフは譲れない。


 幸いにも、私を買い上げた(あるじ)は闘技にしか興味がない、純粋な闘技場マニアだった。

 私が度々闘技場で死にかける度に大騒ぎになる以外は、割と優しいご主人と恵まれた奴隷の関係ではあったと思う。


 当時の私の戦士名は「黒鎧の戦士」。

 かつて誰にも負けることのなかった神話上の戦士が、女神の気まぐれで地上に復活したという筋書きの演出で、人気を博した。

 人生が復活という意味では合っている。

 そして、負けることがない筋書きだが、私の再就職先はあくまで勝つが仕事なので、感慨は特にない。



 その一方で、当時、私と人気を二分していた戦士がいた。

 

 戦士名は「金翼の元帥」。

 本名アルノルド・ダルキニアという皇帝の次男で、なんと現役の帝国軍元帥だ。


 得意技は魔法による物理攻撃だ。

 代々神の加護を得られる皇族にしか現れない貴重な魔力を、筋力や持久力として置換し、敵を物理的に叩き潰すという、なんとも無駄な使い方をしていた。

 畑に撒けば作物が豊かに実るだろうに……。


 戦場では無双と言われる彼だが、生粋の戦闘狂でもあった。

 常に死ぬ危険のある闘技場(コロシアム)で、「闘技を極める」ためだけに、一戦士として参加していたのだから。

 

 しかも彼は一方的に、黒鎧の戦士である私をライバル視し、毎回試合が組まれる度に真剣勝負を求めてきていた。


「ノア、勝負するのだ!」

「俺の負けなど認めぬ!」

「貴様でないとダメなのだ!」


 ただし、勝つのは必ず私だ。

 努力と実力の差だからしょうがないよね。

 それに主からの依頼で、アルノルドにわざと負けることも許されないし。


『今度こそ貴様を倒すぞノアぁー!!』

「ごめんね外がうるさくて。甥っ子の可愛いワガママを聞いてあげてよ。あれで毎日政務に軍務と、あれこれストレスを溜めているからさ」


 殺してもだめだけど、負けてもだめ。

 仕事だから頑張りますけど……接待試合感、半端ない。

 

「もう一度! もう一度だ!」


 しかも、やつと戦うことで面倒が増えた。

 原因はいくつかあるが、典型なのはやつの顔だ。

 やつは帝国でも指折りの美形でもあった。


 だから、やつを叩きのめす度に女性陣から恨まれる。

 熱くリベンジを誓われる度に、心の性別が怪しい帝国軍の部下たちに嫉妬の視線を受ける。

 私は私の仕事を全うしているだけで、別に悪役枠になりたいわけではないのだ。


 しかして、私の仕事は難儀なことになっていく。




「俺以外に負けるなぞ、許さんぞ!」

「……(仕事ですからあんたにも負けませんって)」

 バキリ。


「お前を倒して、世界一の戦士に俺はなる!」

「……(はやくこの遊びに飽きてくれないかあ)」

 ゲシゲシ。


「叔父上から聞いた。お前が言葉を発しないのは知っている。だが、本気の勝負を俺は求めているのだ……。真の男として、その腕で。俺と頂上を争え、ノア!」

「……(求められても困るなあ)」

 バキボキゴス。


 あー、戦士にはなれるかもしれないけど、「男」は無理だよね。

 だって私は「女」だし。

 求めているのはあくまで自由になった後のスローライフだし。


「僕は慈善家じゃない。だけど、いつか君が君の身代を買えるように取り計らう。それだけは約束しよう」


 主は約束をしてくれた。

 ならば、戦うほかはなし。

 私は決して、誰にも負けない。

 どこまでも己を磨きつづけ、あらゆる相手にも勝ち抜いて見せる。




 ……だからだろうか。

 恵まれた環境を手に入れながら、また、穏やかな人生を送れる立場にありながら、「自分の命を掛けてでも至高の戦いを目指す」という人種が理解できない。


 ずばり脳筋。

 人生の価値のすべてを戦いに捧げる人種。

 そして、戦いに「(いきざま)」を求める連中。

 私は脳筋たちが大の苦手なのだ。

 

「我は負けぬ……次こそは勝つ!」


 本当に何が楽しいのだろう。

 でもね、こっちは仕事だからね。

 はい、とどめ。



 脳筋はアルノルドだけではない。

 哀しいことに、脳筋は世界中から現れる。

 一匹いれば千匹はいると思った方が良い。彼らは掃いても掃いても。

 脳筋の種は尽きないのです。


「ノア殿! 世界最強は我が一族の悲願! お覚悟を!」

「……(一族関係ないし)」

 ザシュ。


「黒戦士よ、俺の美のために死ね!」

「……(ナルシストは苦手なんだよね)」

 バキ。


「一度戦ってみたかったので。その力を調査させてもらいます」

「……(無料はちょっとねえ。金払え)」

 グチャリ。

 

「サイコウノセンンシヨアジワエワガケンヲ。ワガノロイノイシズエニシテクレル」

「……(やだー、気持ち悪い男性の味見なんてしたくないー)」

 ガシガシガシガシガシ。


 アルノルドを筆頭として現れる、世界各国の自称<ライバル>たち。

 はっきり言って、私の価値観からしたら全員がバトルジャンキーの変態だ。

 お友達になりたくない連中No.1だ。

 生き様だろうが、戦いの道だろうが、性癖を絡み合わせたいなら同好の士とやるべきだよね。

 私を巻き込まないで欲しい。



 とにかく。

 私は人の少ない穏やかな田舎で、毎日丁寧な暮らしをしたいだけなのだ。

 暴力ノー!

 脅しノー!

 威圧ノー!

 不機嫌ノー!

 脳筋ノー!

 気遣いと優しさと誠実さにあふれた、土まみれで平和な世界を生きたいだけなのだ。


 そのために仕方なく、戦士のお仕事をして、コツコツと自分の見受け金と将来のスローライフ費用を貯めているというのに……このドアホどもがあ!



 真 面 目 に は た ら け。

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