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1.ライバルがやってきた!

不定期更新です。明るいラブコメを目指します。

 ――――何がどうして、こうなった。




「やらないか」


 ドンっ。

 大きな手のひらが、私の頭の上の壁を叩く。


 シャンデリアの煌びやかな光を背に隠し、小柄な自分を覆う巨体。

 壁際に追い詰められた私は、慣れぬ社交ドレスに包まれた生贄の子豚でしかない。


 熱情を湛えるアイスブルーの瞳。

 輝くプラチナブロンド。

 直角に私を見おろす顔は整いすぎては人間離れをしている。

 しかも、白を基調とした式服の外からもうかがえる鍛え上げられた巨躯。しかも無駄に硬く鍛えた体じゃない証拠に野卑さは一切感じられない。

 貧弱な騎士道オタクの弟が見たら、悲鳴を上げて喜びそうだ。

 


 彼の名はエドアルド・マリア・ガリア。

 ――――別名「女神たちに愛された王太子」と讃えられる男。



 王太子は天才だ。

 彼は生まれたころから希少な魔法の才を発揮した。

 若干12歳で実力の元、ガリア王国騎士団を掌握し、彼の元で小国であったガリア王国は隣国パレーニアの併呑を皮切りに、大陸中央に巨大な国家を築き上げた。

 この間たった10年。


 さらに近年は内政にも成功し、内外完璧なの為政者として、近隣に名を挙げている。

 周辺国の脅威の排除。

 人材の底上げ。

 世界最高基準のインフラ。

 充実した福祉政策。

 あらゆるものを実現させ、下層民ですら飢えない大国として、各国から優秀な移民が集まってくる。


 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()かのような、時代の寵児。

 

 王太子はまさに完璧だった。

 ――――この瞬間までは。




「ノア、早くお前とやりあいたい」


 本日の初対面の女性に対する、この不謹慎極まる発言。

 私は固まった。

 当然周囲も固まった。

 戦勝記念と王太子の誕生祝を兼ねる、賑やかな大舞踏会の会場は、一瞬にして静寂に包まれてしまう。

 

「姿かたちは変わっても、その闘気は明らかにノアのものだ。待っていたぞ……。この時代に生まれてからずっと」


 破壊力のある顔が寸前まで迫ってくる。


「お前の漆黒の全身鎧姿を思い返すたびに胸が締め付けられ、お前の卓越した剣技を思い返すたびに胸がときめき、お前の強靭な拳を思い返すたびに腰がしびれ、お前の闘気を食らった瞬間を思い出す度に、頭の頂点から足先まで痺れるような衝撃を受け、身悶えてしまうのだ!」


 あんぐりと見つめ返すと、頬を赤くする王太子。

 転生。そしてこの変態発言。 

 お前は……もしや。

 私の脳裏に、とある男の名前が浮かび上がったが、それ以後の発言で霧散した。


「ノア。今すぐその女装を解除して“試合”の準備をしろ。あの闘技場の跡地は発掘してある」

「……王太子様。私の名前はニルヴァーナでございます! れっきとした女で、女装などしておりません!」

「王太子様ではない。アルノルドだ。今はエドアルドという名に生まれ変わったがな。お前なら名前で呼ぶことを許す。しかし、ニルヴァーナよ。今世でお前は普段の服が女物なのか? 変わっているな」

「私は女です! ノアという者は知りません!」


 確かに私は転生をした者である。

 ノアという名で、戦闘奴隷もしていた。

 当時の事情で、性別も周囲に隠していたのも本当だ。

 だけど。


 何度も女だっつってんだろ!

 胸を見ろ胸っ! 

 谷間がないから分からないなんて許さないからな!

 

 私の剣幕に王太子ははっとした顔して引き下がる。

 興奮を落ち着けようと深く息を吐いた。

 ほつれた髪が無駄に色っぽく、周囲の貴婦人の溜息を誘っている。

 中身はアレだというのに、この落差。

 確かにこいつを私は知っていた。


「そうか、すまなかった。あまりにも貴女が会場のハエを叩き落した闘気が見事でな。本当にその色はあの人に瓜二つだ」


 自分の好きなことしか興味がないくせに、己の評価と称賛の意味をよく理解している男は嫣然と微笑み、私の地味顔に熱い視線を投げかける。


「闘気は遺伝する。それに闘気を使う技術も大昔廃れて久しい。もしやノアは貴女の父か!? 今すぐ貴方の家族に会わせてくれ。いや、その前に貴女の腕前が見たい。今すぐやろう」


 不穏な台詞と共に私の肩に手を回してきた。


「その発言はやめてくださいませー! それに試合! ってなんですか! 私はただの田舎の小さな貴族の子女でございます!」


 『やろう』って何、『やろう』って!

 情事の誘いにしか聞こえんわっ。

 『試合をしたい』と言いたいだけだろうに、なんでそんな言い方に変換されるのだ。

 嬌声とも悲鳴とも分からない何かが、会場のあちこちで連鎖していく。


 一方でエドアルドを囲む、同年代の見目麗しい貴族の取り巻きたちが、私に不審な視線を送りながらひそひそと話をしている。


「なんだあの茶髪の地味女は。家族に会いたいなど……もはや婚姻は確約されたようなものじゃないか」

「北の辺境ノースタゴダ辺境伯の……配下の配下、ジミナー男爵のご令嬢だな」

「ボロい装いに地味顔眼鏡のチビじゃないか……あれのどこが良いのだ」

「エドアルド様の趣味が分からんな。納得がいかん」

「しかもハエたたきが上手いから気に入っただと? あんなのが宮にいられたら我が国の品位が下がるわ」

 

 残念ながら丸聞こえだ。

 そしてその通りだ。

 この馬鹿を止めろ。

 しかしエドアルドは外野の声を無視し、熱心に腕の中の私に乞い続ける。

 

「ああ、いますぐにでもやりたい……。貴女の闘気を感じてから私の体の震えが止まらないのだ。心臓の音が頭を支配して、毛穴という毛穴から冷や汗が止まらない……」

「お病気ですね! 重症の風邪かと思われます! 今すぐに医者、医者を!」

「これは夢ではないのか。ようやく俺、いや私は本気で戦うことができるのか。あの闘技場の熱を死ぬほど浴びることができるのか……!」

「それにここは舞踏会です。踊りで戦う! なんて野蛮なことをおっしゃるよりも、他の女性と踊ってくださいませ! 特にあの辺りで私を射殺いころしそうな目をしているアデイラ様などいかがでしょう……」


 格式高い王妃候補たちに嫉妬される。

 それは貴族的に大変危険な状況である。

 一度目をつけられたら父親の出世は愚か、あらゆる難癖をつけられて家の取潰しもあり得る。

 家族だって私の関係者というだけで、犯罪に巻き込まれることだってあるのだ。


 特に宰相を務めるデスワールド公爵の長女アデイラ様が最有力候補のはず。

 ちらりと向こうを窺うと、憤慨している令嬢たちの中心に、クールな顔でこちらを観察している、赤毛巻き髪で碧眼の絶世の美少女がいた。

 王都に来る前に読み込んだ貴族図鑑の顔だ。


 良かった。

 流石は最有力候補は冷静だ。

 ほっとしたのがつかの間、彼女の手元に気が付いてしまった。


 精緻なレースのハンカチが――――半分に破かれている。


 死ぬ。絶対に社会的に死ぬ。

 我が家最大のピンチ。

 この脳筋(エドアルド)はなんて恐ろしいことをしてくれるのか。

 

 今の穏やかな人生を破壊される恐怖に慄いていると、空気の読めない男は私の視線の先に気づき、ふっと笑った。


「ほう……アデイラめ、ノアの強さが分かるとはなかなか見る目がある」


 そういう問題ではない。




 周囲の好奇の目。

 嫉妬と殺気の目。

 あらゆる濁った気が私と王太子の周囲を黒く揺らめく。

 どうにか逃げなければと必死に考えていると、最悪の状況がやってきた。

  

「おおお……誰よりも優れていながら、人に欠片も興味がなかった息子が……なんと喜ばしい」

「女に興味がないから、そちらの気があるかと思っておりましたわ。せめて優良なメスに子種だけでも植え付けなさいと言っていましたが。自分でやる気に満ちあふれているなら結構ね」


 ざわめきの声の種類が変わると、人並みが綺麗に割れる。

 優雅に歩いてくる長身の美女連れられ、よぼよぼと歩いてくる老人は、この国のお妃様と王様だった。


 年老いてからようやくできた優秀な一人息子をそれはもう溺愛してきた王は、「エドアルドは本人が真に愛する子と結婚すべきじゃ!」と宣言したせいで、22になった王太子に婚約者すらいないという事態をひき起こしていたという。


 その一方で、デスワールド公爵と双翼を張るカオス公爵家出身で、才色兼備かつ、夫と国を同じくらいに愛している王妃は正反対だった。

 息子に冷たく「さっさと愛の名目で丈夫な体の女と適当に子供を作りなさい。私の大切なエドガー様が孫を見られなくて悲しむわ」と跡継ぎを求めていたのである。


 そんな彼女の前に、息子が(いい間違いにせよ)子種をつけたいと宣言する若い女。

 しかも貧弱ながらも自国(おのれ)貴族(けらい)

 胸はないが、下半身はがっしりとした安産型。


 彼女の決断は早かった。 

 私を頭からつま先まで凝視すると、開いていた扇を閉じ、会場中に聞こえるように命令(しけいせんこく)を下したのだった。


「ならばよろしくてよ! ジミナーの娘ニルヴァーナ! うちの息子の嫁にきなさい」


 ビシっ。

 突きつけられた扇の先にある自分の顔は、さぞかし青ざめていることだろう。

 完全に逃げられなくなってしまった。

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