亡国のエリステラ
1つの国が今、亡びを迎えた。
その国の名は「エイビス王国」
白岩で作られた街は非常に美しく、非常に栄えていた。エイプス王国の王『ファルダリン・クリーディア・エイビス』は聡明で心優しく民からも愛されていた。そしてこの国の騎士達は強力な力を持っており周辺国からも一目置かれていた。周辺国とのつながりもありどの国とも友好関係を結んでいたはずだった。そう……そのはずだったのだ。かの賢王は思いもしなかった。その国同士の友好関係すら逆手に取り、王都を滅ぼせるほどの戦力が突如内部からあらわれるなどと誰一人考えなかった。
家々は燃え崩れ、美しかった街並みは瓦礫と焼けた死体の山で溢れていた。
混乱によりろくな抵抗もできないまま騎士達は次々と食い殺されていく。その横を鎧で身を包む敵国の兵士達は足並みを揃えながら規則正しい足音を鳴らし、彼方に見える城へと突き進んでいった。
城からは煙があがり、どこからも激しい剣劇の音と悲鳴があがる。
王は近衛騎士達と共に謁見の間に立てこもっていた。
謁見の間の外ではすでに敵で溢れかえっているようで、扉を破ろうと激しく槌を打ち込む音が鳴り響いた。王はただ静かに玉座に座り、やがて開かれるその時を待ちながら我が子の事を考えていた。
(ステラ……我が最愛の娘。すまぬ……わしはお前との約束すら守れぬようだ。せめてお前だけは……お前だけでも無事に生き延びておくれ)
「陛下」
声をかけられ王はゆっくりと顔をあげその騎士に目をやる。
「扉が破られます」
「……そうか。皆ここまでご苦労だったな。今思い返せば……わしは愚かな王だった。他国の事を信じすぎた。皆の忠告があったにも関わらず、他国の人間を王都に招き入れこの国を亡ぼすきっかけを与えてしまった。許してくれ……」
王は立ち上がり、その場にいた全員に頭を下げた。騎士達はその姿に何も言えずただ互いを見合わせていた。しばらくして王のそばに控えていた騎士がふっと笑うと、王のそばに近づき声をかける。
「王よ。どうか頭をお上げください」
騎士が跪いて手を差し伸べると王は騎士の方を見た。
「私達は誰一人としてあなたを恨んだことなどありません。この国が今まで飢えることなく平和だったのも一重に王であるあなたの力があってこそ。王が他国を信じ他国と交流を深めることで得た物も大きかったではありませんか」
王はその言葉を聞き、周りを見渡す。その場にいた騎士達は誰一人として暗い顔をしておらず、忠誠を誓うように左胸に手をおきながらまっすぐと王を見ていた。王は騎士達のその姿をみていたが、やがて目頭を押さえながら少し震えた声で呟いた。
「……わしは本当に良き者達と出会えた」
その時だった。しばらく轟音が鳴り響いていた扉からバキバキという音が聞こえ扉に穴が開く。その穴から赤い眼光を放つ何かが低い唸り声をあげながら王たちを見つめていた。
「騎士達よ。今一度そなたたちに感謝の意を。そしてそなたたちと共に戦える機会を与えてくれた天上の神々に感謝しよう」
扉の穴はさらに大きくなり、とうとう扉はあと一撃で開くまでになった。
王は剣を高々と掲げると来たるその時を緊張した面持ちで待つ。そして次の瞬間、轟音と共に扉は勢いよく破られ扉に群がっていた獣たちが雄たけびをあげながらなだれ込んできた。それを見た王は剣を振り下ろし最後の号令を騎士達にかける。
「そなたたちに英霊の加護を!全軍突撃ぃ!!」
王たちが凄絶な戦いを繰り広げているとき、1台の馬車が凄まじい勢いで敵軍がなだれ込んできている門とは正反対の門から飛び出していく。その馬車に続くように何人かの騎士達が馬を駆っていた。
「急げ!奴らが追い付いてくる前に急いでここから離れるのだ!」
馬車を護衛するように追随している騎士の1人が声をあげる。騎士が後方をチラリと見た時、後方から自分達と同じように門から飛び出してくる5つの黒い影が見えた。黒い影の姿は自らの姿を隠すように黒い外套を全身に纏っていたがそれが人ならざる何かだと騎士は直感で感じていた。
「クッ!もっと速度はあげれんのか!?」
騎士はいら立ったように馬車の操手に叫んだ。馬車はさらに速度を上げ追手から逃げる。馬車の中には、2人の騎士が1人の少女を守るようにして座っていた。
「お父様……みんな……」
少女は頬を濡らしカタカタと震えながら祈るようにきゅっと手を握っていた。
「大丈夫です、ステラ様。我々が命を賭してでもあなたを無事安全なところまでお連れいたします」
騎士は必死に笑顔を作りながら優しくステラの手をとる。ステラはその手をしばらく見つめていたがやがて縋り付くようにその手をギュッと握りこんだ。その様子をしばらく見ていたもう1人の騎士はそっと離れ馬車後方の様子を幌の間から覗いた。
「隊長!このままでは追いつかれます!」
最後尾を駆っていた1人の騎士が叫ぶ。
「……!止むおえまい……!3名わしと共に来い!足止めするぞ!」
その声を聞いた騎士の3人は「おぉ!」と声をあげるとすぐさま剣を抜き反転する。
「ゆくぞ!天上の神々に代わり、我らがあの不届き共に鉄槌を下す!」
騎士達がこちらに突っ込んでくるのを見た黒い影たちは1人を離脱させると黒剣を抜きその騎士達に向かって同じように突っ込んでいった。両者速度をあげていき、やがて接敵する。
「うおおお!」
騎士と黒い影が交差したとき、それは一瞬だった。黒剣に頭を貫かれそのまま連れていかれた者、腹を斬り裂かれ上半身が高く舞い上がった騎士。逆に迫りくる黒剣を剣ではじき返す刀で黒い影の頭を吹き飛ばした隊長と黒い影の腹を刺し貫き地面に叩き落とした騎士。両者2名ずつ失いながら再び相対した。黒い影は刺さったままの騎士の首を掴み剣から引き抜くと騎士の体を無造作に放り捨てた。そして
顔の見えないその外套からはぁぁ……という白い息が漏れ出した。さきほどの勢い任せのぶつかり合いではなく黒い影たちはまるで品定めをするように2人の騎士の周りをゆっくりと走らせる。
「隊長……」
「ふん。かかってこないなら好都合だ。時間が稼げる」
黒い影たちは円を描くように別々の方向から回っていたがやがて騎士達の背後に回るようにして馬を止めた。騎士達もそちらに馬を向ける。しばらく両者相対していたが黒い影から突撃してくる様子もなくただ静かに騎士達を見ていた。
「奴ら何を――」
そう騎士が言った瞬間だった。
ドスッという鈍い音が響く。2人の騎士は血を吐きながらゆっくりと下を見ると黒剣が腹から飛び出していた。隊長はゆっくりとその黒い影の方を見て驚愕する。それに頭がなかった。斬り裂かれた頭部付近ではなにかミミズのような物が無数にうごめき少しずつだが頭部を再生しようとしていた。
「ば……ばけもの――」
そう言おうとした隊長の言葉は途中で消える。その黒い影はおもむろに剣を振り抜き騎士達の腹部を掻っ捌いだ。その様子を見ていた2つの黒い影はゆっくりと近づいた。地面に倒れ伏した黒い影も何事もなかったように起き上がると再び馬にまたがった。頭部が斬り裂かれた黒い影の再生を待ち、4つの黒い影達は再び馬車を追撃するため馬を駆った。
馬車は残った2人の騎士を引き連れながら凄まじい速度で街道を走り抜けていく。
「ステラ様。もうすぐの御辛抱です。この先に避難できる小屋がございます。そこまでいけばとりあえず明日まではなんとかなるでしょう」
「2人ともありがとう。うっ……」
突然ステラは手を握りしめ苦しそうに小さくうめいた。
「ステラ様、どこかお怪我を!?」
ステラは首を横に振る。
「違うの……。左手の甲が……急に……すごく熱く……」
そういい騎士は急いでステラの手を取り見た。するとそこには光り輝く紋章が浮かび上がっていた。ステラはしばらくの間痛みに耐えるように顔をしかめていたが光がさらに輝きを増した時、気を失ってしまう。
「こ……これは……」
騎士がその光を見つめているとやがて光は徐々に収まり、痣となって残った。その様子を見守っていた2人の騎士はお互い顔を見合わせた後、小さく呟く。
「王が……この世を去った……」
「そうだ。だからこそ英霊王の紋章はステラ様の下に。だが……この紋章は……」
「あぁ。我々が知るものとは違う。王は言っていた……真なる紋章は人が刻まずとも自然と浮かびその主に絶対の忠誠を誓うと。‟真なる紋章を受け継ぐ者、幾万の英霊と共にやがて来たる災厄と戦い神々を救う”……」
「ではステラ様が……」
「そうだ……この御方こそ……この世界の……」
そう言おうとした時、外から叫び声が上がった。
護衛の騎士1人は追いついてきた黒い影に奇襲を受け、頭から真っ二つにされ落馬する。もう1人の騎士はすかさず剣を抜くと黒い影に馬を寄せ迎撃しようと剣を振り上げた。しかし黒い影は身を低くし攻撃をかわすと人とは思えない黒い巨大な手で騎士の頭を掴むとおもむろに後方に放り捨てた。
残ったのはもはや馬車だけであり、黒い影はゆっくりと距離を詰めていく。黒い影は両指をバキバキと鳴らし、馬の背に乗ると思い切り馬車に向かって飛び移る。馬車に転がりこむように侵入した黒い影は起き上がろうと顔をあげた瞬間、騎士の1人に顔を蹴り上げられた。黒い影はもんどりうちながら馬車後方に転がった。
「お前はステラ様を守れ!」
騎士はそう言いながら剣を抜き放つと黒い影と相対した。黒い影はゆっくりと起き上がりながら、両手を2、3回ぐっぱっとしていたがやがて両手を思い切り下にだすと黒光りした巨大な刃が掌を突き破って現れた。
「……化け物相手は初めてだ」
黒い影は雄叫びをあげると両手から突き出た刃を振り回す。騎士は1つは避けもう1つは剣で受け流した。黒い剣は馬車の幌の結び目を斬り裂き、幌はどこかへ飛んでいく。酷く揺れる馬車の上で振り回される黒剣を騎士はその場で捌き続けた。黒い影が足を狩るように剣を振るった瞬間、騎士は身を翻しながら空中で黒い影の顔面を蹴る。黒い影はたたらを踏みながら後方にさがった瞬間騎士は着地と同時に飛び出し、黒い影を突き飛ばした。バランスを崩していた黒い影はなすすべなく空中に放りだされる。
「悪いな。無断乗車お断りなんだ」
騎士が勝利を確信し黒い影から目を離した瞬間、異変が起こった。
突如馬車の後方で爆音が上がる。何事かと思い騎士がもう一度顔をそちらに向けた。そこには地面に投げ出された黒い影から伸びた巨大な腕がさらに肥大し、さらに黒い影自身もそれに伴い別の何かに変化していっている様子だった。体から湧き出す無数の黒い触手は体中のいたるところから白い息を吐き出しながら巨大な黒い獣へと変貌していく。
「……まずい……。おい!速度をあげろ!このままでは――」
次の言葉は出なかった。
なぜならその言葉が終わる前に馬車後方が大きく潰され、全員外に放り出されたからである。ステラの傍にいた騎士はステラを必死に抱き寄せ地面に落ちる衝撃からステラを守った。その衝撃により一瞬、体が動かず意識が混濁する。騎士は必死に身体を起き上がらせるとステラの無事を確認した。ステラが無事だとわかった騎士は安堵のあまり深く息を吐く。
(小屋までは……あと少しか)
騎士は森の方を見つめ息を整えていたがやがて無理やり立ち上がると馬車の後方へ出た。そこにはもう1人の騎士が何かに吹き飛ばされ馬車の瓦礫に体をぶつけ倒れ伏す姿、そして黒い獣と化した化け物がいた。その姿は黒い体毛に覆われたゴリラに近い姿。違う点とすれば目の色はギラギラと赤く光り、尻からは尻尾の代わりに3体の大蛇が飛び出していることか。
騎士は素早く駆け寄り吹き飛ばされた仲間を助け起こす。
「大丈夫か?」
「あぁ。まだいけるさ」
2人の騎士は再び黒い獣に向け剣を向ける。その姿に怒りを覚えたのか黒い獣は雄叫びをあげながら跳び上がると2人を潰そうと大きな掌で地面を叩きつける。2人は転がるように回避すると、すぐさま態勢を立て直し黒い獣の腕に向かって斬りかかった。
がきぃぃぃん……
だがその刃は通らない。まるで鉄のように硬い体毛は剣の侵入を許さなかった。騎士達の刃を受け止めていた黒い獣は鬱陶しい感じで腕を振り回す。
「うおっ!」「くっ!」
騎士達は吹き飛ばされ1人は馬車にもう1人は木に叩きつけられた。
「がはっ」
機に叩きつけられた騎士は、よろめきながらも立ち上がると再び剣を黒い獣に向ける。馬車に叩きつけられた騎士は起き上がろうと体を動かした時、腹に鋭い痛みが走った。騎士が腹に目を落とすとそこには激突の衝撃で腹を突き破ってきた太い釘が見えた。騎士は激痛に耐えながら自らの体を釘から引き抜くと腹を押さえながらも剣を向ける。吹き飛ばした騎士達が戦意を失っていないことに腹を立てた黒い獣は怒り表すようにドラミングすると腹をけがした騎士に飛び掛かろうとした。その時だった。黒い獣は何かに気づいたように馬車後ろに目を見つめていた。騎士はその様子に一瞬困惑するもそこに寝かしていたステラの存在を思い出し後ろに振り返る。
「ステラ様!」
そう叫び振り返った騎士の目に飛び込んできたのは信じられない姿だった。そこには虚ろな目をしたステラの姿があった。だが騎士が驚いたのはそこではない。騎士が驚きのあまり声を失ったのは、ステラの左手の甲が光り輝いていたことであった。
(あの光はいったい……)
ステラはゆっくりと左手の甲をかざし声を紡ぎ出す。
「英雄達よ。立ち向かえ」
そう呟いた時、騎士達の体が淡い光に包まれる。
「汝らの剣は希望への道。ゆえに汝らの剣を阻むものはあらず」
黒い獣がステラ目がけて突っ込もうとした時、腹をけがした騎士はとっさにその手を斬り裂く。先ほどは切れなかったはずの黒い獣の腕はいとも簡単に斬り裂かれた。
「こ……これは?」
「汝らの体は英雄と同じ。ゆえにその体は強靭にして無敵」
木にぶつけられた騎士は黒い獣の背後から襲いかかった。襲いかかってくる大蛇の頭の1つを避け、その首を斬り飛ばす。しかし2つ目の大蛇の攻撃は避けれず噛まれるがまるでその牙を防ぐように光の膜が騎士を守っていた。
「こいつはすげぇ……」
騎士はそう言いながらかみついていた大蛇の頭を無理やり引きはがし、その頭も斬り落とした。そして黒い獣の背中に辿り着くとその背中を大きく斬り裂く。黒い獣の背中は大きく斬り裂かれ、黒い獣は初めて悲鳴のような声をあげもんどりうった。
「汝らの忠誠は鋼より硬く、その忠誠は決してけがれることを知らない!英霊王の名において汝らに英霊の加護を与えん!新しき英雄達に最期の祝福を!」
騎士達はお互いに頷きあうと暴れ狂う黒い獣に飛び掛かった。黒い獣は騎士達が襲いかかってきたのを見るとすぐさまそちらに振り向き、拳を突き出す。騎士達は人をこえたような動きでその拳をかいくぐり一瞬で黒い獣の懐に入ると、その体を✕印を描くように斬り裂いた。
斬り裂かれた黒い獣は体からどす黒い体液をあたりにまき散らしながら後ろによろけ、やがて糸が切れた人形のように後ろに倒れた。その死骸は徐々に形を失い地面にどす黒いシミを残して消えてしまった。騎士達は黒い獣が消えたことを確認するとその場に膝をついた。騎士達を覆っていた光が消えた瞬間、ステラもまるで糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。荒々しく息を吐きながら騎士達は互いを見合わせたあと、頷きあいおぼつかない足取りのまま行動を始めた。
腹をけがした騎士は無事だった馬の背にまたがると衰弱しきった顔のままもう1人の騎士に目を向ける。もう1人の騎士はステラを抱きかかえると同じように衰弱した顔でお互いに顔を見合わせた。
「ステラ様を必ず……」
「あぁ……ステラ様を安全な場所まで送ったあと俺もすぐに後を追う」
腹をけがした騎士はもう1頭の馬を引き連れ、もう1人の騎士とは別の方角へ馬を駆った。騎士はその姿を見送った後ステラを背負い森の中へ入っていく。騎士はかすむ目を必死に開きながらおぼつかない足どりでしばらく森の中を歩いていった。やがてうっそうとした森の奥に小さな小屋らしきものが現れる。この小屋は表向きは普通の小屋であるが有事の際王族たちを逃がすために使われる小屋であり、小屋に施された仕掛けを動かすと床下に避難用の地下室があった。騎士は地下室に備え付けてあったベッドにステラを寝かせると安心したようにホッと胸をなでおろした。
「ステラ様……あなた様のこの先は辛いことでいっぱいでしょう。そんなあなた様を1人にしてしまう我らの不忠をどうかお許しください」
騎士は自分の懐にあったお金と荷物を全て残し外に出る。騎士達は分かっていたのだ。光の膜が消えた時、凄まじい疲労感に襲われた後少しずつではあるが徐々に弱くなっていく自らの鼓動が自分たちの命が長くないことをつげていることに。だからこそ騎士達は最後の力を振り絞り少しでもステラを守るために行動を開始したのだった。騎士は小屋の外に出ると自分がつけた痕跡を消しながら元来た道を戻っていった。
エイビス王国の王都陥落の報せは瞬く間に全世界に広まった。
王都にはクライス帝国の国旗がたてられ帝国からエイビス王国を支配下に置いた宣言が全世界に発せられたことにより今回の事件が帝国引き起こしたものだと断定。各国の王はすぐさま非難と報復処置をとる準備を始めた。エイビス王国には各国の要人もいたがその全てが殺害されたことを知った各国は帝国打倒のため『対帝国軍事同盟』を締結。より連携を強めるため各国は様々な物資流通を活性化させ、対帝国戦線を構築。エイビス王国奪還のため進軍を開始。帝国は各国が動き見せてる間に混乱の極みにあったエイビス王国全土を掌握。抵抗した多くのエイビス王国の民と兵は殺害され武力による統治が着々と進んでいった。各国に対する戦線には帝国軍が新たに作り上げた兵士が配属された。その名を堕神。その力は凄まじく、数で大きく劣っているはずの帝国軍は各国の同盟軍相手に互角以上の戦いを見せつけ多くの勝利を収めていた。堕神と戦い生き残った者は口をそろえてこう言っていた。
「あ……あれは人じゃない。あれは……あれは……化け物そのものだ」
エイビス王国陥落から3年の年月が流れた。
帝国の支配を受けたエイビス王国は徐々に落ち着きを取り戻し、今では帝国の支配を受け入れる者がほとんどとなっていた。かつての美しく平和な国は今や見る影もなく、どこも暴力と腐敗が蔓延する薄汚れた国となっていた。ここ『クラ』という街もその1つだった。かつての美しい街並みは見る影もなく建物はどこもボロボロであり、いたるところから喧騒の声が上がっていた。道端には多くの浮浪者が座り込み、皆生きる希望すら失っていた。
その『クラ』の街に1人、全身を襤褸で覆った少女が足を踏み入れる。彼女は人ごみを避け裏路地にある1つの酒場の前までくるとそのまま中に入り、カウンターまで歩いて行った。
「いらっしゃい……何をお望みだい?」
「仕事を探している」
「ほぉ……」
店の主人は後ろに貼ってあった依頼書の紙を手に取ると乱暴に彼女の目の前に投げた。
「そこにあるのが全部だ。好きな奴を選びな」
彼女は依頼書を手に取り1枚1枚目を走らせていく。やがて依頼書の1つを手に取ると何も言わずに店の外に出ていった。彼女が手にした依頼書の内容は荷物運搬の護衛。近頃街道では盗賊が出没しており、今では次の街まで移動するだけでも護衛がいなければ危険な有様だった。そんな状態の街道を荷物運搬するとなれば襲われる確率が非常に高いのは目に見えている。だからこそ商人たちは商品の運搬に際し多くの護衛を雇うようになっていた。
彼女は依頼書に書かれた集合場所まで行くとそこには10人近い傭兵らしき男達がたむろしていた。そしてその奥に机の上に地図を広げ何かを話し合っている商人らしき男達がいるのが見えた。彼女は傭兵達の間を通り抜け商人たちの下へ歩いて行く。
「おいおい……ガキまでいるのかよ」
「おもりは勘弁だぜ……」
傭兵達は彼女の姿を見て悪態をついた。中には地面に唾を吐き捨てる者までいる。彼女はそんなのを気にした様子もなく商人たちに話しかけた。
「依頼書を見てきた。私も護衛に加わりたい」
商人たちは彼女の姿を見ると微妙そうな顔をして互いに目を見合わせた。
「そうか……まぁ今回の商品は決して奪われたくないものだから1人でも多く護衛が必要ではあるんだが……その……剣の心得は?」
「それなりには」
「そうか……それなりか。時に君は料理は作れるかい?」
「えぇ。簡単なものでよければ」
商人たちは「なら……」とお互いに顔を見合わせた後、頷きあう。
「よろしく頼もうかな。なにか準備するものはあるかい?ないなら今すぐにでも出発したいのだが」
「問題ありません」
「では出発しよう」
商人たちは荷物をまとめ始める。その様子を見ていた傭兵達も出発のために準備を整え始めた。彼女は特に何をするでもなく出発の用意が整うのをじっと待っていた。
「では行こう」
商人たちは馬車に乗り込むと馬車を走らせる。荷物を載せた馬車を間に挟み3台の馬車が『クラ』を出発した。
「依頼内容についてもう一度確認するが君たちには次の街までの我々と荷物の安全をお願いする。君たちの働き次第では報酬分以上の額を約束するし、君たちが望むなら引き続きもう一つの街までの護衛をお願いしたい。ただこれはあくまでも君たちの働き次第だ。万が一にでも品を1つでも奪われたり、我々に危害が及ぶことがあれば報酬は半分、君たちとの契約も次の街となる。では頼んだよ」
商人が頭を引っ込めると傭兵達は武器を手入れしながら雑談を始めた。彼女はその雑談に混じらず馬車の隅で1人小さく座り体を休めていた。
馬車たちが走っていく姿を森の中から遠目で見つめる集団がいた。それはここら一帯でをあらしている盗賊の一味だった。
「頭、商人たちが出発したようですぜ」
「ふん。次の獲物がきたか」
「どうしやす?いつものように夜に襲いますか?」
「まぁ待て。今回のは相当数の護衛がいるようだ。しばらくは様子を見る。おい一応他の連中も全員呼んでおけ」
「へい」
盗賊たちは馬車たちを見送った後、森の中に消えていった。
しばらくの間、馬車の旅は順調だった。特に変わったこともなく、穏やかな時が続いていた。1日目は襲われることもなく夜が来る。野営の準備を整えた彼女の下に商人たちがやってきた。
「すまないけど良かったら料理を作ってくれないかい?もちろんその分の報酬も払わせてもらうからお願いできるかな?」
「……えぇ。いいわ」
彼女は商人に頼まれこくんと頷く。彼女はてきぱきと用意を済ませると簡単なシチューを作り傭兵達と商人たちにふるまった。
「おぉ……これは美味い」
商人たちは一口食べ、満足したようにため息を漏らすとさらにもう一口、口に運んだ。
「こいつはなかなかうめぇな!」
「まっ剣の方は期待してねぇし?こういうところで役に立ってもらわなきゃな!」
傭兵達は軽口を叩きながらがつがつとシチューを食べ漁った。彼女は商人たちから報酬を受け取ると、傭兵達から離れた岩の上に腰を下ろし自分も黙々とシチューを食べた。2日目次の街まであと半分を過ぎたあたりでは傭兵達の口数は減り気を張っていた。それもそのはずで盗賊たちが襲う時はだいたい決まっており街と街の中間地点、いわゆる襲われた時1番街からの討伐隊が駆けつけるのに時間がかかるこのポイントが狙われやすいのである。傭兵達はお互いに周囲を警戒しあい、それは夜も続いた。夜の見張りも増やし全員がいつでも戦えるように剣を抱いたまま眠りについた。だが傭兵達の思惑を裏切り2日目の夜も特に何事もなく無事に過ぎていった。街まであと少しという距離になった時、気を張っていた傭兵達も少しずつ肩の力を抜き始め、談笑しあっていた。
「いつ来るかと思っていたが結局来ねぇとは、まったく拍子抜けだぜ」
「働かずに報酬をいただけるとは……これからずっとこうならいいんだけどな」
傭兵達が談笑しあう中、彼女だけは今も警戒するように剣を握っていた。馬車から聞こえる笑い声を聞き、木々の間から1人の男がニヤリと笑う。
「頭、全員いつでも出れますぜ」
「おーし。じゃあお仕事始めるか。野郎ども、行くぞぉ!まずは馬車の足を止めろ!」
頭と呼ばれた男が指示を出すと盗賊たちは弓を構え矢を前方を走る馬車に向け斉射する。無警戒状態で襲われた傭兵達は叫び声をあげ、馬車の中から逃げようとするが無数の矢は幌を突き破り、その馬車に乗っていた傭兵5人は瞬く間に針鼠となった。突如、先頭を走る馬車から叫び声が上がり隊商は停止する。隊商が停止したのを見た盗賊たちはゾクゾクと森の中から飛び出し馬車目がけて突っ込んでいった。馬車に乗っていた傭兵達は瞬時に事態を把握すると馬車から飛び出し、襲いかかってくる盗賊たちを迎え討った。
「ひぃぃ!」
商人たちは悲鳴をあげながら馬車の陰に隠れ、頭を押さえながらがたがたと震える。そんな商人たちを見つけた盗賊たちは下卑た笑いを浮かべながら、取り囲んだ。傭兵達も善戦しているが20人近くの盗賊たちに一斉に襲われては自分の身を守るだけで精いっぱいでありとてもじゃないが商人たちを守れるだけの余裕はなかった。
「死にたくなきゃ有り金と荷物全部おいていきなぁ!そうしたら助けてやるよ?」
盗賊たちはそんなことを言いながらじりじりと近づいてくる。商人たちはお互いに抱き合い、死を覚悟した。だがその時、その商人たちと盗賊たちの間を割り込んできた者がいた。それは襤褸を身に纏った少女だった。彼女は剣も抜かず、盗賊たちの前に立ちふさがる。
「なんだ?女か?」
突然立ちふさがってきた彼女に盗賊たちは一瞬困惑する。そんな盗賊たちを無視し、彼女は盗賊たち向けて声をかけた。
「今すぐにこの場から立ち去りなさい。じゃないと少し痛い目にあいますよ?」
その言葉に盗賊たちはポカンとした顔をするが、次の瞬間ゲラゲラと大声で笑う。
「痛い目に合わせる?やってもらおうじゃないか。そのあと俺たち全員と遊んでもらおうかな」
盗賊の1人が無造作に彼女に近づき、その肩を無警戒に触ろうとした時だった。
「ぎゃあ!」
その盗賊は悲鳴を上げる。肩に触ろうとしていたその腕を彼女は掴んでいた。盗賊はその腕を引き抜こうと必死にもがくが彼女は微動だにせず、平然と掴んだままだった。
「警告はしましたよ」
彼女はそれだけ言うと掴んでいた手に力を思い切り込める。その瞬間、そのうでからバキバキと嫌な音が流れ、盗賊の手首は変な報告に曲がってしまっていた。その様子を見た盗賊たちは笑うのをやめ「野郎!」と怒りの表情のまま剣を抜く。その様子を見た彼女はバッと襤褸を翻しながら、盗賊の1人に突っ込む。
「はやっ」
盗賊は防ぐ暇も与えられず、顔面に拳をめり込まされる。顔面を殴られた盗賊はごろごろと転がり白目をむいたままピクピクと痙攣していた。
「こ、この!」
隣にいた盗賊は処女に斬りかかろうとするがそれより早く正確に顎を殴られ意識を手放しその場に崩れ落ちる。その様子を見た他の盗賊たちは思わずたじろいだ。
「なんだよこいつ……やべぇ奴じゃねぇか」
襲いかかってこない盗賊たちに対し少女はため息混じりに口を開いた。
「どうしたの?帰る気になった?」
盗賊たちはその言葉には返答せず、ゆっくりと後ろにさがっていった。
「てめぇら……なにしてやがる」
「お……お頭……ぎゃあ!」
後ろにさがっていた盗賊の1人が頭と呼ばれていた男にこん棒で頭を潰される。その様子を見ていた他の盗賊たちはすっかり怯えた目で頭を見ていた。
「女相手に名にビビってやがるんだ……情けねぇ」
「で……でもお頭……あいつヤバイんすよ。俺たちじゃあいつに勝てねぇっす!」
それを聞いていた頭はため息をつくとこん棒を振り回しながらズシズシと少女の前に出てきた。
「おめぇ……何もんだ?ここらの人間じゃねぇな」
棍棒で肩をぱしぱしと叩きながら尋ねるが少女は何も答えず、ただじっと見つめていた。
「ちっ……薄気味わりぃ女だ。まぁいい、せめて一撃で終わらせてやる」
盗賊頭はそういうとこん棒をブンブンと振り回し、少女に向けて振り下ろす。少女は地面を蹴り横に飛びのきながらこん棒を避けると軽くステップを踏みながら一気に距離を詰め盗賊頭の左頬に拳をめり込ませた。しかしその拳が効いていないのか「ふん!」と盗賊頭は左腕を振り回し少女に殴り掛かる。少女は顔面目掛けて迫る裏拳を頭を下げて避けると今度は鳩尾に左拳をめり込ませた。少しの間お互いに沈黙していたが、やがて盗賊頭はぶるぶる頬を震わせ鬼のような形相で叫ぶ。
「うぜぇんだよ!」
盗賊頭はこん棒を高く掲げながら両手で持つとそのまま力任せに少女の頭上目がけて振り下ろした。少女は素早く飛びのき間一髪で避ける。少女がいたその場所にはこん棒が突き刺さった。
「ふっ!」
少女は先ほどと同じ角度で再度、拳を叩き込む。今度はさらに力を込め拳を打ち抜き盗賊頭の顔は横に跳ね上がった。
「ぐお」
盗賊頭はその拳が効いたのか思わず片膝をついてしまった。
(こいつ……女のくせになんて重い拳をうちやがる)
「お、お頭!」
「騒ぐんじゃねぇ!ちょっとふらついただけだ」
盗賊頭は無理やり立ち上がると口元から流れるでる血を腕で拭った。
「てめぇ……名前はなんていうんだ」
その問いに少女は何も答えない。
「へっ……だんまりか。ならー―」
「お、お頭ぁ!街の警備隊がこっちに向かってきてるって報せが!!」
そう言って少女に襲いかかろうとした盗賊頭の耳に突如盗賊の1人が切羽詰まったように叫んだ。
「ちっもうか。油断したところを襲ったのが裏目に出たな。おい、小娘!てめぇとの決着はまた今度だ!次は必ず殺す!待っていやがれ!」
そう叫んだ盗賊頭は仲間を引き連れて森の中に逃げ込んでいった。盗賊たちが全員逃げたことを確認した少女は小さく息を吐き安堵する。そこに商人たちが涙を浮かべ少女の手を握り迫った。
「あなたにはなんてお礼を言ったらいいか!あなたのおかげで我々は命を盗られずにすみました!本当にありがとうございます!そしてあなたを少女だと思い、侮っていたことをどうかお許しください!その若さでそれほどの強さ!さぞご高名な方とお見受けしますがお名前はなんと!?」
矢継ぎ早に来る商人たちの質問に少女は目をパチクリさせながら驚いていた。
「え……えっと……」
「……ん?あなたのお顔……どこかで見たような?」
商人は興奮のあまり少女の手を握りながら急接近していたため、フードに隠されている顔が少し見えていた。それに気づいた少女は無理やり商人たちの手を払うとフードを深くかぶる。その行動に商人たちは少し驚くが商人たちが少女に声をかけようとした時、街からきた警備隊が到着したためそこまで追求されることはなかった。商人たちから話を聞いた警備隊は壊された馬車の回収のため街道に何人か残し、隊商の護衛をしながら街に戻っていった。街についた時、生き残った傭兵の数をみると10人以上いた傭兵達はたった3人しか残っておらず少女を除く全員が重症を負っていた。
「これが今回の報酬分だ。少し色も付けてあるから確認してくれ」
傭兵達は金の入った小袋を受け取ると街の中に消えていった。少女も小袋を受け取るとそれを懐にしまい込む。
「それで……どうだろう?次も君に我々の護衛をしてもらいたいのだが……構わないだろうか?報酬なら今回の報酬分の倍出してもいい。君のように腕が立つ子がいてくれると我々も安心できるんだが」
「……考えときます」
少女はそれだけ言うと背を向け宿を探しに行く。その背に「いい返事を期待してるよ!」という商人たちの声が聞こえていたがそれを無視して歩いて行ってしまったのだった。
その頃、森の奥にある洞窟にて。
その洞窟は盗賊たちの根城となっており、その中から光が漏れ出していた。中からはいつもの下品な笑い声ではなく、おびえるような悲鳴と物が壊れる音、そして怒号が鳴り響いていた。
「くそがぁぁぁ!」
盗賊頭は怒りのまま置いてあった樽を持ち上げると壁に投げつける。樽は粉々に砕け中に入っていた水がそこら中に飛び散る。盗賊頭は荒々しく息を吐きながら肩を怒らせていた。
「か、頭。もうその辺で……」
「うっせぇ!この俺様があんな小娘1人すら殺せなかったんだぞ!それどころかあの女……俺に膝をつかせやがった……これが落ち着いてやれるか!」
そういうと盗賊頭は傍にあった酒瓶を手に取り、盗賊たちに向かって投げつけた。酒瓶は盗賊たちの間をすり抜け壁にぶつかり新しい染みをつくる。
「やれやれ騒々しいな」
突如入口の方から声が響いた。盗賊たちが一斉にそちらの方に目を向けるとそこには仮面をつけた男が1人立っていた。盗賊たちがなにかその男に言おうとしたのを盗賊頭は手で制す。
「何もんだ?てめぇ」
「そう警戒しないでください。ちょっとした怪しい商売人ですよ。私はね」
「はぁ?何言ってやがる、てめぇ。ふざけたことばかり抜かしてるとぶち殺すぞ!」
「まぁそんな事言わずどうぞ私の話を聞いてくださいよ。実は今回私は皆様にいい物を持ってきたのでございますよ!はい」
「いいものぉ?」
「えぇ!えぇ!こちらでございます」
そういうと怪しい商人は懐から飴玉くらいのおおきさの丸薬を取り出した。
「なんだそりゃ?」
「うふふ。こいつはですね。とってもいい気持ちになれるお薬ですよ」
「気持ちよくなれる薬だと?」
「はい!それにプラスして人間離れした力も得られちゃうんです!はい」
「そんな都合のいい薬あるわきゃないだろ」
「それがあるんですよ。なんせこのお薬。あの帝国の開発機関が作り上げたものですからね」
「なんだと?」
「信じられませんか?ならこちらをお読みください。この薬が帝国で開発されたことを示す証拠と皇帝に送るはずの封書ですよ」
そう言われ盗賊頭は乱暴に商人からその書に目を通していき、驚きのあまり目を丸くする。
「こ、こいつは確かに皇帝あてに送られる書だ。てめぇ、こいつをどこで」
「私はただの商売人です。ただ先ほども言いました通り少々怪しい品も扱っております。はい」
「つまりこの丸薬も」
「お察しの通り。あなた方と同じ生業をしている者が私に売りつけてきた者でございます」
「つまり……こいつを俺たちに買えと……そういうことか?」
「そうでございます!と言いたいのですがそれはただで差し上げましょう」
「……なんだと?」
「実を言うとかいとったのは良かったのですが誰も買ってくれず処分に困っていた品物でして……それというのもこの丸薬、1錠でもけっこういいお値段でして。とはいえ私も実際にどのような効果が出るか皆目見当もつかないんですよ。ですからあなた達がこの丸薬を引きとってくださるなら大変ありがたいのですが」
「ほぉ……それでてめぇになんの得があるんだ?今のとこお前に特になるようなことは何一つないが?」
「私が求めるのはただ1つです。この丸薬を飲み、この先にある街の警備隊を蹴散らしてきてほしいのです」
「はぁ?てめぇそんなことできるわけが!」
「できますよ。その丸薬を飲めば人を越えた力を手に入れることができるのですから。私が知りたいのはその先です。その丸薬を飲みどんな状態になったか教えてほしいのですよ。力を得る際痛みを伴うのか?斬られた時痛みはあるのか?どの程度力を増すのか?知りたい事は山積みです。あなた方からそれを教えてもらえたら私もこの丸薬を売る時いろいろとお客様に情報を提供でき都合がいいのです。あえていうのなら今ここで丸薬を無償で提供することで今後のビジネスをより円滑に進ませる。それが私の利益ですね」
しばらく盗賊頭は考え込んでいたがやがてニヤリと笑う。
「いいだろう。その話のったぜ」
「お頭……いいんですかい?」
「あぁ。強くなれるっていうならいいじゃねぇか。今後の俺たちの仕事もやりやすくなる。それにこの先の街には俺が殺したいって望んでいるあいつもいるだろうからな」
「交渉成立でございますね」
商人は盗賊頭に丁寧に頭を下げる。盗賊頭に頭を下げたその顔には悪魔のような笑顔が張り付いていた。
久しぶりの布団の中で少女は目を覚ます。夜中の喧騒もすっかり治まり、朝日が窓の外から差し込んできていた。少女は持っていた食料で簡単な食事を済ませると外に出る。通りは人もまばらで店もほとんどしまっていた。少女は開いている店に入り、食料と水を買いこむと大通りに貼り出された依頼書に目を通していた。しかしよさそうな依頼はなく少女は小さくため息をつく。そんなときだった。少し街の門付近が騒がしいことに気づいた。そちらに顔をむけると何人かの警備兵が慌ただしく門に向かって走っていくのが見えた。特に関心もなかったが少女はなんとなくその騒ぎが起こっている方へ足を進めたのだった。
「止まれ!この門を通過するなら武器を下ろすのだ!」
警備兵達は門前に構え、侵入者の侵入を阻もうとする。
侵入者たちは警備兵たちから少し離れた場所で立ち止まる。侵入者達とは盗賊達だった。彼らはg尾田笑いを浮かべながら警備兵達を遠巻きに見ている。その態度に警備兵たちは不気味さを覚えていた。
「た……隊長」
「……止むおえん。弓隊!構えよ!」
門上にいた警備兵たちは一斉に矢をつがえ、盗賊たちに狙いを定める。その様子を見ていた盗賊頭はニヤリと笑うとごそごそと懐から丸薬を取り出した。盗賊たちも丸薬を取り出すとそのまま口の中にほおりこむ。
「そんじゃ、お前ら。暴れるか」
そう盗賊頭が言ったのを皮切りに盗賊たちはその丸薬をかみ砕く。盗賊たちはしばらく沈黙していたがやがて苦しそうに喉を押さえ天を仰いだ。目から血の涙を流し、地面に倒れ込んだ盗賊たちの体はブルブルと痙攣をおこし始める。なにごとかと警備隊はその様子を見ていたがやがて盗賊たちの体に異変が現れだした。全身が赤く膨れ上がり風船のように膨らんだ盗賊たちの体はまるで空気が抜けていくように少しずつ形を成していく。腕は一回りもおおきくなり、顔は平べったくなり大きく伸びた口から覗く無数の小さな牙、白目のない黒一色の目、足は短く太くなっていた。その姿はとても元人間とは思えない姿へと変貌していた。
その姿を見た警備兵たちはあまりのおぞましさに吐気を覚える。その姿が面白かったのか盗賊たちは変な声で笑い声をあげ警備兵たちを見ていた。
「た……隊長。あれはいったい」
「わ……私がしるか。矢だ!矢を射駆けよ!化け物を殺せぇ!」
半ば悲鳴のような警備隊長の声に呼応し門上にいた警備兵たちは一斉に矢を放つ。盗賊たちもそれに反応したのか一斉に警備兵たちに襲いかかっていった。盗賊たちは矢傷などお構いなしに警備兵たちに突っ込んでいくと警備兵たちの喉元目がけて食らい付いていく。流れ出る血を美味そうに吸っていた盗賊はその首筋をかみちぎると別の警備兵に襲いかかり、その警備兵の頭を掴む。警備兵の頭はまるで卵を握りつぶすように簡単に砕け、嫌な音が鳴り響いた。その音に気を良くしたのか盗賊たちは意味不明な言語で互いに話をしながら次々と警備兵たちを惨殺していく。その様子を見た警備兵たちは戦意をなくし武器を捨てて我先にと逃げ始めた。その警備兵を盗賊たちは逃げ惑う警備兵を捕まえると首をねじ切ったり、身体を引きちぎったりとまるで獲物で遊ぶようにむごたらしく殺していった。
警備隊長はそのあまりの光景に声も出せないままその場から這いずるように逃げる。しかしその様子を見ていた盗賊が下卑た笑いを浮かべながら警備隊長に近づくとその足首を踏みつぶした。あまりの激痛に警備隊長は声にならない悲鳴を上げる。その様子を見た盗賊はしばらく眺めて面白がっていたが、やがて警備隊長の頭をつかもうとおもむろに手を伸ばした。(こ……殺される)と思い警備隊長は目を瞑る。いつ来るかわからないその時を震えながら警備隊長は待った。しかしその時は訪れなかった。かわりに警備隊長の顔になにかかかり、何かと思い思わず目を開ける。そこには信じられないような光景が広がっていた。
盗賊も何が起こったかわからなかった。獲物の頭を掴もうと伸ばした手がいつの間にかどこかに消えてしまっていた。腕からはどす黒い血が思い出したかのように流れ落ちていく。その光景を目で追っていた盗賊の視界もやがて地面に向かって落ちていった。どさりという音で盗賊たちは一斉にそちらに目を向けるとそこには襤褸を纏った少女の姿があった。
「墜魔か……」
そう言いながら少女は襤褸を翻し持っていた剣を構える。その襤褸の下から現れたのは白銀の鎧と金で装飾された白剣だった。
「英霊たちよ……どうか見守っていて」
少女はおもむろに近くにいた盗賊に近づいていきその脇を通り過ぎた瞬間、その盗賊の頭が地面に落ちる。そのあまりの剣速の速さに盗賊たちは誰1人いつ斬ったのか理解できなかった。もし彼らに少しでも知能が残っていれば逃げるという選択をしたかもしれないが彼らにそんな知性は残っていなかった。彼らは仲間が殺された怒りに任せ少女に襲いかかる。少女は剣を構えそのまま横に薙ぐように振ると盗賊たちの体は真っ二つになりながら地面に転がった。左右から襲いかかっても同じだった。盗賊たちはつかみ掛かろうとした両腕をほぼ同時に斬り飛ばされ、頭が地面に転がる。背後からでも地面と空中からの同時攻撃でも結果は変わらない。盗賊たちは結局誰1人少女に触れることすらできずに全滅したのだった。
「ガラララララ!やるじゃないか」
そう言って近づいてきたのは盗賊頭だった。だがその姿は少女が前に見たものとは完全に異なっていた。頭にはまるで象の牙のような巨大な角をはやし、腰まで伸び赤黒く逆立った髪は熱で揺れてるかのように常にゆらゆらと揺れていた。顔は人間だったころの面影が残ってはいるがその口に並ぶ白い歯はサメの歯のように鋭くなっていた。だがそれ以上に変わったのはその巨躯である。ゆうに3mを越えたその体は筋肉が膨れ上がり胸と腹筋、両足、腕から手の甲にかけて光を反射するかのように黒光りしていた。それ以外の体皮はまるで熱せられたかのように赤く染まっている。両腕と両足は巨木のような太さになり、その手には大岩で作ったこん棒が握られていた。先ほどまでの盗賊たちが可愛くなるほどの変質っぷりに警備兵たちは声も出せないかった。
(勝てない……あれは人が倒せるものじゃない)
彼らは直感的に確信していた。
「知性が残っていてその姿……墜神か……そう。神々の肉を取り込んだのね」
そう呟いた少女の雰囲気は明らかに変わる。それはその場にいる者全てが一瞬背筋が凍り付くほどの殺気だった。少女はゆっくりと剣を構え直すと墜神に声をかける。
「そうなってしまったからには仕方ない。あなたを……殺します」
そう言われた瞬間少女から放たれる殺気はさらに濃くなり、その殺気の全てが墜神に向けられた。圧倒的な力をもつ無敵の肉体を手に入れた盗賊頭。彼にはもう何一つ怖い物はないはず……だったがその肉体が今目の前にいる少女相手に激しく警鐘を鳴らしていた。それはその凄まじい殺気に怯えたわけではない。もっと別の何かに墜神となったその体が怯えていた。
だが彼は笑った。凄まじい殺気を受け、危険だと告げ激しく鳴る鼓動、全身から噴き出る冷や汗を感じるも墜神は街中に響き渡るほどの笑い声をあげた。それは決して自暴自棄になった訳ではない。むしろ彼は高揚していた。自分の本質は‟殺戮”。だがそれはただの一方的な殺戮では満たされない。むしろ自分が殺されるかの命のやり取りを経て奪う命にこそ最高の悦楽を得られると確信していた。だからこそ彼はこの運命に感謝する。今まで何をしても1度たりとも満たされたことがない彼が生まれて初めて満たされることができる、そんな可能性を秘めた相手がやっと現れたことに!
「この出会いに神に感謝する」
彼は誰にも聴こえないほど小さくそう呟くと少女を満面の笑みで睨みつけ笑いながら天高く吼えた。
「ガララララララ!!」
そしてその勢いのまま飛び出すとその巨躯からは信じられないほどの速度で少女の間合いに詰め寄ると同時にこん棒を振り下ろした。地面に大穴が開くほどの一撃を少女は前方に跳び股下から墜神の背後に逃げるのと同時に左右の足に斬撃を叩き込んだ。
ガキキキキキン!!と左右の足から凄まじい金属同士がぶつかる音が鳴り響く。それを聴いた少女は少し顔をしかめると着地と同時に剣の状態を確かめた。
「……刃こぼれなし。よかった」
そう呟く少女の頭上に再度こん棒が打ち下ろされた。少女はそれも避けると墜神と向き合うように対峙する。少女は心を落ち着けるように息を吐くと祈るように左手を自分の胸に置く。
「英霊たちよ……どうか私に力を」
そう呟いた少女の手の甲が少し光を帯びる。墜神はその事に気づかず同じように突っ込んでいった。それを読んでいた少女はほぼ同時に飛び出すと剣を前に突き出しながら黒く覆われていない脇腹に向かって飛びこんでいく。その速度は墜神のさらに上を行き、まるで稲妻のごとく一瞬で懐に入り込むと一瞬のためを作った後、脇腹に深々と剣を突き立てた。
「おお!あのクラスの墜神に一撃入れましたか。なかなかやるもんですねぇ」
その様子を遠くから眺めていた怪しげな商人は楽し気に笑う。
「先王はあれより下級の墜神にさえ簡単に殺されてしまう弱さでしたが……あなたはどうですかね?まさか脇腹を刺した程度で倒せるほど彼が弱いとは思っていないでしょう?」
少女が脇から剣を抜こうとするも強く固められた筋肉によりがっちりと固定され微動だにしなかった。少女は必死に抜こうとするが抜けず、しかたなく剣から手を離し少女を掴もうと迫ってきていた手をすり抜けて後退する。墜神は少女が後退した位置目がけてこん棒を左右に大きく振り回した。頭を下げ左右からの攻撃を何とかかわしていくが振り下ろしたこん棒を避けた時、地面に落とされた衝撃にバランスを崩す。そこを狙ったかのように地面にめり込んだこん棒を力任せに振り抜きこん棒を少女に叩きつけ吹き飛ばした。少女の体は紙のように吹き飛び建物の壁に激突した。息もできないほどの衝撃に少女は血を吐き出しながら地面に落下し倒れ伏した。
「ガラララ……剣はなくなった。体はボロボロ。さぁ次はどうする?曲芸では俺は殺せんぞ?」
勝ち誇った笑みで近づいてくる墜神に少女はぐっと唇を噛んだ。
「あらら。もう絶体絶命ですか?剣がなくなり体はボロボロ……。外皮は硬く並大抵の攻撃ではびくともしない。さてこれで終わりですか?それともあなたは今までの王たちとは少しは違うのですか?そろそろ見せてもらいたいものですねぇ」
商人は楽しげに終わりの時を迎えつつあるその戦いを興味深そうに見守った。少女は口から流れる血を拭うと震える足を無理やり立たせ、立ち上がる。しかしそれでは墜神の次の攻撃は避けれない。まさに絶体絶命だった。
「仕方ない……」
少女は襤褸を勢いよく脱ぎ棄てるとと左手を掲げた。
「第1の封印限定解除」
少女が掲げた左手はさらに光り輝き始めた。その輝きに墜神は一瞬怯む。
「‟英霊武装”起動」
そう少女が宣言すると彼女の体が光に包まれ次の瞬間、驚きのあまり墜神は攻撃するのも忘れ少女が出したそれを見ていた。
「武装:不落の城塞王」
少女の鎧は先ほどまで軽装と違い重装兵と同じくらいぶ厚くなり、少女の周囲には巨大な盾が2枚周囲を漂っていた。少女は拳を握りこむとゆっくりと墜神に近づいていった。墜神はこん棒を振り上げると少女に向けて振り下ろす。少女はそのこん棒を避けなかった。それどころかこん棒の方に目を向けることなく平然と墜神の方に向かって歩き続ける。こん棒は少女にどんどん迫りぶつかると思った寸前、そのこん棒は大楯によって弾かれた。
「反応が遅い……。大楯の反応速度と機動性を修正……修正完了」
墜神はいら立ったようにめちゃくちゃにこん棒を振り回し、少女に襲いかかるが2枚の大楯はそのことごとくを余裕をもって弾き返した。少女は墜神の懐に入り込むと拳に力を込める。
「少し……痛いわよ」
少女はそう言うと飛び上がり、墜神の顔面に拳をめり込ませる。普通の拳なら逆に拳が砕けそうな硬度を誇る皮膚だが今の少女にとってそれは無意味だった。それは今現在の武装に硬度で勝てる生き物は1人もいないからである。墜神は大きく吹き飛ばされ2、3回転がりながら倒れ伏した。あまりの衝撃に視界はぐにゃぐにゃ。とてもじゃないが立てる状態ではなかった。そして信じられなかった。小細工で吹き飛ばされるならまだいい、純粋な力で墜神は吹き飛ばされ相当なダメージをもらっていた。
「どうしたの?もう終わりでいいかしら」
墜神はその言葉に激昂すると渾身の力を込めてこん棒を振り落とす。
「盾よ。貫け」
そう少女が命令すると大楯はかなり合いまるでドリルのように回転しながらこん棒に突っ込む。こん棒は貫かれ粉々に砕け散った。信じられないといった顔で墜神は砕けたこん棒を見つめていたが脇腹の激痛で現実に引き戻される。脇腹を見ると少女が剣を引き抜いているのが見えた。
「返してもらうわね」
墜神はこん棒を投げ捨て今度は少女につかみ掛かろうとするがそれすら大楯によって弾かれ、少女にまた顔面を殴り飛ばされ横に吹き飛び建物を崩しながら倒れる。
「もう終わりにしましょう」
少女はそう言うと剣を構え目を瞑る。
「武装解除」
そう呟いた瞬間、大楯と鎧は消え去りまた少女が来ていた白銀の軽装に戻った。墜神は勢いよく飛び出すと叩きつぶそうと拳を振り上げた。
「武装」
少女はそう言うと同時にゆっくりと剣を振り上げる。墜神はそんな少女に対して容赦なく拳を振り下ろした。
「雷の剣王」
その瞬間、凄まじい爆音と衝撃があたりに走る。あまりの眩しさに遠巻きに見ていた住民達は目を隠し視界を覆った。しばらくして衝撃は止み光も収まる。ゴロゴロという音だけがまだ鳴り響いていたが住民達は何が起きたか見ようと墜神たちの方へ目を向けた。
そこには少女の頭上で拳を止めている全身黒焦げになった墜神の姿とパリパリといまだ電気を身に纏い剣を振り抜いている少女の姿があった。墜神の体に縦に亀裂が入ったかと思うとべりべりという音をたてながら真っ二つに裂け、地面に倒れ伏した。
少女はふぅ……と息を吐くと投げ捨てた襤褸を拾いもう1度身に纏った。墜神が倒れ、安全になったことを知った住民達は互いに抱き合い生きてることを喜んだ。この街が喜びの声で満たされたのは帝国に支配されてから初めてのことだった。彼らは墜神を倒してくれた少女に礼を言おうと少女がいた場所に顔を向けるがすでに少女の姿はなかった。住民達は必死に姿を捜すが見つけることはできなかった。なぜなら少女は荷物を拾い上げた後すぐに街を出ていたからである。少女が次の街に向けて急ぎ足で歩いていると少女を待っていたかのように怪しげな商人が姿を現した。
「いやぁ、お見事でしたね。まさか墜神を倒してしまうとは少々驚きましたよ」
その口ぶりに少女は顔をしかめる。
「あなたがやったの?」
「えぇ。個人的にどうしても知りたいことがありましたので利用させていただきました」
少女はその回答に歯ぎしりするほどの怒りを覚えた。
「そう怒らないでください。あなたを殺そうとしてしまったことはもちろん謝罪いたしますよ。それともその怒りはもっと別のもの……例えば自分の愛した国をめちゃくちゃにされ挙句に実験動物のように扱われたことが許せないのですか?元エイビス王国の姫、‟エルステラ・クリーディア・エイビス”様?」
「―――」
「あれだけ紋章の力を使っていて気づかないはずがないでしょう」
「……私を殺しに来たの?」
「いえいえそんな。私は個人的に知りたいことがあったと言いましたではありませんか」
「それは何?」
「フフフ」
商人はステラの横に来るとそっと耳打ちした。
「あなたが本当に予言の子かどうか知りたかったのですよ」
商人はそれだけ言うとまるで煙のように姿を消した。しばらくその場に立ち尽くしていたステラだったがやがて天を仰ぐと再び歩み始める。
次の墜神を討ち取るために。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
この作品はリハビリ小説であり、設定なども突発的に思いついたものを3日でそのまま物語にしましたのでかなり違和感がある部分もあったかと思います。
それでもここまで読んでくださりありがたい限りです。
作者は現在リアルが多忙につき、ほぼ小説が書けない状態ではありますがなんとか連載の方も頑張りたいとは思っていますのでどうかよろしくお願いします。